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盗賊シーダ

 王国の城下町には、誰も寄りつかない暗がりの場所がある。通称“裏”。

 暗ーい路地裏の奥の奥のさらに奥に“裏”はあり、売春宿やら裏カジノやら、どす黒くて汚い世界だ。俺はシーダを仲間にする際にここに立ち寄ってこの世界を知った。



「あら〜? ちょっとレッドの兄さま〜、連れてる娘だ〜れ〜?」



 売春宿の前を通りかかると、二階から知り合いの女の人に声をかけられた。際どい格好をして、タバコを吹かしている大人の女性。



「友達だ」


「やーん、ウチには全然靡かなかったのに、ずるーい」


「だから友達だってば。俺はシーダとつるむようになった頃からずっと姫様一筋だ」


「そお〜、でもあんまりここには寄りつかない方がいいわよ〜? 王族の婚約者が出入りするのをよく思わない奴もいるからさ〜」


「わかってる。ちょっとこの先に用があるだけだ、すぐ帰る」


「おいレッド、もう行くぞ」



 シーダに促されて売春婦の人に別れを言ってから、目的地の方へと進む。さらに奥の方だ。

 そして誰も来ないような寂れたバーテンに辿り着く。その店の前に、壁に寄りかかって座っているシラフのおっさんがいた。この人は傭兵で知り合いだ。

 向こうも俺のことに気づいた。



「お、レッドの旦那。また俺らに依頼っすか」


「いーや、多分これから先しばらくはアンタらに頼むことは無くなると思う」


「えー、俺ら傭兵にもなんか仕事回してくださいよー」


「また今度な」



 どうしても戦力と人手が必要な依頼に直面した時、俺は時々傭兵を雇っている。金はかかるが腕は信頼できる。

 傭兵のおっさんに別れの挨拶をしてから、バーの中に入る。

 歳が若い女の子の姿をしたシーダが先んだって入ってしまったから、カウンターにいるマスターが面食らっていた。



「……レッド様、ちょっとそういう趣向は別の店で」


「なんだと思ってんすか。いやすみません、俺が悪かったっすね。この子は最近できた俺のダチでして、“奥様”に用がありまして」


「はあ。まあ、複雑な事情なんでしょうね。わかりました、どうぞ“奥”へ」



 慣れた様子で丁寧に案内された場所は、バーの奥の部屋。

 部屋の真ん中には教会の懺悔室のような椅子と面会用のテーブルがあり、板で仕切られた向こう側は決して見えないようになっている。

 椅子の前にある板の中心が上にスライドすると、四角い穴から男の顎から下が見えた。顔は見えない。



「……今朝方、宿屋の方で騒ぎがあった。プラス、今日はよく動いているみたいだね、鍛冶屋へフラフラ〜、魔法組合へフラフラ〜」


「あはは、全部お見通しですか」


「そこにいるのがあの、“滝壺の鯉”と言うのも知っているよ。ようやっと滝を登り始めたと思ったら突き落とされたみたいだ。つくづく運が良いんだか悪いんだか」


「その呼び方はやめてくれ」



 高い女の子の声でぶっきらぼうに、乱暴に言い返すとシーダは椅子に座り“奥様”と面会する。

 ちなみに奥様とは奥にいる人のことで、俺らの目の前にいるこの顔の見えない人物こそが奥様こと情報屋だ。

 もう一つちなみに言うと、滝壺の鯉とはシーダの事だ。東方の伝説では鯉は滝を登ると龍になると言い伝えられている。つまり滝の下にずっといて登ることが出来ず、滝を見上げる事しかできない奴の意味だ。臆病者とも言う。



「さて鯉、その現象の治療法だがウチには何もないよ。原因究明してやる道理もないしね」


「わかってる、だから頼みに来た」



 そう言うとシーダはドス、と金がぎっしり入った袋を小窓の前に置いた。

 しかし情報屋は首を横に振った。



「いいやいくら積まれたって無駄だよ。探しても見つからない情報を探すほどの労力はうちにはない。でも一つ、心当たりがないわけじゃない」


「え!」


「本当か?」


「嘘なわけあるかい、情報を与えて飯食ってんだよ。まあでも金はいらないさ、単なる与太話に近いしね」


「与太話? 確証はないって感じですか?」


「ああ、サウザーという男を知っているな。ちょうど昼頃君が出会った冒険者だな」



 サウザー。

 確かに昼にあの人に出会った。先輩の冒険者だ。

 しかしなぜ今サウザーの名前が出る?



「サウザーが何かあるのか?」


「アイツの身元を探しているうちに面白い情報に行き着いてね。奴は、“悪魔憑き”さ」


「悪魔憑きって……確か、悪魔に取り憑かれてる人のことですよね」


「そうだ悪魔だ。ヤツの身元や出身地、冒険者ギルドに加盟してからの仕事ぶりや活躍を全部調べたら、悪魔と接触したという可能性が高い。そしてその接触した時に悪魔に取り憑かれたと考えられる」



 突拍子もない話だが、しかしあの人からは時々悪魔のような雰囲気を感じる時がある。実際に悪魔を見たことがある俺がそう感じていたのだから、本当に悪魔が取り憑いているとしてもおかしくはないと思う。



「でもなんでそれを今? シーダ達に起きているこの事件と何か関係性があるんですか?」


「あるとは言い切れない、こんな現象はこの情報屋でも聞いたことがない。でも悪魔なら出来るかもしれないという事ともう一つ———」


「動機か」



 シーダの答えに情報屋は頷いた。



「サウザーには俺らレッドのパーティに危害を加える動機がある。そうか、この女体化によって起きた多大なる弱体化こそが奴の狙いか」


「……確かにサウザー先輩はよく絡んできて、因縁つけてくるような人でしたが……それだけで犯人と決めつけるのは」


「情報屋は決めつけないよ、そこにある事実を横流しする仕事さ。サウザーは悪魔憑きかも知れない、サウザーはアンタらを妬んでる。その二つの事実を提示しただけさね」


「……いや、ありがとうございます。有益な情報でした」


「そうかい、婚約祝いの餞別にはなったかな。お前がここに寄りつかなくなって祝い言葉の一つもあげれなかったしな」


「へっ、奥様って意外と良い人っすよね」


「意外とってなんだ。さあもうここで得られる情報はないぞ、行った行った出て行った」


「はい。ありがとうございました」



 シーダと共にお礼を言って、迎えにきたマスターと共に店の外まで戻った。店の入り口すぐ隣にはさっきの傭兵のおっさんがいたが、マスターの姿を見ると逃げて行った。

 マスターにもお礼を言ってから、俺らは一旦拠点に戻る事にした。日も暮れそうだし、色々と疲れたからな。



「ほどよい時間になったらマーリンとナゲットも戻ってくるだろう。それまでに家に帰れてるといいけど」


「……なあレッド」


「あん?」


「んっ、んっ、こほん」



 突然立ち止まったかと思うと、シーダは喉の調子を確かめ始めた。そして体が引っ付くほど詰め寄ってきて、上目遣いをしてきた。



「レッドさん、私を抱いて♡」


「おお、すげぇ。様になってるな」


「そお? 可愛いかしら私? そしたら〜、もう性欲のままに抱いちゃえばいいんじゃな〜い♡ ここなら姫様にバレないでしょ?」


「あはは!」


「そうよ、笑っちゃうほど楽しいわよね」


「笑えるまでにしとけ」


「……ふん」



 一瞬俺の声にビビった風だったが、すぐに立ち直ってつまらなそうに離れて行った。

 しかし離れてもズボンの裾を大きく下にずらして、腰のあたりを見せてきた。慌てて目を逸らす。

 舌打ちが聞こえる。



「チッ、面白くねーな本当に」


「お前は何が面白いんだよ、これやって」


「別にー、靡くかなーと思って。ほら俺って、見ての通り、可愛いし?」


「だからなんで俺にするんだって話だろ」


「ふーん、じゃあ他の荒っぽい男にこれやって、俺が襲われて犯されてもいいわけだ」


「不条理な状況なら助けるけどな、色仕掛けで誘うのはお前の意思だろ。だったら最後まで責任は取れ、自分のケツは自分で拭け」


「チッ、あーはいはい」



 くだらなそうに頭の後ろに手を組むと、おもむろに歩き出した。なんの狙いがあるのかさっぱりわからない俺は、ため息をつきながらそれについて行く。

 しばらくしてシーダの古家に着いた。中にはタウロスがいるはずだ。そして他の2人もそろそろ帰ってくるだろう。



「なあレッド」


「あん?」


「もしもさ、俺がお前のこと好きって言ったらどうする?」


「意味による」


「……性的な」


「関係性をなんとか取り留める方法を模索する努力をして、それで断る」


「俺が女の体になってお前への性欲が目覚めたとしても? 他の誰にも抱かれたくない、お前が良いって感情があっても、お前は俺を断るのか?」


「……うん。ちょっと考えたけど、やっぱり断るな」


「薄情と言うか、強情と言うか」


「……で、この質問の意図は?」


「聞いてみただけ」


「そ」


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