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悪魔と兵と番人と

 滅びた帝国レオナルド。

 山に囲まれた盆地。天然の要塞に守られて、小規模ながらも発展力なら随一であった。

 魔法、聖術とは違ったもう一つの“可能性”、科学を推進している国家だった。王自らがあらゆる実験に参加し、この世の全てを知ろうとした結果、【ヒトゲノム】を発見し目覚ましい発展の一途を辿っていた。

 しかし繁栄は続かず、ある日モンスター達の大群が攻め込み、科学で栄えた帝国は一晩で消えた。

 首都の街の中心には、雲にも届きそうな高い煉瓦の塔が立っていた。しかし上部が作りかけで、中途半端なまま雨風にさらされ今にも崩れそうなほど老朽化していた。



「まるで“天国”を目指す最中で、天罰が降ったかのような光景だ」



 予定より少し早く、夕方の最中に目的地に辿り着いた。遠くからでも見えていたが近くまで来るとその凄惨な光景がありありとして目の前に広がる。

 倒壊した家屋や荒れた路地、街を囲む防壁も無惨に壊されている有様。そして何より目立つのは街の中心に立つ高い“塔”。



「……目的はここではなくここから数キロ離れた場所にある神殿です。行きましょう」


「そうですね」


「科学は禁忌、なんでしょうかねぇ」



 移動する寸前、黒髪の冒険者が言ったその一言が耳に残る。

 しかしそれに何かを感じる前に、背後から何かが迫ってくるのを感じた。



「何か来る! 後ろです!」


「え!」


「一体何が」



 振り返ると鬱蒼と生い茂る茂みをガサガサとかき分け、向こうから何かがやってくる。シルエットが見えた……あれは、人型。



「そしてこの気配は間違いない……!」



 これは“悪魔”の気配。

 茂みの向こうから飛び出して来たのは、サウザーだった。



「サウザー!」



 サウザーは飛び込んでくると俺の馬めがけて剣を振り下ろしてきた。それを剣で防ごうとしたが、なんと煙玉を投げつけてきて、視界を遮り俺の馬の首を切り落とした。ゴトという首の落ちる音。

 咄嗟に風魔法を使って煙を吹き飛ばす。

 現れたサウザーは、俺の目の前で立ち止まるとニヤリと笑う。



「ほお〜、ここまで来たか。流石だな」


「……アンタこそ、よく馬も無しに山の中を来られたもんだ」


「ふん、片割れのおかげでな———貴方をこの先に行かせるわけにはいかないのよ」



 サウザーは悪魔に変わった。敵意を感じる。

 剣を抜く。冒険者さん2人も剣を抜いて臨戦態勢。



「この先に、あの神殿に何がある?」


「行けばわかるわ。ただし私がそれを知る前に殺し———待てミランダ」



 悪魔が襲い掛かろうとした寸前にサウザーに変わった。



「ここはあの神殿にいる連中に応援を要請するのが得策だろう———なんですって! しかし———ダメで元々、バレて困るのはアチラさんも同じだろう———どうかしら、しかし、ここまで彼らを到達させた責任は取らされるはず」



 交互に入れ替わりながら話し合いをしている。

 その隙に俺は冒険者さん2人に馬に乗るように指示した。いつでもこの場を逃げ出せるように。ここに何かがあるという情報を国に持って帰ってもらうために。

 ほどなくして話し合いは済んだようだ。



「なら先んじて神殿に向かう必要があるわね。はあっ!」



 そう言って悪魔はまたしても森の中に入り込み、神殿のある方角へと向かって行った。



「まずい! 何かする気だ! 先に到達されると厄介なことに———」



 ドザジャァ!

 言い終わる前に、茂みの中から勢いよく大きな音を立てて黒の巨馬が飛び出して来た。馬の上に乗っているのは、あの襲撃して来た仮面の男。



「出た!」


「………」



 相変わらず何も言わない仮面の男は、俺を一瞥すると、悪魔の消えて行った方向を向いた。



「……あの術の秘密が奴の向かう先にあるか……」



 遂に喋った。仮面に覆われてくぐもった声は無機質かつ無感情、何も読み取れない。

 仮面の男は乗っていた黒馬から降りると、馬の首をポンポンと叩いて一言。



「任せた、マウンテン」



 そう言って馬を残して悪魔を追いかけようとする。

 任せたとはどう言う意味なのか。わからないが、立ち去られる前に聞きたい事がある。



「おい! アンタ一体誰なんだ! なぜ俺を狙う!」


「……………………」



 男は立ち止まり、しばらく黙って背を向けていた。

 不意に神罰の塔がシンボルの滅びた帝国の街を見た。そして振り返り———仮面を外した。

 見せて来た顔は、その辺にいるような普通の顔つき。しかし異様なのは髪の毛も髭も何もない事で、そして眉間に寄った皺から苦悩が見えた。

 どこかで見たことあるような顔だと思った。

 男はポツリと言う。



ソルジャー()、それが名だ」



 それだけ言うとそのまま森の中に入って行こうとする。

 慌てて剣を構えて駆け寄ろうとしたが、先ほど『任せた』と言っていた黒馬が立ちはだかる。



「まさか任せるって……」



 馬は前足を上げて、大きな声で嘶く。

 そして俺を睨みつけてくる。



「な、なんだよそりゃあああ!!」



 突進してくるのを横に飛んで躱す。

 馬は通り過ぎた先で踵を返し、また襲ってくる。

 咄嗟にそばにあった木に登る。しかし馬は勢いを緩める事なく、俺の登った木に突進して揺らして来た。何度も何度も俺が落ちるまで木に体当たりをかけて来る。



「くっ! 冒険者さん! あなた方は帰還してください! 必ずここには何かある! その事を王様に伝えられるのはあなた方だけだ!」


「……了解!」


「無事に帰って来てくださいよ!」



 2人をこの場から離脱させる。

 何度も巨馬の体当たりを喰らい、俺の乗っている木が幹からへし折れそうになっている。

 落とされるのは時間の問題か。



「まさか馬をけしかけるとは! 馬は殺したくないんだけど!」



 しかしサウザーと、ソルジャーと名乗った男は神殿に向かった。早く俺も行かなければ証拠が消される可能性がある。もっと言えばなぜソルジャーがサウザーの事を追いかけたのかがわからない。

 あの術の事を知っている風だったが、狙いがわからない以上何をしでかすかわからない。



「木がそろそろ倒れそうだな、だったら……」



 馬の怪力によって木がへし折れる。

 しかしその倒す間に脳内作戦会議終了。結論、俺も一直線に神殿へ向かう。

 倒れる前に木の上から飛び降りて一目散にサウザーやソルジャーの消えた方向へと走る。

 マウンテンと呼ばれていた馬がこちらに気づいて走って来た。持っていた旅用の荷物合計三つを、三回に分けて馬に投げつける。

 三回隙を作れた。そのうちにさらに歩を進める。森の木々生い茂る場所に飛び込んで、木の間をかき分けて走る。向こうは大きな図体だから木が乱立するこの場所は追いかけて走るのに不利だろう。



「……ん? なんか後ろから音が聞こえなくなったな」



 しばらく森の中を走っていると、追いかけて来ているはずの馬の足音が聞こえなくなった。諦めたか?と振り返って足を止めた瞬間、俺の真上から馬が降って来た。咄嗟に転がって回避。



「上から⁉︎ まさか木ぃ登って来たってのか⁉︎ 馬が⁉︎」

 


 動物学上馬が木を登るなんて聞いた事ないし、そんなカラダの構造になってないはずなのだが、その不可能を可能にしたのか。

 何が彼をそうさせた。

 俺が思考を巡らせているうちに、馬は大きく飛び上がると太い木の枝に足をかけた。当然馬の体重に耐えられない枝は折れてしまうが、その直前に前足に力を入れてさらに飛び上がり、天高く舞い上がった。

 空を駆るまさに天馬。



「ばっ、馬鹿野郎! そんな高くジャンプしたら着地の時に自重で足が折れるぞ!」



 落ちて来た馬を躱す。

 しかし馬は足の痛みなど無いように、毅然と俺を見下ろし睨みつけてくる。

 ガクンと前足の膝から力が抜けて倒れかけるが、目はずっと俺を睨み、足に力を入れて再び立ち上がる。

 何が彼をそこまで駆り立てる。



「ただ襲うためじゃない、あのソルジャーってやつのためか!」



 突進してくる馬に、俺は横に走って躱すがどこまでも執拗に追いかけて来る。主人の元には行かせないつもりだ。

 逃げていると、馬は走る途中で木の枝を噛み折るとそれを投げつけて来た。割と大きなサイズの枝が頭に当たる。



「イッ……!」



 走る速度が緩んだ俺に、一気に加速して詰め寄って来る。前足を振り上げて蹄鉄で踏み潰そうとして来る。

 後ろ足で立つ馬の、真下に転がって入り込む。前足の当たらない位置に転がり込んだ。

 けれどそれに反応して馬は立ったまま後ろに飛び俺の上から離れて、頭をかち上げ俺を真上に吹っ飛ばした。馬の真上で宙に舞う。

 馬は立ち上がり噛みつこうとしている。



「……悪く思うな」



 胸ポケットからナイフを取り出し、噛み付いて来る馬の口の中にブッ刺して舌を切る。血が吹き出し、痛みで叫びもだえる馬は俺を吹っ飛ばした。

 舌が切られて痛いはずだ。

 俺は着地と同時に神殿へ走り出そうとした。だが馬は、痛いはずなのに、口から血を吐いているのに神殿への道に立ちはだかった。歯を食いしばって俺の前に立ちはだかる。



(そこまで主人に忠誠心があるのか……)



 俺は剣を抜いた。



「……心臓(ハツ)は確か、首と前足の間にある胴体の辺りだったな」



 ゆっくりと突きの構えを取る。



「その忠義心に敬意を表する」



 真上に二本目のナイフを放り投げる。



「もう君はただの馬じゃない、俺が馬は殺したくないと思った価値観の外にある、君を有象無象ではなく一介の戦士として見る。もう言葉はいらないだろう」



 放り投げたナイフを口でキャッチする。そしてそのままナイフの持ち手を口の中に含む。口先から刃先が飛び出た状態。

 剣を右手に、ナイフを左手に構える。これが俺の三刀流。


 最後だ。

 突進するマウンテンに対して待ち構える。そしてギリギリのところで横に躱し、両手の剣を振り回して首を、足を、そして胸を切り刻む。

 最後にさっき確認した心臓の位置に口に加えたナイフを突き刺す。心臓までは刃が届かなかったが、マウンテンは痛がり暴れ始める。

 振り上げる足を躱し、タックルしてくる胴体を後ろに下がって躱したのちに、両手の剣を放り捨てる。そして飛びかかり胸のナイフをさらに押し込む。


 痛ましく悲鳴をあげるマウンテン。

 そんな彼の顔の横を思いっきり殴りつけ、首を持って持ち上げる。馬の胴体は逆さのまま縦に持ち上がる。当然自重によって首の骨が悲鳴をあげる。

 馬の巨体を持ち上げ、振り回して近くの木に叩きつけた。たまらず馬は声にならない悲鳴をあげ、その場に倒れた。



「ナイフは返してもらうぞ」



 心臓の位置に突き立ていたナイフを回収して、放り捨てた剣も鞘に収める。後味悪い戦いだったが、それでも進まなければならない。しかし馬から離れて進もうとした矢先に、後ろから地面を擦る音が聞こえて振り返る。

 マウンテンは倒れた状態のまま、四つ足を一心不乱に動かしていた。立てないのは自分でもわかっていながら、それでも足を動かし続ける。



「まだ走ろうってのか」



 死に物狂いで足を動かす。もがき、痛くても立てなくてもとにかく、主人の元に戻りたいと言う一心で。



「〜〜! ああもう! 聖術は不得意だからな!」


△▼△▼△▼△▼△▼


「レッドがすぐそこまで来ている。あの神殿に辿り着かれたら、全てが終わる。だが俺一人じゃダメだ、仲間が必要なんだ。だからあの神殿の中から“応援”を……」



 首都となる街から、少し外れた場所に太陽の女神を祀る神殿がある。サウザーはレッドよりも先に辿り着いた。

 大きな大きな扉が侵入者から神殿を守る。

 前まではライオン二頭が門を守っていたが、今やそのライオン像は壊されている。門番がいないのなら誰だって侵入することが出来る。それが神の嫌いな存在だったとしてもだ。



「サンドーラ」



 神殿の扉の前で、合言葉を唱える。

 見上げるほど巨大な扉が上にスライドして開いた。中を覗けば四角い部屋があって、その奥にさらに扉がある。

 ここは神殿の玄関と言うべき空間。

 入って、玄関奥の扉に向かって叫ぶ。



「申し上げる! 俺はサウザー! 悪魔と同化し人間達の街に溶け込んでいた者だ! あの作戦は成功したが、今目の前まで敵が来ている! そこであなた方に力をお借りしたい!」


「———ここになにがある?」


「ッ⁉︎」



 背後から突然、大きな腕がサウザーを狙う。

 咄嗟にガードして防いだが、体が横に吹っ飛ばされる。

 見れば現れたのは真っ黒な格好をした屈強な男。サウザーを吹っ飛ばした後は、ゆっくりとまるで人形のように無関心のまま玄関奥の扉を見上げる。



「この先にあるのが、今回の件の原因か?」


「……なんだお前、誰だ」



 その問いには答えず、ソルジャーは思いっきり扉を殴った。しかしビクともしない。



「誰だって聞いてんだよ!」



 怒りのままサウザーは胸ポケットに隠していたナイフを投げた。

 ソルジャーはそれを拳の一振りで叩き落とすと、サウザーに向き合い拳を構える。



「お前を殺せば通れるか」


「んだと……!」



 激昂するサウザーと、冷静なソルジャー。

 そんな二人の間に割って入るように、奥の扉がゆっくりと上にスライドして開いていき、中からソルジャーよりもさらに大きな巨体がのそりと出てきた。

 頭には二本のツノ、顔は牛の顔で、二本足で立つ筋肉質な風貌は人とは違う何かであった。



「……我はここの番人、ミノタウロス」



 静かに、丁寧に、牛の化け物は語り出す。



「今すぐに出て行くがいい、ここは安易に立ち入っていい場所ではない。どんな者でもな」


「……用件は言ったはずだぞ」


「分かっている。だがここまでの侵入を許してしまった責任は君にあるんじゃないのか、サウザーおよび悪魔ミランダ。そしてこの玄関は我が支配域、例え相手がこの神殿の主人様であろうとも、この場に入れば我に全ての決定権がある」



 牛の化け物ミノタウロスが入ってきた扉が閉まっていく。

 同時に入り口の扉も、重々しくゆっくりと閉じていく。



「落ち度ある悪魔と、侵入者、双方処刑する。逃げられるタイムリミットは入り口の大門が閉じるまでだ」



 ゆっくりと閉じる扉。

 あれが完全に閉じればもう逃げ道はない。ただここでミノタウロスに殺されるだけ。

 しかしサウザーもソルジャーも出ていくつもりはなかった。



「ならお前を殺せば、後はこの神殿の主人に申し立て出来るわけだ。だったらやる事は一つだ」



 サウザーは臨戦体制を取り、ソルジャーは何も言わず拳を握る。



「……ならもう、言はいらぬな」



 ミノタウロスも、二度と口を開かない覚悟の上で二人と相対する。

 閉まっていく扉。閉まればもう誰もそこを通過することはできない。目の前には番人が立ち塞がる。一人の侵入者と、一人の失敗した同僚を始末するため、殺そうと歩み寄る。

 ひりつく四つ角の部屋。扉が閉まる寸前、人影が転がり込んだ。

 完全に閉じた扉を気にする様子もなく、立ち上がる。

 三名は同時に意識を向ける。



「へっ、来るよな、そりゃあ」



 サウザーは笑った。

 死地に転がり込んで、顔を上げた開口一番。



「……馬の次は牛か」



 ミノタウロスを見て、やれやれと言った感じでため息を吐く。そしてライオンの剣を抜きながら、サウザーとソルジャーに目を向ける。



「それと“(サウザー)”に“(ソルジャー)”か」



 剣を抜き、構え、堂々と立つ。



「なら差し詰め俺は龍ってとこかな」



 レッドはミノタウロスが守る神殿の内部に用事がある。そこに解決策があると信じて。

 サウザーはレッドが最優先であるが、狙って来る他二名を無視できない。点滅するように悪魔と連続で何度も入れ替わりながら、最後にサウザーになって剣を抜く。

 ソルジャーはここにいる全員殺すつもりがある。

 ミノタウロスはレッドもソルジャーも通すつもりはなく、サウザーもとい中にいる悪魔に対して制裁を執行するつもりだ。


 全員が敵。

 各々が各々に敵意と殺意を向ける。

 国一番に、悪魔に、兵に、番人。

 狂乱ここに極まれり。

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