ルーシェと王様の元へ
王国の城の中、応接室にて待っていると国王陛下が姿を現した。ルーシェも一緒だ。
そして応接室の長椅子に座る俺らパーティメンバー、主に他の4人の姿を見て2人とも呆気に取られ放心する。
「まさか、その4人がレッド殿のパーティ仲間……?」
「ウソ、みんな女の子になっちゃったんですか⁉︎」
「そうなんです」
見た事ない格好をした4人の少女達。
けれど話を聞いてみると確かに彼女らは、俺のよく知るパーティ仲間だ。
信じられないと言った表情をした後、思案顔になった王様は疑わしい目を俺らに向けながらも話をする。
「それで、来週の表彰式は中止にして欲しいと?」
「はい。この感じでは国民の前に姿を出しては混乱を招くでしょうし、何より仲間達の心の整理が先だと思いましたので、こうして突然ながらお尋ねした次第です」
「執務官や式の担当者からも説明を受け、それでも信じられず自分の目で確かめたいと君たちを執務室に呼んだのはワシじゃ。気にしなくていい……が、式などどうにでもなるが、問題はそこではないであろう」
「事情をうまく説明できず申し訳ありません。しかし今朝突然こうなっていた次第でありまして」
「わかっておる。とりあえず……レッド殿はルーシェの隣へ掛け直してはくれまいか。他意は無いとは言わんが、君ほど君の仲間達を信頼しているわけでは無いことを分かってもらいたい。ルーシェも口には出さずとも不安じゃろうから」
「……わかりました」
もしかして王様は俺の周りに異性が増えた事で、婚約破棄の恐れを案じておられるのだろうか。しかし中身は男だった仲間達だ。間違いなんて起こりようもない。
しかしルーシェの心となれば話は別。仲間達に視線を送って、見慣れない顔からのいつも通りのアイコンタクトを返してもらい、ルーシェが腰掛けた長椅子の隣に座る。
「レッド、もしかして私のお家に来ていただいた後の帰りにてこのような事態に直面されたのですか?」
「はい。今朝、宿に帰ると4人とも女性の姿へとなっておりました」
「……私が家にお誘いしたせいで、レッドは彼らのそばにいられなかった。もしかしたらこうなる事態を防げたかも知れないですね」
「気に病む事はありません。しかし、そのお話は後ほどゆっくり致しましょう。まずは仲間達のことを王様にお話ししたいのです、よろしいでしょうか」
「ええ、私など気にせず……どうぞ。お父様も申し訳ありません」
いいや、と王様は首を振る。執務室の奥にある王様専用の机と椅子に座り、そして肘をついた手の甲で口元を隠し、思い悩んだ表情で姿の変わった仲間達に目を向ける。
「それで君たちから事情を話してもらいたいのだが、レッド殿が帰るまでの時間に何があったのかね」
「……俺から、けほっ。失礼。俺から話させていただきます」
高めの声にまだ慣れていないのか、黒とピンク色の珍妙な髪色をした女の子になったシーダは咳払いしながらも、話を始める。冒険者として長年培ってきた経験から、ここで話すべきは自分だと判断したようだ。
「昨夜、ギルドの酒場でパーティの仲間全員とルーシェ王女殿下を含めた6名で飲んでいました。殿下の護衛騎士達は立ったまま飲み会に参加しませんでしたが、その場にいました。そうして騎士達が殿下の帰りを告げ、殿下がレッドを連れて帰路に着いた頃———我々もレッドがいないとつまらないからとすぐに引き上げました」
「何時頃かね」
「酔っ払っていたため正確な時間帯はわかりませんが、マーリンが覚えている限りでは夜の11時半頃かと。その辺りは護衛の方々にお聞きになった方が正確かと思われます」
俺がマーリン……だったダボついた白シャツの少女に目を向けると、王様も彼女に目を向ける。彼女はこくりと頷いた。
シーダの話は続く。
「それからは気分が悪いというナゲットを介抱しながら4人宿に行き、そのまま部屋で床につきました」
「4人はずっと一緒だったのかね?」
「寝付きの悪い俺が最後に寝たはずなので、起きるまではずっと共にいました。それで目を覚ますと———」
「4人とも女の子になっていた、と言う感じです。それも見たことない服を着てて」
マーリンが目を落とす。その視線を追いかけるとダボダボの服の中の、胸の谷間が見えてしまい慌てて目を逸らす。目を逸らした先には王様もいて、王様もバツが悪そうに目を逸らした。隣からルーシェがむっとした表情を向けてくる。
「それで……君らと、レッド殿はどうするのかね」
「俺はまず仲間達の判断を仰ぎたいです。彼らがどうしたいのか、戻りたいのかどうか、とか」
「戻りたいに決まってんだろ!!」
大声で立ち上がり、拳を握りしめ、焦った表情をしているのは年端もいかないであろう茶髪の女の子。思いっきり立ち上がるとスカートが捲れ上がって、下着が見えてしまった。
ピンク色のそれに、またも俺は目を逸らす。逸らした先には王様がいて、位置関係的に見えなかったのか体を横に倒して覗こうとしていた。しかし俺の視線に気づくと咳払いをして姿勢を戻した。隣からルーシェの『見たことない下着だったわね』と言う声と共に『それはそれとして』と腕がつね上げられた。
「え、えーと、タウロス。王様の前だからあまり大声を出すと、廊下にいる騎士達が飛び込んでくるぞ」
「こんな状況で落ち着いてられるかよ! だって、だって……」
タウロスは細くしなやかな腕を見下ろして愕然とする。
「俺の、30年鍛えてきた体が、親父やお袋から貰った頑丈な体がこんなひ弱な体になってしまったんだぞ! さっき試したが大事な剣もまともに持ち上げられなかったんだ!」
「僕も魔法を試してみましたが、全然使えませんでした」
「……ボクも聖術を使おうと思ったけど、さっぱりだった」
「俺もだ。ナイフの扱いも、腕の筋力や慣れてなさのせいで、使えねぇ……」
4人とも失った力を思い知って、落ち込んでしまっている。
視力もメガネがないとまともに物が見えないし、と三つ編みのナゲットがメガネを触る。
今まで培ってきた物が一晩で全て失ってしまった。そんなの、俺では到底想像もできないであろう喪失感だろう。彼らのショックは計り知れない。
「みんな、いいか? 俺の意向を伝えたい」
だからこそ俺の目的は一つだ。
「戻る方法を探そう。魔法なのか聖術なのか、何が原因でこうなったのかわからないけど、でも探せばきっと元に戻る方法が見つかるはずだ」
「レッド……」
「リーダー……」
「レッドさん……」
「……見つかるのか? それに、俺らがこうなった以上、パーティでの冒険はもう出来ないだろう。街の外に出ればモンスターに殺されてしまうぞ」
シーダだけは不安そうだった。
俺は首を振って答える。
「冒険はひとまずお休みだ。それよりもみんなの事が先だ」
「そ、それならよ!」
またもタウロスが叫んだ。何か思いついたように、勢い勇んで詰め寄りながら伝えてくる。
「俺らとは別の仲間を見つけて、それで冒険を続ければいい! それなら……」
「治す方法が街の外にあるなら、場合によっては新しいパーティを作る必要はあるだろう。でもまずはみんなだ。というか……タウロスは不安じゃないのか? 何よりもまずは自分の今の状態を治したいはずじゃないのか?」
「それはそうだ! それはそうだが……まるで俺らが足引っ張ってるみたいじゃねぇかよ、こんなの」
「ずいぶんと過小評価されてたみたいだな」
「レッド?」
「足手纏いをそのままにしておくほど自分を能無しで考えなしだと思った事はない。一度仲間になったのなら、悩む時も一緒だ。仲間に誘ったとき言ったろ? 助け合える人だと思ったから仲間になって欲しいと。俺だけが助けるんじゃない、お前らからも助けてもらいたい」
「「「「……………」」」」
4人の少女は呆けた顔で俺のことを見つめてくる。その視線に照れ臭くなって、顔を逸らして王様の方に目を向ける。助けて欲しいと。
すると王様は笑いながら頷き、快く助け舟を出してくれた。
「なら当面は君らを元に戻すことだね。娘婿が関係しているんだ、王国も助力するとここに約束しよう」
「……あのお父様」
「ん? ああ、お前も不安だよな。レッド殿、仲間達の事が気がかりじゃろうが王からのワガママを聞いてはもらえぬか」
ギュッ、と袖を掴んでいたルーシェに目を向けると、目を伏せて瞳を揺らしていた。
「はい、わかりました。悪い、ちょっと席を外すけど、みんなはどうしてる?」
「……このまま陛下と睨めっこしてるわけにもいかんだろう」
「と言っても街に出ても、我々のことを知らない者ばかり。怪しまれたり、冒険者ギルドに顔を出して危ない事になる可能性がある」
「と言うことは……えっと、どうしよう」
「……昔、俺が使ってた家がある。まだ売っぱらって無かったから残ってると思うが、そこに行こう。レッドもいいか?」
シーダの提案に俺は頷く。彼を仲間にする際にその家には行った方がある。場所もわかっている。
「わかった、先に行っておいてくれ。その家に着くまでに、俺も街のみんなに協力してもらえるよう頼んでみる。それじゃルーシェ様、行こうか」
「うん、ごめんね」
「いいや、気にしなくていい」
仲間達を残したまま、ルーシェを連れて執務室を出る。そして割と強い力で引っ張られる。抵抗せずに俺も彼女が連れて行こうとする方へと足を歩かせる。