恋敵公爵
「こりゃービックリだ! まさか王女殿下との結婚を約束している、あのレッド殿がまさかの浮気! 不倫! 不貞! 不義理に不遜に無礼に裏切り満点打首直行ルート! 清廉潔白な姫様が聞けば泣いてしまいますヨヨヨ」
店を出てすぐに俺らの前にいたのは、黒髪でしっとりした髪の貴族服の男。確か彼は……。
「確か、公爵の……」
「私の名はドベルマ公爵でございます。お初ではないですが、今ここに悪逆非道な浮気現場をズバリと暴く英雄の名はしっかりと覚えておいてください。牢屋の中でその名を何度も反芻する事です、悔しい悔しいとね」
「……思い出した。ルーシェ様に誘われたパーティで何度も声をかけてくださった」
何度か王女様から貴族達と集まるパーティの参加を誘われた事がある。王様の後継はルーシェ様しかいない、なので同じ年代層の方々と集まり交流する機会を作って、次世代達の仲間意識を高めようという王の計らい。その重要なパーティに婚約者である俺も誘われ、行くたびにこのドベルマ公爵に話しかけられていた。
「申し訳ございません、対応が遅れました。公爵殿下。何ぶん友と過ごす時間がとても楽しかったばかりに……」
「友?」
「はい、この方々は私の友人でございます」
「こういう場合ありがちな嘘だな。だがこの吾輩の目は誤魔化せぬぞ。友との買い物と言うのならなぜ、その者らは服をたくさん購入しているのだ? ただ友人との買い物であるのならもっと少なくするはずなのに、まるでこれから日々着る服を一度の買い物で買い揃えたという感じではないか」
「すみません、まずはどこか落ち着ける場所でお話し致しませんか?」
「しらばっくれるな!」
人が集まる往来の道のど真ん中で、ドベルマ公爵は大声を上げる。わざと民衆に聴かせているような。
「その服は全部、これからお前とその4人のおなご達が共に暮らすための服なのだろう? 王女殿下がありながら他の女性と暮らすんだ! 不貞な輩だ」
「違いますよ」
「なあ皆の衆! このレッドという男は姫様と結婚するのに他の女とデートをしている! こんな事許されるのでしょうか!」
ざわめき立つ街のギャラリー達。
誰もこの騒動に首を突っ込むことも、止めることもしないで、ただただ公爵の言うことを聞いて頷いたりしている。
そんな彼らの後ろから剣を携えた兵士達が現れて、人垣をかき分けて公爵の周りに集まってきた。その物々しい兵士たちに街の住民達は萎縮してしまった。
パァン!とドベルマ公爵は手を叩く。
「断罪すべし! 身柄を引き渡し、清廉潔白純朴無垢なルーシェ様の前にひれ伏せさせ、婚約破棄が妥当!」
「婚約破棄?」
「当然それが妥当!!」
さて、この一連の騒動。公爵殿は何がしたいのかを考えてみよう。
まずなぜ服屋の前でこんなばったり鉢合わせたのか。その理由は、ここら一帯の店という店はこのドベルマ公爵が裏から資金などを提供して言いなりにしている。だから情報が彼に流れたし、こうして待ち伏せされたし、周りの人達はこの騒動に首を突っ込む事はできない。
では待ち伏せされ、そしてこんな公然で糾弾されているののは何故か。何が目的でそんなことをするのか。そこで鍵となるのは多分今持ち出した“婚約破棄”。
「……不躾ながら申し上げたい」
「ん?」
「私、レッドはルーシェ様を心より愛しています」
「……」
公爵は面白くなさそうな顔をした。
やはり急所はここか?
「そしてルーシェ様もまた、私のことを愛しておられます」
「戯言を!! あの方は騙されているんだ! 魔法か何かの洗脳で操られている! だから平民なんかと婚約なんてバカな真似を……」
「それ以上はルーシェ様への侮辱行為です。例え公爵家の方であろうとも許せません」
「攻めているのはこっちだ! それにお前が彼女を裏切った! 本当は彼女は吾輩と結婚するはずだった! 幼馴染なのに……!」
やはりドベルマ公爵はルーシェ様の事が好きなのか。それも昔からずっと好きで、執着心は俺の想像を超えるレベルだろう。
もしかして王様が俺に対して過剰に浮気や婚約破棄の恐れを危惧していたのは、彼の存在があったからだろうか。
「どーするレッド、これはまずくないか? 相手は公爵だ」
「例えここにルーシェ様がいたとしても、ドベルマ殿は都合のいい事しか耳に入らないだろうし、魔法による洗脳だなんだと難癖をつけられ水掛け論だ」
タウロスから心配する声をかけられ、安心させるように、そしてこの場の解決策を冷静に考える。
「でもこんなの簡単だ」
「簡単?」
「ようは彼の方の言葉より、俺の言葉の方に説得力と信憑性があれば、街の人たちの信頼は俺に傾く」
そう言って俺はドベルマ公爵に一歩近づく。そして自信満々に言い放つ。
「公爵様、あなたはさっきルーシェ様の事を清廉潔白だと言った」
「ん? そうだろう。昔からあの子は」
「しかし彼女は根っからの酒豪です! 昨晩も夜の十一時までギルドの酒場で飲んでいた!」
「⁉︎」
「無頼漢集まる夜のギルド酒場での飲酒、さらには男達とどんちゃん騒ぎ」
「そ、それは……き、貴様と関わったから汚されたのだ!」
「彼女の事を表面上の先入観でしか見ていない、何も知らない公爵さまの言葉など信頼できるものでしょうか? 加えて僭越ながら私めは何度もルーシェ様のお部屋にお邪魔させていただいております。城のルーシェ様を護衛していた騎士達に聞けば証言も取れる。その上で言おう!」
顔を歪める公爵を指差して、意気揚々とこの場にいる全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「ルーシェ様は俺のことが大好きだ!」
「なあっ⁉︎」
「そして俺もルーシェ様を愛している!」
「ななあっ⁉︎」
「この言葉に嘘偽り一切なく、違えることも金輪際ありえない」
「な、なら後ろの女性達はなんだ!」
「なんだ、と聞く前にあなたの申し開きが先でしょう」
「え?」
「女王陛下の婚約者に対し邪推の数々! 私の大事な友人達との時間を邪魔した上で、住民の方々へ女王陛下の信頼を削ぐとも取れる言葉の数々! その一つ一つになんの信憑性もない。ならば信憑性の真偽をまず説くべきで、これ以上申し開きがなければ即刻謝罪していただきましょう!」
「う、が……だ、だって……い、いや! とにかくそいつらはなんなんだと聞いている! 浮気しているんだろう! そっちもまず説明して———」
「浮気などしていない。先ほども言った通りこれは友人との買い物です。浮気などするわけがありません、なぜなら私はルーシェ様を心より愛していますから」
その愛と、嘘偽りのない言葉が証拠です。そう締めくくって王城に向かって敬礼をした。片膝をつき、胸を押さえた敬礼。それを見て民衆から俺を疑おうとする声がなくなり、逆にドベルマ公爵の方に疑念の声が少しずつ徐々に向き出した。
「……か、帰るぞ!」
兵士たちを引き連れてドベルマ公爵は撤退していった。
後には彼の姿が完全になくなったところで、密かにガッツポーズや俺に親指を立てる人がいたりしながらも、街の人たちは静かに解散となった。裏にあの公爵の力がかかっている場所だ、滅多な悪口は言えないのだろう。
騒ぎが収束した頃に仲間達が俺の腕を引っ張って、共にシーダの古家の方に帰った。家の中に入ると落ち着く前に仲間達がそれぞれ安堵した顔で。
「れ、レッド……よくやったな。やっぱすげーよお前!」
「はあー、まったく一時はどうなる事かと」
「ボクはまだ足が震えてるよ、公爵家に目をつけられるなんて」
「まさかの恋敵と言ったところか」
恋敵?
そんな風には思えなかったな。酔っ払った彼女の可愛い一面を知らない彼に、自分の負けてるところは一つもないと自信を持ってたからな。
まあでも一悶着あったが当面の問題は解決できた。
「さてと、しばらく拠点はここになると思う。けど調査の手伝いはして欲しい。そこで1人ずつ協力してくれそうな人達の場所へ行くとしよう」
「1人ずつ?」
「な、なあ!」
これからの方針を伝えると、タウロスが焦った表情で詰め寄ってくる。可愛い顔をこわばらせながら鼻先が引っ付きそうなくらい間近まで迫ると、緊張した声色で。
「さ、先に俺と武器を見に行ってくれないか?」
「武器?」
「元々持ってた剣は持たないって言っただろ? だからこれからもし戦う場面が来るかわからねーから、今のうちに使える武器を調達しておきたい」
一歩下がるとタウロスは自分の腕を見下ろす。
「それに体が変わっても冒険者気質は抜けてねぇ。準備できてない、不測の事態に備えが出来てないって今の状況が落ち着かねぇ。身の危険と隣り合わせの稼業だ、この体になってよりその危険が身に染みて感じる。今誰かに襲われたらただ殺されるだけだ、そんなのは嫌だ」
「そうだな。分かった、ならまずその不安から無くそう。それで他の3人は……」
聞いてみるとマーリンとナゲットは魔法と聖術が使えるかどうかまだ試したいと言い、シーダはナイフは持ってるから手に馴染ませるためにしばらくここにいると言った。
なので俺はタウロスを連れて行きつけの武器鍛冶屋に行くことにした。