滅びた帝国レオナルド
何も問題なく夕方に一本杉の元まで来れた。原っぱの丘のてっぺんに立った一本の高い杉の木。そのそばで待っていると程なくして仮面をつけた男が現れた。
それは襲ってきた大男の仮面とは違って、そして背は俺と同じくらいであった。バーテンダーのような格好と、のっそのっそと歩く足取り。
「……アンタが奥様か?」
「どうだろう」
くぐもった声からは、前まで聞いていた奥様の声と同じかどうかは判別付かなかった。
奥様と思わしき人物は俺の隣まで来ると、淡々と話し始める。
「東の神殿だ」
「え?」
「神殿、そこへサウザーが依頼で行ったことがある。しかしすぐ後にもう一度プライベートで行っていた。何故だと思う?」
「……依頼で行った時に魅力的なものがあって、後から取りに行った?」
「その何かが悪魔だと俺は思っている」
「どうして?」
「お前だよレッド。奴が二度目に行く直前にルーシェ王女殿下の婚約者が公表された。つまりアイツはお前への劣等感から悪魔の力を得ようとした」
「……そう。東の神殿って言うと」
「そっから先は自分で調べろ。それじゃ」
それだけ言って彼は立ち去って行った。
お礼の言葉をかける暇もなかった。
「東の神殿って言うと……レオナルド帝国“跡地”の近くか」
俺は街に戻りながら教えられた場所のことを思い返す。
ここから500キロほど東に向かうと、ゴーストタウンとなった街がある。象徴である王城は崩れ、家々は倒壊し、死臭がする場所。
その帝国の近くに太陽の女神を祀るための神殿があった。ライオンの彫像が入り口に二体、門番のように置かれているのが特徴だ。
確かあの辺りの依頼も、ギルドの掲示板に貼られていたっけ。
「その依頼をサウザーが受けて神殿に向かい、そこで悪魔と出会ったって事なのか?」
しかし依頼でそこに行って悪魔と出会っていたとして、なぜプライベートでの二度目で悪魔の力を求めたのか?
俺が要因だとしてアイツの決意はどこで固まっていたのか。
街の方には親衛隊の隊長が配備して待っていてくれていて、それだけでなくタウロス達仲間もいて、ルーシェもいた。随分と心配されていたみたいだ、案外簡単に事は済んだけど。
「……戻るか」
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太陽の女神の神殿に行けばサウザーが悪魔と接触したキッカケや、何より術の秘密が分かるかもしれない。解く方法も見つかるかも。だから行くしかない。
とは言っても500キロも遠く、途中には山や谷がある。それもゴーストタウンとなった街に行くとなったら危険は多い。悪魔がいる可能性だってあるんだから、十分な準備が必要だ。
「ほ、本当に行くの?」
心配するナゲットの声。
タウロスは張り詰めた顔で、マーリンはジッと無表情で見つめてきて、シーダはそっぽを向きながらも体は俺の方を向いている。
今は一旦ルーシェの屋敷に上がらせてもらい、準備をしている最中だ。バッグに必要なものを入れていく。荷物は3人分用意している。
「流石に一人では行かない。誰か連れて行くつもりだ」
「誰かって?」
「すでにギルドの方に、あの辺りの地理に詳しい冒険者を探してもらうよう言ってある。そこから二人ほど連れて行こうかと」
「……ねぇ、無理な事言っていい?」
「うん」
「ボク達は付いていっちゃダメ?」
「悪い、連れて行けない……いや、連れて行かない。これは俺の判断だ」
「そうだよね……」
四人とも顔が暗くなる。
仲間のことは大事だし頼りにしたい。彼らの気持ちも尊重したい。だがあそこは危険だ。
「力は取り戻せたのか?」
「……ううん。ダメ。使えたのはあの時の一度きり」
「そっか」
ナゲットが胸に手を当て顔を伏せる。
代わりにマーリンが俺の肩を掴んできた。
「考え直せないのか? お前が行くのも危険だろう!」
「まあな、わかってる。だからこうして準備してる、なんとか生きて帰るつもりだ」
「謎の襲撃者ってのも気がかりだ。奥様と会っていた時は襲われなかったみたいだが、またいつどこで現れるかわからないんだぞ」
「待ってくれてる人間に『生きて帰るから安心しろ』って言うのは危険を冒す者として不似合いで無責任だろうけど、でも生きる努力はするつもりだ」
荷物を背負って皆んなに背を向ける。
するとタウロスが小さな声を上げて、呼び止める。
「なあレッド、行く前に少し考えてみてくれ。必要ないんじゃないか?」
「必要ない? 何が?」
わからず振り返ると、タウロスは悟ったような顔をしていた。
「俺らを元に戻す事だよ、もうこのままでいいんじゃないか」
「……戻りたいと初めに言ったのはお前だろ、タウロス」
「なら恥塗れば撤回できるな。レッド、もういいんだ。もう、いい」
「他の3人も同じか?」
マーリンは顔を伏せて、目を合わせない。
「わからない、でも、あの時力が使えたなら、もうこの体のままでもいいんじゃないかとは、思う。一理ある」
「ナゲットは?」
ナゲットは乳房を下から両の掌で持ち上げ、そして離すと胸が上下に揺れた。それを見下ろしていた彼だったが、ゆっくりと意を決したように顔を上げる。
「……ボクは大丈夫そう」
「じゃあシーダは?」
シーダは髪を弄っている。
「さっきタウロスと組み手をやってみた。実力が本当に戻ったのかどうか、結果は単なるキャットファイトになるだけで前のような力は出せなかった。初めてだ、あんな小柄な少女に簡単に組み敷かれるのは」
「それで、どうしたい」
「戻りたい」
「お、おいシーダ!」
「ここで諦めればレッドはもう危険な目に遭わずに済むのに!」
慌てて止めるタウロスとマーリンだったが、シーダは冷静だ。
「俺はお前らのような一撃で敵を仕留めるような派手なタイプじゃない、コツコツ相手を追い詰めていくタイプの戦い方をする、力がなければそれもできない。そして盗賊稼業で生きてきた身としては、戦闘関係以外で食って行ける自信がない。だから……元の体に戻りたい。それに———いや、とにかく、戻りたい」
何か言いかけたが、それは口を結んで押し留めた。他の3人はシーダが何を言おうとしたのか分かったようで、口をつぐむ。
「タウロス、マーリン、ナゲット、シーダ」
4人の名前を呼ぶ。
「行って来る。それにこれはお前らだけの都合の話じゃない、俺の問題でもある」
「冒険の話か⁉︎ だったら別のやつとチーム組めば良いと前にも!」
「そうじゃない、このまま皆んなが力のないままだとサウザーがやってきた時どうする? ドベルマ公爵様は力を無くしたけど。もう一人、謎の襲撃者の事もある。俺の身を守るためにも仲間は必要だ。同時にもしもの場合、人質に取られるような事も無くなるだろう?」
「でも……」
「それに術の解明は後々起こるかもしれない被害を未然に防ぐことができる。またいつサウザーが術を発動して別の人間を変えてしまうかわからない、サウザーが出来なくても術を教えれば誰でも使えるような術なら二回目も、被害拡大も免れない」
必要なことなんだ、と四人を説得した。
「それと個人的な話だが、こうやって好きな相手の家に入れる必要性もなくなる」
「あら、ヤキモチ妬いてたのかしら」
そこまで話したところでちょうどルーシェが部屋に入ってきた。親衛隊の隊長さんも一緒だ。
ルーシェは俺を見ると寂しそうな顔をする。
「行くのね、やっぱり私を置いて」
「はい」
「それじゃあ……」
ルーシェが手を伸ばし、俺の頰に手を当てるとおもむろに顔を近づけて来る。
彼女の顔はいつも見てるが、こうして至近距離でじっくり見つめ合ってしまうと思わず緊張してしまう。
そうして優しく唇を重ねて来る。俺も目を閉じ、背中に手を回して受け入れる。柔らかく、甘く、引き込まれそうなほどに広がる彼女への愛。
一身に受け入れ、一心に染み入る。
「……いつ死ぬかもわからない恋人を持つと、不安で身が焼かれそう」
「ですね。俺も同じ気持ちです。でも、帰ってきますので」
「いつも言ってる、それ。ふふっ」
愛らしく微笑む彼女は、俺から仲間たちの方に目を移した。
俺も仲間の方を見たが、特に変化はない。
だがルーシェは何かに気づいたようで、ゆっくりと体を離した。
「続きは帰ってからね」
「あの、何か?」
「ううん、なんでもない。ただあなたが知ってはいけないものだと思うから」
「……? そうですか」
よく分からないがルーシェは何に気づいたんだろう。
とにかく、顔を赤くしている隊長さんにルーシェと仲間達の事を任せて、俺は向かうことにする。
「帰ってきたら、結婚式の話とかゆっくり話すって約束忘れないでね」
「はい、もちろん」
「〜〜ッ、絶対帰ってこいよ! お前は無茶しすぎる所あるからな!」
「タウロスに言われたらおしまいだ」
「いいえタウロスの言う通りです。レッド、君は慎重派ではあるが小心者ではない。そこがネックであり、短所で長所でもあるんだが……」
「分かってる。ありがとな、マーリン」
「とにかく無事に帰ってきてね、怪我しないように! 旅の途中でボクは治せないんだから」
「それなら帰ったら疲れを癒してもらおうか」
「……レッド、いいか。油断はせずに常に冷静で、かつ安全に冒険してこい」
「ああ、心がける」
ギルド長が頼んでくれた地理に詳しい冒険者達と合流して、森を移動したり山を越えるために馬に乗っていく。ざっと一日半ってところか。
「そんじゃ、行ってくる」
馬をかり、東へと進む。




