魔法使いマーリン
街中で目立つくらい高いレンガの塔。そこが魔法組合局だ。マーリンはここの出身で、俺が見つけて引き抜いた形で仲間になった。
で、そこの組合に俺も知り合いがいて、その人にマーリンのことを話した。信頼できる局員さんだ。
「おやおや、これはこれは」
「う……」
局員さんは目を細めて、優しそうな笑みを浮かべる。マーリンはその視線に身を縮こませて俺の後ろに隠れた。
「? なにしてんの? あの人お前の先輩だろ?」
「わかってる、信頼もしてる。でもちょっと、恥ずかしいと言うか……話したんだろ? 僕のこと」
「ああ」
「その上であの顔って、どう言う感情なんだあの人」
「ふっ、女の子になったと聞いていたが、まるで別人だな。いやマジで別人なんだろうな。魔力がすっからかんだ、その辺のトカゲの方がまだ魔力を持っている」
「ぐ……」
マーリンの先輩局員さんは、姿の変わったマーリンを見て驚く様子はなかった。それよりも興味深そうにして見ている。
「レッド殿、病院には行きましたかな」
「いや、行ってないですね。そうか病院にも行った方がいいかな」
「いえ、多分医者に見せてもこれから私が言うものと同じだと思います。まずこんな姿形が完全に変わるなんて現象は、二重もしくは多重人格による肉体の変化……が、最たる原因かと思われますが、服まで変わっていたのでしょう?」
「はい」
「なら魔法か聖術かと睨んだのは正解です。稀に見る病気でも、この様な例はありません、いえ断じるのは正確ではありませんね。正しく言えばこの国の医学と、そして魔法では原因究明は難しいと思われます」
「そうですか。でも、それでも調べる意味はあると思います。なのでそこをマーリンに任せたいと」
後ろに隠れるマーリンの背中を押して、先輩局員さんの前に出す。マーリンは焦った表情をしている。
局員さんはマーリンと俺を交互に見る。
「あなたはそれで良いのですか? マーリン」
「え? あ、はい。それしかないかと」
「しかし今一番パニックになっているのはあなたでしょう。魔法を知るあなたが、魔法で説明できない現象の被害をその身に受けているのです。頭の中はぐちゃぐちゃでしょう」
「う……さ、流石です、なんでもお見通しですね」
「まずはその頭を落ち着かせるのが先かと思われます。本を読むのはそれから、というわけでレッド殿。よろしいですかな」
「はい」
「彼……彼女……いえ、彼のカウンセリングは任せましたよ」
「はい、わかってます」
局の奥の部屋に俺とマーリンは案内された。そして局員さんは俺らを部屋に入れると、部屋を出て行った。残されたのは俺とマーリンだけ。
質素な部屋で窓と、机と椅子と、花瓶に植えられた花くらいしか目立ったものはない。そんな場所で俺は椅子に腰掛ける。しかしマーリンは入り口手前で立ったままだ。
「どうしたんだよ、座らないのか? 向かいの椅子空いてるぞ」
「………なあ、覚えてるか。僕を仲間にした時のこと」
「忘れるわけない」
「ああ……」
ギュッと両手で服の裾を掴む。顔を俯かせて、表情が陰る。
「さっき試してみたんだ、僕、魔法が使えなかった。レッドとタウロスが鍛冶屋に行ってる間に、ナゲットやシーダと一緒に魔法が使えるかどうか試してみた。でも全然だ……」
「そうか……」
「なあ、こんな僕にも、まだ価値はあるのか?」
「価値?」
「多分、レッドが僕と初めて会った時に口にしたあの一言が、その通りになったんだ」
「初めて……ああ、あれか」
「そう。君は僕のことを『魔法の様に儚い』と言った」
ーーーーー
ーーー
ー
魔法の才能はあった。魔法を研究する意欲も、誰よりもあると自負していた。しかし現実は———周りから人が居なくなっていった。
なぜなのか。何が悪いのか。
さっぱりわからず、僕の心はどんどん病んでしまった。元から落ち込んだら中々立ち直れない性格だった。それが積み重なる周りからの疎外感によって、ついに爆発し、僕はもう外の世界に出られなくなった。
部屋に引き篭もって魔法の研究に没頭した。しかし実験は全部上手くいかない。
「何がいけないんだ、僕の……」
魔法組合に所属している僕。
ただ1人心配してくれる先輩の局員さんに、よく外に連れ出された。
空は晴れているのに、心は曇り空。そんないつも通りの日が、彼と出会った始まりの日だった。
その日はベンチに座っていた。先輩は用事があるからと、僕を置いて仕事場に行ってしまった。残された僕はすぐに部屋に戻ろうと考えていた。
立ち上がる寸前の僕のそばに、誰かが来た気配がした。そしてその人物はこう言った。
「まるで魔法の様に儚い男だな」
何を言われたのかわからない。
ただ顔を伏せて、その人間を見ることなく、ただジッとしていた。自分が言われたわけじゃない、関係ないんだと思うことにした。
しかしその人間はずっと立ち止まったままだった。
何かを考えていたのだろうか、おもむろに足音が近づいてくると思ったら、肩に手を置かれた。
「ヒッ」
思わず悲鳴を上げてしまう。
「顔を見せてくれないか。俺はここに、仲間を探しに来た」
仲間。もしかして冒険者だろうか。
時々魔法使いを探して、魔法組合にそういう人が来る。
しかし僕は顔を上げないまま首を振った。
「仲間だったら、他を当たってください」
「他に行く前にまずアンタの鑑評が先だと思う。アンタの顔と、実力を見るまでは引き下がれない」
「だからっ、他を当たってくださいって! 1人がいいんですよ僕は」
「……アンタ、考えすぎるトコあるだろ」
「え?」
突然なんの指摘だろう。
わけがわからない状態の僕に、さらに冒険者は続ける。
「悩んで、落ち込んで、ドツボにハマってさらに考えすぎる。そんな人間じゃないのか?」
「……だったら、なんですか」
「てっぺんハゲてたからそうかなと」
「えっ⁉︎」
思わず手を頭頂部に当てる。
「嘘だよ。やっと顔見せたな」
「あ………」
見れば僕は、若々しくも凛々しい顔をした冒険者と顔を見合わしていた。
まさか僕の顔を見るための嘘。
「ハゲてはないと思うが、ハゲそうな予兆はあっただけだ」
「ちょおぃ⁉︎ ええっ⁉︎」
「…………」
「なんか言ってくださいよ!」
「いやぁ、まあ、健康には気をつけてな」
「そ、そんな……」
ー
ーーー
ーーーーー
バチン!と頰を平手打ちで引っ叩かれた。
「あの時のこと思い出したら殴りたくなった」
「……もう殴られたけど。あと思い出させたのお前だろ」
不機嫌な顔した美少女は、ぶっきらぼうにドカリと椅子に座った。
しかしすぐに萎み始めて、どんどん影が濃くなり、落ち込んでいった。
「……なあ、儚いって、なんだ?」
「あん?」
「なんで僕を儚いって言った? そういえばあの時、聞き損じた。ただお前が必要だと真摯な言葉で言ってきたから仲間になった。けど、あの時の言葉は一体どういう意味だ?」
「どうもこうも」
「やっぱり今のこの状況がそうなのか? どれだけ才能があろうと運が悪くて強みである魔法の才能ごと無くしてしまった! 僕は結局、夢叶わぬ人間だってことか?」
「いや、あん時はそう思ったが、今は違う」
「え? 違う?」
「もっとお前を知ってよく分かった。マーリンは魔法の様に儚い奴だと、同じ言葉で、しかし別の意味でそう見てるよ」
「どういう意味なんだよ。魔法の様に儚いって……」
「それは……」
言いかけた所で、局員さんがノックして部屋に入ってきて紅茶とお菓子を置いて行ってくれた。俺はさっき喫茶店で食べたり飲んだからあまり口にはできなかったが、マーリンの方は懐かしむように紅茶の香りに目を細めた。
もしかしたらここにいた頃には、こうして紅茶が出されていたのかもな。
そして一旦、息を整えてから俺はマーリンの様子を伺いながら話し始める。
「マーリン」
「ん?」
「アンタは考え過ぎる性格だ。落ち込むことがあったらとにかく落ち込む。その度に俺やナゲットが慰めてたよな。タウロスやシーダまで励ますほどに、派手に落ち込んた時もあった。思い出すなぁ、あの時はほんと大変だった」
「……なに? 今僕責められてる?」
「テコでも動かねぇって感じで、押しても引いても全然立ち直らねぇ。金も結構かけたなー」
「責められてるよね? 泣くぞ?」
「けどそんなお前でも、俺は必要だと思った。仲間にした当初は単純に俺に相応しい魔法使いだと思ったから声をかけた。でも今は、必要だから一緒にいる。だから必死に元気つけた」
「…………」
マーリンはそっぽを向いた。気に食わないのか、はたまた照れ隠しか。
「最初見た時に相応しいって思ったのは、落ち込み癖があって引き籠りくらいが駆け出しの俺にはちょうどいいレベルだと思った」
「……ちょっと失礼だぞ」
「でも今思ってる相応しいって意味はな、夢を叶えるのに必要って意味だ」
「夢……? レッドの夢っていうと、上を目指すって奴?」
「そうだ。けど俺の夢がなんであれ関係ない」
紅茶を一口含み、その香りに助けられながら俺はさらに語る。
「お前は俺らが元気つけて、立ち直るとすぐに俺らの求める仕事をした。例えばモンスターを相手にする時、最強の魔法で敵を蹴散らしたり、俺らに的確な指示を送ってサポートしながらも、ここぞと言うときに効果的な魔法を繰り出して勝利に導いてきた。お前がいなきゃ終わってた場面は、両手の指じゃ足りないくらいあった」
「でも今は、その魔法がないじゃないか」
「そうだな。けど俺が求めるのはそこじゃない。必要なのは落ち込んで、立ち直った時のお前の活躍だ」
「どういうこと?」
「魔法が儚い。その意味は、魔法に未来はないと考えているからだ」
「え?」
「これでも魔法分野を少し齧ってる。その上で言える。遠い未来、モンスターがみんな討伐されていなくなった世界を想像すると、戦うだけの魔法は必要なくなる。いや今でも魔法は嫌煙される傾向にある、なぜならどこででも炎を出せる人間は危険だからだ。そのせいで嫌われる者もいて、だから組合って組織ができた。自分達を守るために」
「…………」
マーリンが紅茶を含み、それが喉を通るのを見計らってからまた続ける。
「魔法は儚い、いつか消える。でも本当の魔法はただ炎を出したり、相手を破壊したり、攻撃したりするだけのものじゃないと思ってる」
「と、言うと?」
「初めて魔法を見た時、驚いた。だって何もないところに炎が出せるんだぜ? 光も灯せるし、風だって出せて、水も出せる。しかも飲める水だ。こんなもん驚かない方がおかしい」
「ははっ、そういえば僕が雷魔法を使って見せた時、異様に驚いてはしゃいでたな」
「そう。魔法ってのは人の心を奪う、驚かせることの出来るものだ。あったらいいな、できたらいいなって願いをそのまま形にして見せれる、人の夢を現実に変える方法が魔法なんだ」
「夢を……」
「攻撃だけが魔法じゃない。いつか手紙を遠くに運んで送ったり、動物と話せたり、病気が治せる魔法だって出来るはず。夢を叶えるのが魔法………そして」
俺は真っ直ぐにマーリンを見る。少し緊張して、揺れる瞳に俺は語りかける。
「マーリンは、俺らが励まして与えた元気を、夢に変える魔法使いだ」
「………………………」
「魔法の様に消えそうなほど儚い、けれど俺らが励ます限り決して消えない。だから必要なんだ。夢を叶えたい俺にとって、お前ほど相応しい魔法使いはいない」
「れ、ど………」
「魔法使えなくたって、マーリンはマーリンだ。俺らの仲間だよ」
「う、う、ああああああ〜〜〜!!」
机を飛び越える形で、俺の方に飛び込んできたマーリンは、そのまま俺の腕の中に収まり泣きじゃくった。一瞬動揺したがマーリンの震える肩を見ると、ルーシェに心の中で謝りながら、マーリンの背中を優しく撫でた。
安心して欲しいと願って。
しばらくしてマーリンは泣き止んだ。
そして涙で濡れた俺のシャツを見て謝ってきたが、全然構わないと頷いて見せると、また目を潤ませた。中身がマーリンとは言え見た目は可愛い女の子だし、こうも何度も抱きつかれて泣かれると色々とまずい。
俺は局員さんにマーリンのことを任せることにして、組合局を後にした。
「さて次は、ナゲットと一緒に教会へ行こう」
拠点に戻り、ナゲットを連れて教会へ向かった。