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緋と光の恋

 森へ行く王女の護衛任務。

 結局あの場にいた冒険者達は、男隊長の腹いせか全員失格となり、護衛は俺と男隊長の二人だけとなった。

 隊長の名前はハーヴェスト。綺麗な顔をしているが、俺を見る目は恐ろしく歪み、妬みの籠ったものだった。



「……ところでどうして森なんかに姫が?」


「聞く必要あるか? キサマは姫様の盾になって死ねばいいだけだ」


「へいへい」



 姫の乗る馬車の手綱を引くハーヴェスト隊長は、俺に詳細な目的を伝えるつもりはないらしい。ちなみに俺は馬車の外で歩きだ。

 バカなつもりはない。出発する前に街の人やギルド長なんかに話を聞いてみた。なぜルーシェ王女は森へ行くのか。ひとえに噂だがハーヴェストとルーシェ王女は、恋仲であると言う話。

 あんなにも美しい王女と、綺麗な顔のハーヴェスト。確かにお似合いだと思った。親衛隊の隊長なのだから王女との関係性は長く深いものだろうし。

 そしてなぜ恋仲なのが、今回の目的と関係しているのかと言う話だが……逢引きではないかと言う話だ。つまり誰もいない森の中で王女と隊長は……。

 それなら俺だけを連れて行くって言うこのわけわからん状況にも納得できるが、しかしそうなると分からない部分が出てくる。



(だとすると護衛付ける意味がわからんし、モンスターのいる森に入っていくのもわからないけど)



 噂の内容は半信半疑だった。

 俺以外全員失格となったが、当初は数名の冒険者に依頼していたのだ。つまりそれだけの人数を護衛につけようとしながらも、今こうして親衛隊の仲間が一人もいない中で森の中を行進している。

 明らかに怪しすぎるが、すっかり嫌われたようでハーヴェスト隊長からは何も聞き出せない。



「本当なにしにこんな所に来たんだか」


「ずいぶんと気が散るようだな」


「ええまあ、アンタの思惑が気になって気になって」


「ふん。いざとなればお前を捨てて逃げるから安心しろ」


「へいへい」



 ふと馬車籠の中のルーシェ王女が気になった。彼女は今どんな気持ちで、馬車の中で揺られているのだろう。窓があるが外から見ても中の様子は見えない。

 中で何しているのか、暇そうだな。



「ん、ちょっとストップ」


「あ?」



 モンスターの気配がした。

 しかしハーヴェスト隊長は馬車を止めずにそのまま進ませた。その音に気づいたモンスター、背中にコウモリの翼を生やしたバットオーガが茂みの中から飛び出して来た。

 大きさは俺の半分ほど。コウモリの翼と、額の鬼のツノ、それと鋭い爪が特徴のモンスター。

 主食はリスや犬、猫などの小型から中型の動物であり空を飛んで虫や鳥などを捕食する様子も見られる。鬼の怪力とコウモリの羽を得たことで、空を飛び獲物を追いかけて、追いついた後は力づくで相手を気絶させて食べる。通常血を吸うコウモリは相手の皮膚を鋭利な歯で削り取り、そこから滴り落ちる血を舐めて摂取する。しかし鬼の要素を取り込んだあのモンスターは血を舐めるのではなく肉ごと皮膚や血管を噛み千切り、肉と共に血を飲む。

 そして最大の武器は唾液だ。バットオーガの唾液は血を凝固させない成分があり、一度傷口にその唾液がかかると一生血が流れ出て止まらなくなる恐ろしい性質だ。この唾液を利用した医療方法も考えられている。



「あーあ、隊長さん何してるんですか」


「い、言うのが遅いのだ! は、はやく対処しろ!」


「ええ、だからこうして姫様の乗る籠の隣で待機してるでしょう」


「こ、攻撃しろ!」


「盾ですから」


「なっ! くそ! これは計画に無い!」



 ハーヴェストは剣を抜いて馬車から降りる。そしてバットオーガに向かって走り出し、剣を振る。

 俺は怯える馬を宥めつつ、ハーヴェストの戦いを見た。ルーシェ王女からの評価が高かった分、それなりに戦えるようだ。

 しかしモンスターもバカではない。翼を翻して剣を躱し、攻撃の隙を窺っている。俺は王女の隣から離れられないし、どうやって助けようかと考えていた。



「た、隊長!!」



 すると籠の扉を思いっきり開けてルーシェ王女が身を乗り出して出て来た。隊長が心配で出て来てしまった。

 その勢いよく開いた扉の音と声を聞いてバットオーガは王女に意識が向く。こちらに飛んでこようと、翼を折りたたんだ動作を見て、御者席を踏み台にして飛び上がり飛んできたバットオーガを上から一振りで切り落とした。



「ひ、ひいいい!」



 頭が真っ二つになって地面に落ちるバットオーガの姿に、ルーシェ王女は大きめの悲鳴をあげた。



「おーい隊長殿、姫様が怯えてるぞ。慰めた方がいいんじゃ無いのかー?」


「はあはあ……な、なぜ助けなかった!」


「?」


「後もう少しで私はアイツに殺されていたかも知れない! そもそも姫が危険に晒されたのもキサマがノロノロして私をさっさと助けなかったのが原因だ! カッコつけてヒーローになったつもりになるなよ!」


「……ああ、はいはい」



 適当に聞き流して、俺は馬車籠の扉のヘリに足をかけて登り、ルーシェ王女の前に出る。そして大の字に体を大きく広げて、王女の視界を遮る。



「そんなに怖いなら見なくていい」


「え?」


「忘れてな、そのうちアンタの望むものに辿り着くだろうしもう開けなくていいから。アンタの騎士様は十分頼りになる男だよ」



 それだけ言って扉を閉める。



「……おい、キサマ」


「後で追加料金貰いましょうかね」


「何を勝手なことをしている!」


「いいから早く進めないと、新たなモンスターがやって来ますよ」


「……チッ」



 言われた通りにするのは癪だろうが、ハーヴェストは御者席に乗り込んで馬に鞭を入れる。

 ほどなくして馬車は川のそばに停まった。



「今日はここで休憩しよう」


「休憩?」


「おっとっと、キサマは休憩するな。ずっと周りを見張っていろ」


「それは構わないけど……まだ日は高いぞ。出立したのもついさっきのはず」


「キサマは目的地がどこか知らないだろう。知らないのに何を意見できる?」


「……まあ、考えあるならそれでいいが」



 どうもこのハーヴェスト隊長はキナ臭い。何か企んでいるのはわかるが、何がしたいのかさっぱりだ。



「ルーシェ王女殿下、馬車の中で座り続けてお疲れでしょう。どうぞ外へ、あ、絵本は置いて……お手を」


「……う、うん」



 馬車からルーシェ王女の手を引いて、隊長は彼女を外に出す。怯えている彼女は震えながらも彼の手を取り、ドレスの裾をたくし上げてゆっくりと降りて来た。



「おいキサマ、薪や石などを集めて火を起こせ」


「雑用まで請け負ったつもりはない」


「なんだと、どこまでキサマは人を舐め腐れば気が済むんだ」


「追加料金くれるならやりますよ。ただ王女のそばを離れる気はありません。薪払いしろと言うのなら、王女も一緒にと言う事になりますが」


「いい加減にしろよ」



 剣を抜いて向けて来た。

 その剣を平手打ちで横から弾いて、ハーヴェストの手元を掴んで思いっきり引っ張り込む。ハーヴェストの体は引っ張られた勢いで足が宙に浮き、地面に倒れた。



「くそ、くそ……」


「隊長!」



 倒れたハーヴェストにルーシェ王女が駆け寄る。そしてキッと俺を睨んでくる。



「もし怪我をさせたら全責任はアナタにあるのよ?」


「そりゃ怪我させた責任は取るが、剣向けられて何もしない度胸はない」


「本当冒険者と言うのは心が荒んだ化け物のような人なのね、惨めだわ」



 その言葉は無視し、そっぽ向いてその場に座り込む。

 隊長は心配するルーシェ王女の手を振り払い、薪を拾いに行った。茂みの向こうに消えて行く彼を見送ってから、王女はまたしてもこちらを睨みつけて来た。



「………」



 そしてそのまま睨み続けられる。ジッと見つめられて居た堪れない。



「……なんすか」


「私のこと襲ったらどうなるか……」


「襲うわけない」


「どうだか。お父様はよく言っていたわ、男はみんなエッチだって」


「お父様ってのは」


「この国の王様よ、知らないの?」


「知ってる。つかそれならこうして二人きりになってる状況をおかしいとは思わないのか?」


「何が?」


「何がって………そうだ」



 ちょうどあの隊長もいない事だし、本人に聞けばいいか。



「今回の目的ってなんなんですか? どうしてドレス着て森の中に? まさかウサギやクマなんかの、野生動物達の社交パーティにお呼ばれしたとか?」


「いや違うけど、隊長が話さないなら私も言わない。それよりウサギさんって本当にいるの?」


「ん?」


「ウサギさんよ、ウサギさん。絵本で友達になった事があるけど、本物はまだ会った事ないのよ。本当に森の中にはウサギさんはいるの?」


「……ふっ、いや。いるかも知れないし、いないかも」


「どう言うこと?」


「いつか大人になって森の中を歩けるようになったら見つけに行けばいい。楽しみは取っとく方がいい」


「楽しみ、そうね。って私はもう大人よ! もう18だし」



 歳が近いとは予想していたが、本当に同い歳だったのか。

 しかし随分と世間知らずというか、箱入り娘というか。王族ってこんな感じだったっけ?



「しかし王様は厳しい人みたいだな」


「え? 優しいわよ」


「でもこうして護衛二人だけで娘を森の中に行かせてる。普通こんな事、庶民の家庭でもさせない」


「……? いえ、お父様には内緒にしておいてって隊長が」


「……あん?」



 きょとんとした無垢な顔、嘘はついていない。

 ならおかしいのはハーヴェスト隊長の方だ。なんで王族の娘を連れ出すのに、王に断りを入れないのか。噂通り逢引きするためか?



「なあ……」



 本当に逢引きなのかどうか、遠回しに聞く暇はないと直球で聞こうとした。しかし遅かった。

 ガサガサと茂みから音がして、振り返ってみるとハーヴェスト隊長と、周りに数人の見た事ない武装した兵士たちが現れた。



「え? 隊長と……誰?」


「あの鎧……」



 立ち上がって王女を庇いながら離れる。

 兵士たちの鎧には赤い紋様が施され、胸の真ん中には鷲の顔。



「イーグル、西のペガソー王国の鎧だ」


「え?」


「間違いない、あの兵士は外国の兵士達だ。数は12人、ハーヴェスト隊長を入れれば13人」


「ど、どう言うこと? それがなんでこんな所に?」


「それを知るのは隊長殿だけだろうな」



 ハーヴェスト隊長に目を向ければ静かに佇んでいた。そして俺と、俺の後ろにいる王女をニヤけ面で見てくる。



「やっと終わる」


「た、隊長?」


「姫よ、共に西へ行きましょう。そこで国の大幹部となった私と結婚して幸せに暮らすのです」


「な、何を言ってるの? 西って、他の国に行くってこと? そ、そんなのお父様はどうなるの⁉︎」


「あんなザコ王どうだっていいでしょう。私はあなたを幸せにできる方法を探しました、そしてあんな国にいてはいずれあなたは、あなたの美しさは死と共に消えてしまうと思った。それだけはダメだと、こうして他国の友達を作って協力してもらいました」



 一斉に兵士たちが剣を抜く。

 戦闘の意思ありと見て、俺は剣の柄に手をかける。まだ抜かない。すると隊長が狂ったように笑い始めた。



「あっはっは! そうだキサマへの復讐もこれで叶う、これは私へのご褒美だ。作戦実行日の出発前までは憂鬱なもんだったが、キサマが現れたおかげで鬱憤を晴らす快感が付け加えられた。なぜお前だけを雇ったのか、その答えはお前一人なら簡単に姫の前から排除できると考えたからだ」


「……確かにうかつだったな」



 なぜ親衛隊の騎士達を護衛につかなかったのか。それはアイツが国の裏切りものだからだ。

 だから冒険者に依頼して、そしてこうしてその護衛の冒険者をペガソー国の兵士たちで排除し、悠々と王女を攫う計画だったのだ。

 まんまと引っかかって、アホだな俺。



「ひっ、ひっ……ど、ういう、こと、なの」



 パニック状態になっている王女を一瞥する。

 そして敵の方に向き直りながら、大声で叱咤する。



「ルーシェ王女!」


「ハヒッ」


「息を吸い込め!」


「え……?」


「生きたいなら思いっきり息を吸い込むんだ!」


「い、息……ふひゅー、ふひゅー」


「吐き出すな! 吸い込んだまま!」


「は、はい、すぅー……むっ」


「それでいい。何があっても口を開かないこと。あと、目を閉じてな」



 頰を膨らませて、口を抑える王女は訳がわからないと首を傾げる。そんな彼女の体を担いで、隊長達から真逆に走り、川に向かって飛び込む。

 ザバーン!と王女と共に勢いよく川の中へ。



「しまっ! 追えー!」



 水の中から微かに隊長のそんな声が聞こえた。

 そのまま川の流れに身を任せる。


△▼△▼△▼△▼△

 川岸に近づいた所で川の方に伸びた木の枝を掴んで、王女の体ごと陸に引っ張り上げる。



「ぶはっ!」


「平気か?」


「はあ、はあ……」



 水から顔を上げたばかりで、俺の質問にはまだ答えられない様子。息を整え、俺の手を掴んだまま陸に上がる。俺は彼女を陽の当たる場所まで連れて行く、隊長の奴が昼のうちに計画実行してくれて助かった。

 服を絞って水を搾り出す。



「ルーシェ王女、少し休んでから行動に移すから……」


「はあ、はあ……あ、ああ……」


「王女?」


「ベタベタする、変な匂いもするし……髪も濡れて、は、鼻水も」


「そりゃあ川に飛び込んだ訳だから」


「……ね、ねぇ、隊長ってばどうしちゃったの? あんな怖い顔して、あ! 私にサプライズするつもりなのかしら。でも誕生日はまだ先……」


「認めたくない気持ちはわかるけど、でも冷静になって考えればおのずと答えは見つかるのでは?」



 ルーシェ王女は黙ってしまった。

 歩いて陽の当たる暖かい場所まで行く。まだ俺の腕を離さない彼女の手が気になりつつも、隣り合って座った時だった。

 彼女はポツリと呟く。



「裏切り?」


「ええ、あの隊長はアンタと、アンタの父親である国王と、国を裏切ってアンタを連れ去ろうとした」


「そっか……あの優しい隊長が、私やお父様を裏切って」



 ふるふると体を震わせていたが、彼女の髪の隙間から涙の光が見えたかと思うと、おもむろに顔を上げ———



「あはははははははははははははは!!!」


「え?」


「あーはっはっはっは!! あはは! あははは! あはは、おっかしー! あははははは!」



 突然笑い出した。大きな声で笑い、そして一息に目元を拭うと俺の腕を離して立ち上がった。



「今のは笑って出た涙だから、悲しくなんかない」


「王女……」


「ふふっ、あなたのそんな顔初めて見た」



 振り返って見せた彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちたがもうそれ以上涙を流す事はなかった。彼女は立ち上がり、光差す木漏れ日の下で俺に笑って見せた。

 振り返って、濡れた髪が靡いて、水滴がキラキラと光って。

 当時はまだ明確に気付けてはいなかったが、俺はこの時彼女に惚れた。



「で、何するんだっけ」


「……あ、ああ、いや。まだここに、髪とか服も乾かした方がいいし」


「そっか」



 短くぶっきらぼうに答えて俺のすぐ隣に座った。瞬間、ドキッとした。

 服から水分を搾り取った方がいいと伝えると、ドレスの端を握っても王女の力では水は出せなかった。緊張しながらも断ってから、なるべく彼女の方を見ないように俺がドレスを絞った。

 そして一通り済んでから、ルーシェ王女がポツリと話し始める。



「ねぇ」


「え、な、なに」


「あなたは味方なの?」



 目を合わせようとはせずに聞いて来た。

 内心不安でいっぱいなんだろう、当然だ。



「……仕事は最後までやり遂げるつもりだ」



 本当は慰めるべき場面なのに、それなのに何故か俺も素っ気ない答えになる。



「あはは! そっか仕事だもんね」



 でもね、と王女は続ける。



「隊長も仕事だったよね、私を守る、私のそばにいてくれるはずの仕事……それなのに」



 最後の言葉はうわずっていた。

 慌てて言葉を探す。



「えーと、そ、その、王女はあの隊長の事好きなのか?」



 これが一個目の失敗。若気の至りを言い訳にしたくないが、確かにそうだとも思う。

 ルーシェ王女は鼻をすすり首を振る。



「知らない」


「ならアンタは何のつもりでこんな森の中に?」


「ウサギさん」


「え?」


「隊長がウサギさん見せてくれるって言ったから。馬車の中でも絵本読んで、楽しみにしてた」


「……そんなに見たかったのか」


「見たいだけじゃない、どんな形してるのかとか、触り心地とか、温かさとか知りたかった」


「……そっか」



 そこからしばらくの沈黙。

 話すことを探して、ぶっきらぼうな口調は失礼なんじゃないかと思い始めたり、ぐちゃぐちゃになった思考の山から頭に浮かんだのをそのまま口に出す。



「王女殿下は普段どのように過ごしてるんですか?」


「いつも部屋の中。お父様は出してくれないの。いなくなったお母様を追いかけたいって言った時も、優しく諭して、危険だからって出してくれなかった。私はいつも部屋の中」


「俺らが集められたあの屋敷は?」


「あれが私の家だよ。あそこにずっといる。時々街の外を眺めると、街で女の子が友達と楽しそうに話しながら遊んでるのを見て……羨ましいって思ってた」


「……寂しかった?」


「寂しい……ううん。隊長とか、他の兵士や厳しいけどお屋敷の先生もいたし……ああでも、寂しかったのかな」


「……………」



 俺は考えた。何か話せるものはないかと必死になって記憶を掘り漁った。そうして出て来たのは自分の過去の身の上話。



「ルーシェ王女、ちょっと俺の話に付き合ってもらえますか」


「あなたの? うん、聞かせて」


「俺は流れ者で故郷は王国からちょっと近いところにありました。けれど故郷は悪魔やモンスターの大群が襲って来て、俺だけ残して滅びた。父も母も、沢山いた兄や姉や弟や妹も、俺だけ残してみんな死んでしまった」


「……そう、なんだ」


「でも特に悲しいとは思わなかった、寂しいとも思わなかった」


「え? どうして? 大事な家族がみんな死んじゃったんでしょ?」


「……俺は、道具にすぎなかった。家族はみんな狂ったような人間でして、父や母にとって俺は沢山いる子供の中の一人に過ぎなかった。関心も、愛も、何もなく、覚えているのは『嫌いになるぞ。お前がいなくなってもまた新しく子を作ればいい』って両親の言葉」



 赤く染まる白衣。

 血濡れた手を伸ばして体を掴んでくる両親。

 “実験台”にされる人間の無惨な姿、凄惨な悲鳴、血飛沫を撒き散らしながらノコギリで人体が切られる光景、頭蓋骨を割って人の頭から脳を取り出す兄の姿、興味深そうに摘出した睾丸を眺める姉、両親に命令されて俺を殴り楽しそうにする弟と妹。

 本当思い出したくない思い出ばかり。あの家族に順応できてればどれだけ楽だったろうと今でも思う。



「ただ清々したとも思わない自分の心がわからない。十一年間路頭に迷い、途方もなく歩き続けてやっと辿り着いたのが王女様の国。それでもまだ自分は迷ってるのかも知れない」


「………………そういえば名前を聞いてなかったわ。あなた、名前は?」


「本名はノエルド5th(フィフス)、5番目の子供だから5thです。今はレッドって名乗ってます」


「そう。どっちで呼んだ方がいいかしら」


「レッドで、もう本名使うつもりもないですし」



 それならなんで今名乗ったんだろうな。後から思い返して考えてみても自分の言動がよくわからない。家族を狂った人間といいながら自分自身が一番狂ってるってオチだろうか。



「レッド」



 心で自虐してると、不意に優しい声が聞こえて来た。そしてゆっくりと頭を包み込まれる。少し湿っているが、太陽の匂いのする柔らかな感触と、夢心地。ギュッと抱きしめられて顔が胸に埋まって上げることができず、彼女の表情を見ることができない。けれど後頭部に感じる自分を見下ろす視線は、なぜか温かく優しいものに感じた。



「先生はいつも言ってた、王家の人間は決して感情を下々の者に見せてはならないと。でもね、嬉しい時は笑っていいはずだし、悲しい時は泣いていいと思う。それは王族とか貴族とか騎士とか平民とか関係ないんじゃないかな」


「……冒険者もですか?」


「……よくわからないのよ。でも隊長は言ってたわ、冒険者はろくでなしだって」


()()隊長が?」


「……そうね。そっか、私、騙されてたのかな。でも私の目って言う証拠が見たのはあなたの不遜な態度だし」


「そ、それは……」



 撫でられていた手を振り払って彼女の身体から離れ、慌てて取り繕う。



「す、すみません、最初の印象から王女や隊長殿に失礼な態度をとっていたのは事実です。ですがこう考えると俺も同じでしたね。申し訳ありません」


「なら初めの態度をとった私に責任があるわね」



 スッと王女は頭を下げた。



「申し訳ありません。先入観から物事を見てしまい、酷い事を言ってしまいましたわ」


「いいえ俺が悪いんです。何よりあなたは王族ですし、俺の態度が一番悪い」


「ううん、私が悪いのよ」


「いいえ、俺が」


「私が!」


「俺が!」



 気づけばいつの間にか顔を近づけて変な言い争いをしていた。お互いに何をしているのか気づいて、同時に顔を背ける。



「ご、ごめんなさい」


「い、いえ、俺が……あ。これだとまた謝り合戦になりますね」


「ふふふ、おかしいね」



 ひとしきり笑い合った。

 そして服が乾いてきた頃に、立ち上がる。



「さて、そろそろ行動に移りましょう」


「何をするの?」


「まずは王女様の安全確保ですが……森の中に置いておくのも不安ですね」


「どこに行くの?」


「この場所を安全にしてきます。簡単に言えば、あの12人いる西の国の兵士達をどうにかします」


「戦いに行くんだ」


「はい。しかしどうしたものか……あの馬車のある所まで戻ってもいいですが、隊長がいたら面倒ですね」


「…………私も行く」


「え?」


「私も一緒に行く!」



 驚いたが、王女は行く気満々だった。



「いいんですか? 俺はあなたの親衛隊の隊長の敵になるんですよ」


「そんなの、仕方ないと言うか……もう、いい」



 諦めた様子で切り捨てる。



「付いてくるってあなたも危険になるんですよ」


「今も危険。違う?」


「それに俺は人に剣を向けて、斬ります。相手の血や、切られた皮膚の間から中身のピンク色の肉や、内蔵だって見えてしまうかも知れない」


「う……い、行く! 行くわ! 私は先生から根底にある精神性だけは大人ねって褒められたし!」


「本当に行くんですか?」


「行くったら行くの! それに、もしあなたが死んだら、もう私には何も無くなるから……」



 寂しそうに伏せる顔。

 俺は瞬時に思考を巡らせて、彼女の望みを叶える方向で作戦を練り直す。



「わかりました、けどそうなると少し問題が」


「まだ何かあるの?」


「……おぶって行きます」


「おんぶ?」


「はい、それもかなり身体が密着するような」


「み、密着ってあなたの体に私の体が……⁉︎」


「ええ。俺もちょっと気が引けると言うか……」



 しばらく顔を真っ赤にしてもじもじしながら考えていた王女だったが、顔を両手で叩いて、ドレスの裾を引きちぎった。ビリビリと破いていき、真っ白な靴下と細い足、そして腰のあたりからガーターベルトが伸びているのが見えてしまった。

 慌てて目を逸らす。



「背負うなら身軽な方がいいわよね! の、乗るわよ!」


「え、あ、ちょ! まだ早いっ」



 俺の返事をまたずに勢いのまま王女が背中に飛び乗ってきた。首に回される腕、背中に押しつぶされても弾力を感じる彼女の胸。川の匂いでそんなにいい匂いとかはしなかったが、しっとりと濡れた彼女の体が引っ付いてきて、冷たさと熱のこもった体温と柔らかさを感じ取ってしまう。



「ひ、姫! まだ用意が済んでませんから!」


「え」


「い、一旦降りてもらえますか」


「ご、ごめんなさい」



 素直に降りてくれた。まだ心臓がバクバクしている。

 なんとか冷静を保ち、その辺に伸びていた植物のツタを二本用意する。そして剣を抜いた鞘をベルトから引き抜いて、彼女に持たせる。



「これを両手で握っていてください。ツタで補強しますが、振り落とされないようにします」


「わ、わかったわ」



 自分の胸を抑えていたルーシェ王女は、俺の話を聞くと素直に鞘を受け取ってくれた。

 そして彼女の前に背中を向けてしゃがみ込む。勢いが消えた今だと彼女も緊張してしまい、ぎこちなくも俺の背中に乗ってきた。また感じる柔らかさに脳が囚われないよう頭を降って、彼女の鞘を持った両手首を鞘ごとくくりつける。そして両足をツタでくくる。



「こ、これでいいの?」


「ええ……では、行きますけど本当に心臓に悪いと思ったら目を閉じてくださいね」


「うん」



 彼女の返事を聞いて、そして茂みの中に入っていく。さっきから近くに人の気配と、鎧のカチャカチャという音が聞こえていた。

 兵士たちは捜索するため分かれて行動しているはず。

 近くにもいる。多分三人組。

 すぐに終わらせよう。



「さて———皆殺(みなころ)すか」




△▼△▼△▼△▼△▼

 鞘を持つ姫の指が震えてカチカチと鳴っている。

 茂みをかき分けて、元いた川辺に行くと馬車と共にハーヴェスト隊長がいた。やっと見つけた。

 馬車を引いていた馬は殺されていた。別の帰る手段を用意してあるので、逃亡されないために事前に馬車の馬を殺しておいたのだろう。

 彼は俺の姿を見ると顔を引き攣らせて、すぐに助けを求めるように周囲に目を振る。そんな彼の目の前に包んだ葉っぱを置く。そして葉っぱが開いて出たのは———



()()()()()、何があったかそれでわかるでしょう?」



 頰についた返り血をぬぐい、ニヤリと笑って見せる。

 ハーヴェスト隊長はゾッとした表情となり、剣持つ手が震え出す。



「アンタは兵士集めて数で俺らを危険に晒した、だったらその数の盾が無くなった今、危険になるのはアンタだ」


「う、うそ、だろ……王族を攫う任務だ! 指折りの兵士を呼んだ!」


「これで俺らは安全に帰れる。西の国の方も今回の件を隠し通したいだろうし、指折りじゃなく耳切りされた兵士たちの存在はあの国から存在ごと忘れ去られるんだろうな。アンタにも失敗への報復がやって来るはずだ」


「だ、だったら……」



 震える手で剣を持ち直して俺に向けてくる。



「お前を殺して姫を持ち帰ればいい!」


「ああ、わかってるよ」



 ルーシェ王女の腕と足を縛っていたツタを千切って、王女を背中から降ろす。まだガタガタと震えて怯えており、さっきの戦闘で髪やドレスに血が付いていた。



「王女、すみません。ここで待っていてもらえますか」



 木のそばに座らせる。そして跪いて顔を覗き込むと、顔を真っ青にしながらも俺の目を見てくれた。



「もしずっと一緒だった恩人が死ぬところを見たくないなら、目を閉じていてください。俺のジャケット……は、血で汚れてるか。他に目を覆える物は……」


「は、はうっ、ううっ、い、いえ……だ、大丈夫、です。私は決心しました」


「ありがとうございます」



 立ちあがろうとして、その腕を掴まれる。いきなりのことで王女の方へ倒れそうになり、咄嗟に倒れないよう地面に手をつこうと伸ばした。その手は王女の肩を掴んでしまった。

 細くて、震える小さな肩。

 王女は怯えていて肩を掴まれている事に気づいてないようで、結果的に顔を寄せ合う形になってしまった俺の目を至近距離で見つめてくる。そしてうわずりながらも言う。



「帰って来て」


「……ええ」



 高鳴る鼓動に内心動揺してしまって気の利いた返事ができなかった。

 でも王女はそれで良いと思ってくれたようで、頷いて腕を離してくれた。

 俺は再び立ち上がりハーヴェスト隊長と対峙する。ハーヴェストは今の様子をずっと見ていて、嫉妬に駆られた般若の形相で憎ましげに睨みつけてきている。



「キサマ、姫に何をした! 何を吹き込んだ! ピンチの渦中で情を刷り込んだか!」


「別に」


「姫は私が好きなんだ! ずっと一緒にいた! だからキサマはとにかく邪魔なんだよ!」



 すっかりさっきまでの恐れは消えて臨戦対戦の構えだ。

 しかし俺はまだ準備ができていない。



「アンタのその姫を思う気持ちには少しばかりの敬意を表したいところだがな、同時に俺は自分で決めた事を曲げたくない性格(タチ)でな」


「なんのことだ?」



 俺は剣を抜いて右手に構え、左手は()()()()()()()()()()()()



「アンタは、左手使わなくても勝てる。最初に言ったよな」



 大きく口を開いて固まるハーヴェスト。

 憤死してしまいそうな程に顔を真っ赤にし、血管を浮き上がらせ、筋肉が強張り———そして怒りが頂点に達した時、頭から血を吐き出しながら吠えて迫ってくる。



「キサマアアアアアアアアアアアア!!!!!」



 剛気一閃。

 力一杯に振り下ろしてきた剣を剣で押し返し、そのまま剣とハーヴェストの剣を持ってる右腕と右胸を横切りで切り伏せる。

 力づくで押されたハーヴェストは何もできなかった。真っ二つになったハーヴェストの剣と、右腕が地面に落ちる。ハーヴェストの切れた鎧の隙間から血が流れ出し足元に血の池を作る。

 一瞬置いて、切り抜けざまに体を捻って返し、斜め後ろの位置からハーヴェストの首を切り落とす。



「じゃあな」



 ごと、と目をかっぴらいたままの首が転がる。

 王女の様子を伺うと目の前で首が落ちる所を見てしまったようで、一層青ざめた。

 ジャケットを脱いでその首を包んで手に持つ。目の前から隠したかったのと、持って帰らないとここで何があったのか説明出来ないからな。

 そしてそのまま王女を立たせようと近づいたのが———二つ目の失敗。



「ヒッ!」



 悲鳴を上げられた。

 そして差し伸べた己の手を見れば、血に濡れていた。まるで子供の頃に見た両親の手のように真っ赤だ。

 それにルーシェ王女の気持ちを察し切ることができずに近づいた。今まで一緒にいた人間を殺した人間が近づいてくれば、頭で状況はわかっていても、心で怯えてしまうのは当然だ。

 俺だって自分の心がわからないのに。



「……申し訳ありません。ですが、立ってもらわないと帰れません」


「う、ううあ……う、う……た、たいちょぉ……」



 隊長に裏切られたと知った時は泣かないように笑い飛ばして我慢していた。けれどその隊長が死んで悲しみを堪える気持ちが決壊した。王女は泣いてしまった。



「……ルーシェ王女」


「ううっ、ひっく、な、なんでぇ……わたし、これじゃあ、またひとりぼっち……お母さん、おかさあぁん! うわあああん!!」


「…………」



 殺すのは間違いだったか。

 ここまで怯えさせてしまい、自分自身を殴りたい気持ちだった。

 しかし帰らねばならない。絶対にルーシェ王女を帰らせたい。その一心が芽生え、気づけば俺は剣やジャケットで包んで持っていたハーヴェストの首を地面に置いて、川に飛び込んだ。



「え……」



 潜る寸前、微かに王女の声が聞こえた。

 すぐに上がり、服にこびりついた血は落とせなかったが、返り血も手についた血も流せたのを確認して、置いてあった馬車の中に飛び込む。そして王女の話していたウサギの絵本を見つけて、それを持って王女の元へ戻る。

 そして絵本を彼女に差し出す。



「帰りましょう、ルーシェ王女! 俺はあなたを無事に安全な場所へと帰す義務がある! 馬車の馬は殺されてしまっているので歩きになりますがよろしいですか!」



 自分でも何をしているのかわからない。

 呆気に取られるルーシェ王女も何が何だかわかっていない様子。俺の持っている本を見て、一言。



「濡れた手で持ってるから本がぐしゃぐしゃになっちゃってるんだけど」


「えっ? あっ!」



 川に入った手で本を持ったせいで、本が濡れてしまった。水を吸い込んで浅黒く染まった。

 開いて見ればウサギの絵が歪んでしまっていた。



「す、すみません……あの、弁償を」


「……ぷっ、あはは。あなたって頼りになるのかならないのかわからない人ね」


「あの、報酬はいらないのでこの本の弁償代に……」


「……報酬、また仕事か」


「え?」


「どうせあなたも、どこかへ行く。私は一人ぼっち。絵本も無くなっちゃった、お友達のウサギさんがいる本が……」



 俺から絵本を取ると、そのまま放り投げて川に捨てた。



「お、王女様……」


「いいの。帰るんでしょ? お馬さんも可哀想なことしちゃったね」



 王女は歩き出す。

 俺は呆然としてしまって、動けなかった。



「…………」


「どうしたの? 一人で帰らせるの? それとも無事に帰すって言うのは嘘?」



 その言葉に少し目が覚める。

 そしてルーシェ王女の、頬を泣き腫らしながらもしっかりとした揺らがない瞳。それに俺は心を奪われ、いつも以上に頭が回転し、おのずと想いを溢していた。



「素敵だ」


「え……?」


「ルーシェ王女!」


「え? な、なに⁉︎ 急に大きな声……」


「俺はあなたのそばにいられるような男になる! あなたと一緒にいられるそんな男になってみせる! いつか必ずあなたが寂しくならない世界を作ってみせる!」


「え、え………?」


「でもまだダメだ、まだまだ世間知らずのガキだった……だから」



 息を吸い込んで、伝える。



「待っていて欲しいなんて望みません。ただ俺とまた会える日まで生きていて欲しい。そのために俺は———」



 ルーシェ王女の手を引いて、歩き出す。



「あなたの幸福を願います、帰りましょう、家に」


「…………」



 歩き出した時にはもう彼女の顔を見ていなかった。時々足元に注意して様子を伺うだけで、森から出て街に帰る頃までずっと彼女の顔を見なかった。

 街に帰って姫を帰す前に教会に立ち寄った。教会の神父様に事情を説明して、王様や城の者達に対する説明の場に立ち会って欲しいと頼み込んだ。神父様は俺の様子と、一緒にいたルーシェ王女の方を見ると優しく微笑み頷いてくれた。

 その後は神父様の協力もありトントン拍子で今回の一件で、お咎めなしの方向で話が進んで一件落着。


 だが今回の件、責任を感じずにはいられなかった俺は禊のためにしばらくは冒険者を活動休止して宿屋の方で大人しくしていた。何もしてなかったわけではなく、この国について色々調べたり、冒険者としてまず何をするべきかを考えた。


 そんな俺の元にルーシェ王女が来て、そこからまた一悶着あったが、それはまた別のお話。


△▼△▼△▼△▼△▼

 冒険者を始めたきっかけは流れに身を任せて、なんの望みも夢もなく始めた。

 しかし高みを目指すようになったキッカケはやはりルーシェの存在が大きい。そこからシーダと出会い、タウロスと出会い、マーリンと出会い、ナゲットと出会い……そうやって仲間を作って行って国一番の冒険者になれた。

 ルーシェも認める男になれたはず。けれど同時に帰りを待ち、悲しむルーシェの顔が気がかりだ。



「これからも冒険者を続けられるかは、俺次第だ。まずは東の国の神殿に行って秘密を暴く」



 決意を新たに協力してくれる冒険者二人と共に、森の中で一夜を過ごした。

 明日の夜頃には目的地に着くだろうと言う話だ。必ず見つけて見せよう。

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