レジスト3 保護対象者説明回
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現在(10月25日 午後9時)
桟更区4丁目 某所
「……以上が、八代さんが狙われた経緯です」
交差点での出来事からしばらくの後。八代は、アヤメと名乗る黒装束の少女に連れられて、近くの空きテナントの中へと隠れていた。(入り口の鍵は、彼女が鎌で器用に切断した)
世界的な少子化や、この街で多発していた不審死が、別時空の女神による転生によるものだった事。
それに関して、出雲に集った八百万の神々と問題の女神との間で、一つの勝負が行われている事。
そして、自分がその勝負の重要人物にされてしまった事。
以上を神々の遣いであるという少女から聞かされた八代。
スケールが大きすぎて信じがたい話だが、現に自分は今、自称女神が放った化け物の血を浴びた状態でいる。
時間が経って、動物の血特有の異臭と気持ち悪い感触を覚えており、これが夢や幻覚、詐欺の類ではないと実感せざるを得なかった。
「……それで、君は一体何者だ?」
八代は、鎌を傍に置き、自分の真向かいに正座している少女へと、順に疑問を投げかける。
「私は死神、正確には日本地獄の獄卒です。元々は現世に居残り悪霊となっている亡者を、彼岸へ葬送するのが務めでした。まだまだ新米なんですけどね?」
「獄卒って……鬼、なんじゃないの?」
絵本や昔話のアニメで見知った獄卒のイメージは、赤い肌で額に角を生やし、金棒を振り回す半裸の鬼、というものだ。
しかし目の前の少女は、なるほど確かに全身を覆うフード付きのマントは、創作の中の死神の装束そのままだし、床に置かれた、刃が三日月型に反った鎌も納得の装備だが、垂れ目でそばかすの浮いた、温和そうなその容貌がらしさを打ち消している。
「もちろん、生粋の獄卒は、八代の抱くイメージ通りの姿の者がほとんどです。というか、現世でのイメージは、古代で実際に『視えていた』人間が伝え遺したものですし……」
「じゃあ、君のその姿は、……化けてる?」
ふと、最初に対峙したときの、ドクロ姿が脳裏に蘇った。
それを察したのか、少女は悪戯っぽく笑むと、後頭部へ退けていたフードを被り直した。
すると、アヤメの顔は一瞬黒布に隠れ、再び顕わになったときには、肉も眼球も消えた骨だけの姿に変じていた。
『マァ、普段ハコッチノ姿ナノデスガ……』
と、機械で加工したような濁声を、筋肉無しに上下へ動く顎骨の間から紡いだアヤメは、再びフードを取る。
すると、黒い靄が頭蓋骨を包み、垂れ目そばかす顔へと再変換された。
「私は元人間で、死後に獄卒と成った類なので、この顔も生前の私のもの。どちらも本当の姿です」
「死後に……」
踏み込んではいけない話題だったか、と八代は言葉に詰まる。
が、アヤメはアハハと悪戯っぽい笑みのまま、心配無用と手を振った。
「八代さんが気にすることなんて全然ないですから。……さて、そろそろ本題に戻りましょうか」
と、社会人並みの切り替えの速さで、サッと佇まいを改めた死神の少女は、護衛対象の少年へ語る。
「これまでクンイ・ロプナヒは、精神世界……八代さんの夢の中から、貴方の魂を拉致しようとしていました」
「夢……あの、毎晩見ていたやつか。じゃあ、目覚める前のあの嫌な感じは……あ、ごめん」
「いえ、お気になさらず。私は女神を追い払うために、死神としての力、『死』にまつわる権能を使いました。死を恐れるのは、人間として、生物として当然の反応です。……けれど、これから暫くの間は、それを我慢して貰わないといけなくなりました」
「……あの、トラックに化けてた怪物?」
「はい。初めて見る相手でしたが、女神の使いの類でしょう。事故に見せかけて人間を食い殺し、その魂を奪い取る。生物兵器のような存在です」
「食い殺すって……そうだ!東雲は!?……あそこには、俺の同級生がいたはずなんだ!!」
冷静な思考を取り戻してきた八代は、自分があの場に居たそもそもの理由、行方不明になっていた少女の事を訊ねた。
だが、アヤメは首を横に振り、告げた。
「そもそも最初から、東雲雲雀さんはあの場に居なかったんですよ。貴方を誘い出した電話は、女神による罠、芝居だったんです」
「しば、い……?……そうだったのか。ほぅ……」
東雲雲雀が化け物に喰われてはいなかったという安心半分、再び安否不明となった不安半分の溜息を一つ。
そんな八代に、ヤツメは躊躇いがちに伝える。
「雲雀さんはおそらく、女神によって異世界へ転生させられたのでしょう。彼女だけでなく、八代さんの高校では更に3人の被害者が出ているのです」
「それって……交通事故で死んだ2人と、深山先生の事?」
「はい、百葉幹太さん、泡瀬和人さん、そして深山八重さん。この3人は、八代を賭けた勝負より前に、女神あるいはその手のモノに襲われたのです。交通事故を起こしたのは、おそらくさっきの奴の同類。先生を襲った通り魔も、警察が未だに手がかりすら掴めていないのは……」
「普通の人間じゃなかったから。……でも、先生は意識不明だけど、まだ生きてるよ?」
見舞いに行った学級委員の話によれば、深山八重教諭は一命を取り留め、現在は一般病棟に入院中。
傷自体は回復し、脳にも異常は無いものの、原因不明の昏睡状態なのだという。
「それは……その……訳あって、彼女は肉体が生きたまま、魂を異世界に転生させられてしまったのです。……ごめんなさい。彼女と雲雀さんのケースは特例で、詳細をお話することは出来ないのです」
と、アヤメは何かを知っているものの、それを八代には伝えられない立場らしい。
その代わり、と死神の少女は朗報をつたえる。
「雲雀さんと八重さん。この2人は、こちらの世界では死んでいません。なので、八代が生き延びる事が出来たのなら、元のままで戻ってこられます」
「そうなのか!?……よし。なら、何が何でも生き残らないとな」
八代にとって、東雲雲雀は、友達と呼べる程度には付き合いのある生徒だった。深山八重は昨年度の担任で、時折何やら奇行がみられる時もあったが、良い先生でもあった。
そんな2人を、自分が救える。八代は目標をみつけ、理不尽に巻き込まれたこの神々のゲームを生き延びてやろうと決心した。
その意を汲んだアヤメも、力を強く頷き、鎌の石づきをダンっと地面に叩きつけて、仁王立ちになる。
「任せてください!この死神アヤメ、残りの6日間……あ、日付が変われば5日間か、全力で八代さんの命を守ってみせます!」
「……プフッ、死神なのに『命を守る』って……」
「わ、笑わないでください!自分でもアイデンティティ的にどうかと悩んでるんですから!」
命を『刈り取る』鎌を振り回しながら、アヤメは赤面して抗議の言葉を返す。
その後、別時空側からの追撃が無いと確認した八代は、アヤメがどうやってか手に入れた衣服に着替え、帰途についた。
伊佐美八代の魂を巡る、神々のゲームの終了まで、あと5日