レジスト2 神々のゲーム
時は遡り、空想西暦2034年10月1日
日本 島根県 出雲大社
さて、島根は出雲大社といえば、古来より八百万の神々が神無月、つまりは旧暦の10月半ばに集う場として有名である。
しかしそれは世界が日ノ本一つで完結していた頃の話。
グローバル化で数多の信仰と祭神が流入して久しい今日。もとより八百万=数字としての『800万』では無く『無限』の意=と謳われた参列神の数は更に天井知らずとなり、さながら人間界で言う国際連合の様相。
結果、日本の神々の集う旧暦の『神在月』とは別に、世界基準の新暦10月にこの世全ての神聖が集う場が設けられた。
これは、そんな神々の宴会、もとい会合の一幕。
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出雲大社内
異界『寿涅無処』
別名『W.H/H.O.(World Heaven/Hell Organization)』
「あぁ、全くもって忌々しい。昨晩も我が信徒が3人も連れて行かれた」
「我らが教徒は一度に30人。巡礼のさなかに乗っていたバスごとです」
全周型の議場、その一角で背中に大きな翼を生やした性別不明の人物が、隣に座る袈裟を纏う益荒男と、互いに苦い顔を突き合わせていた。
この2人だけではない。議場に集いし神や仏、その付添いの天使から精霊まで、誰もが深刻な事態に苦悶していた。
その中のとある神が、向かいに座る中華の男神に問いかける。
「伏義様、妹君のご容態は?」
「残念ながら、まだ回復には程遠い。泥も掘り尽くしてしまったし、なにより本人の腕がもう限界だ。指に力が入らない、と。……オリシャ・ンラ様、あなたの方は?」
「我はまだ傷は浅い。が、鋳型が壊れてしまいすぐに復帰するのは無理だ。……ええいっ、かくも生命の新造は大業であるというのを、敵は弁えておらんのか!?」
アフリカはアルバ族の大神は、乾いた土にまみれた拳を、肘掛けに叩きつけた。
そこから少し離れた席では、北欧の主神が同様に……
「かくなる上は、ヴァルハラを解放する他ないのかのぅ。永久の宴を約束した戦士たちには、申し訳が無いが……いや、コレもある種のラグナロクと捉えても……」
と、死者の館からエインヘリャルを再び現世へ送り出そうと思案するほど。
彼らが共通し抱えている問題、それは世界的な「不審死の多発」とそれが引き金となった「少子化の加速」である。
数多の宗教において、生命とは死後、新たな生命として転生、あるいは天国など永久の安寧を約束された場所へ逝き、しかし時を経て同様に現世へと還る、という流れを構築していた。
しかし近年、その命たちが他所へと連れ去られる事例が多発していたのである。
それすなわち、『異世界転生』。
神話の中には現世とは別の世界を有するものもあるが、それはあくまでもこの世界と紐付いた時空の一部。解りやすく言うと、同じ会社の別部署、といったものだ。
ところが、ある時から別部署どころか、他社からの強引な引き抜きが横行するようになったのである。
それもこちらには何の伺いも対価の支払いもない、一方的な強奪、文字通りの『ヘッドハンティング(狩り)』という構図だ。
各国の神々は様々に対策を練り、例えば北欧はワルキューレによるヴァルハラへのスカウトを削減し、どうにか帳尻を合わせ、中国は命を生む女神、女媧が奮戦し黒字を続けたが、遂に無理がたたって臥せってしまった。
そんな中、特に被害が深刻だったのが日本。事態に気づいて統計を取り始めた2004年から認知した件数だけでも累計で68,246件。個人での転生、集団での拉致など個別の被害者数がバラバラな為、その総数は不明だ。
死者の逝く先、地獄を束ねる閻魔大王は、無駄を削減し命の流動の健全化を図るなどを試みるも、そもそも奪われていく人数が多すぎて、これが金銭なら借金地獄、という惨状だった(閻魔が地獄に陥るとはこれ如何に)。
泣く子も黙る、の代表例に挙げられる顔の大王は、かくなる上は、と集いし神々に頭を下げる。
「皆々様方、恥を偲んでお願い致す。可能な範囲で、どうか我が国に赤子の魂を……」
「閻魔だけに頭を下げさせはせぬ。この伊邪那岐からも、どうか何卒……もう、一日に1500人を超えた数を産ませるのは限界で……」
と、日本の創造神すらも頭を垂れる事態に、他の神々は絶句した。
が、そこへ場違いな嘲笑が一つ、響き渡った。
『オッホホホ、これはこれは滑稽だこと。この時空の神の頭というのは、かくも安いものであったか』
「誰ぞ!?無礼である!」
誉れを捨てた嘆願を嗤う声に、数多の武神、軍神達が立ち上がった。
声の主は、そんな殺意に満ちたど真ん中へと、その姿を顕した。
「誰、と問われれば、我は神、である」
議場の中央に佇むのは、なんともこの場の全てを嘲笑わんとした出で立ちの女神一柱。
足はギリシャ神話のサンダル、衣服は中国神話の羽衣の上から北欧神話の鎧を纏い、腕にはエジプト神話の装飾品、顔にはアステカ神話のカラベラのメイクなどなど、この時空の様々な神話の衣装をデタラメに重ねた姿をしていた。
「我は、我が時空……そうじゃのう……ナーロウ時空とでも名付けるか。そこの創造主クンイ・ロプナヒじゃ」
「クンイ・ロプナヒ……だと?」
偽名だ、と真偽を判定出来る権能を持つ神々は見抜く。
同時に、このふざけた部外者が、態度に反して何か力を隠し持つ強敵であるとも判じた。
「目的は、何だ?」
立ち上がり、クンイ・ロプナヒを見下ろす姿勢をとる伊邪那岐。
その問いに、自称『別時空の女神』はクスクスと笑いながら、あっさりと用向きを告げた。
「いや何、こちらの時空からつまみ食い、もとい転生させてもらった魂の数がそこそこになったもんで、ちょいと休憩がてらご挨拶を、と」
「ほう、貴様が事の元凶か!なれば我らが怒り、存分に喰らう覚悟はあっての狼藉だろうなぁ!?」
応!と先程の武神軍神一同が、ぞろぞろと中央へ集まり或いは宙に浮き、隙間のない包囲網を敷いた。
それでも、クンイ・ロプナヒの態度は変わらない。
「怖い怖い、いたいけな女一人を大勢で嬲るとは……。しかし我も鬼じゃありゃせんのでな、神なんでな。一方的にやってばかり、というのはつまらないもので、こちらにも挽回のチャンスをやろうかと……」
「チャンス、だと?」
「返して差し上げよう、というのだ。これまでこちらに転生した無数の生命、その尽くを」
ザワッ、とその一言で神々が動じた。
閻魔大王は、亡者の審判以上の慎重さで、相手の真意を探る。
「……何を、するつもりだ?」
「流石は神、否どちらかと言うと人間寄りか。それでも聡明であるのは確かかのう。なに、1つゲームをしようというのだ」
カラン、と頭につけたドクロの飾りを外すと、その伽藍洞な双眸を真上に向ける。
すると、空中に1人の人間の姿が映し出される。
特に特徴の無い、平凡なアジア系の少年だった。
「この者、我が適当に選んだ人間の小僧じゃ。これより一月の間、我は様々なやり方で小僧の魂を転生させようとする。貴様らはそれを阻止するだけで良い。期限まで阻止できれば、これまで我が時空に転生した魂達を元に還そう。失敗すれば、まぁ別の者を選んでやり直しじゃな」
「こちらは、どのようなやり方で守っても良いのか?」
「いや1つだけ、自分たちで殺して先に別の人物へ転生させる、というのはナシじゃ。あくまで一月、こちらの時空の現世で生かし続けること。それさえ守れば、お互いになんでもありじゃ」
「約定を、違えたら?」
「我が違えたなら、その時点で我の負け。小僧への手出しをやめて、魂も無償で還そう。汝らが違えたなら、即刻小僧を貰う。魂も返さん。……もう良いか?」
「最後に1つ。……その小僧とやらは、どこの誰だ?」
再び、この場に集いたる八百万の神々の視線が、投映された少年に集中する。
「日本の、サンサラという街にすむ高校生、イサミ・ヤシロじゃ」
注釈:『68,246件』
これは令和6年3月17日5:00現在の、「小説家になろう」に投稿されている検索条件『異世界転生』に該当する作品の総数でございます。……転生起きすぎ。
そして元凶の自称女神、クンイ・ノプナヒ。逆から読むと……。