兵
ドスドスとガタイが大きくゴツい見た目に反せず、重い足音を鳴らして、無言でこちらに迫ってくる。
一体全体何もかも不明なまま襲われる危機感だけが働いた。
咄嗟に剣を抜こうとした手。だがその上から手を乗せられ押さえつけられる。そしてそのまま男の手は俺の剣を掴むと、俺の顔を殴り飛ばした。
吹っ飛ばされて、ライオンの剣が鞘や留め具ごと外れてしまう。
一方で俺はすぐ横の建物の壁にぶつかる。硬い壁に顔からぶつかった衝撃で、一瞬意識が飛びそうになる。だが追撃の殴りが壁にぶつかったばかりの横顔に突き刺さり、意識は取り留めたが、痛みでおかしくなりそうだった。
「な、なん……だっ、お前は!」
力が抜けて地面に倒れる。その倒れるのを利用して、そのまま足払いを仕掛けようとした。
だが足を絡めるために伸ばした両足は躱されて、逆に踏みつけられそうになる。咄嗟に転がって躱す。
「隊長!」
「う、ぐ、だ、大丈夫……けほっ」
奇襲された隊長は、苦しそうな顔をしているがそれでも剣を抜いて、謎の襲撃者に向ける。
「っ! レッド殿!」
一方で襲撃者の方は隊長の方を一切見ずに、意識が逸れていた俺の方に無言で一直線に迫ってきていた。隊長の声で気づいて振り下ろされていた両手を重ねたハンマーを横に飛んで躱す。
剣は奴が、後ろの方に放り捨てていた。間にアイツがいて取りにいけない。
(ど、どーする、そもそもコイツなんなんだよ!)
悪態をつきたい気分だったがそんな暇はなかった。男は依然として、まるで魔法使いに操られるゴーレムのように無機質に、ただただ俺だけを狙っていた。命令だけを忠実に聞く人形のように無感情で、人間とは思えない雰囲気だ。
振り下ろされる黒色グローブをはめた拳を躱していく。だが躱したところに蹴りが飛んできた。腹に貰いそうになって一瞬後ろに引いたが、しかし追いかけてきて確実に蹴りを入れてきた。
「ぐっふっ!」
肺の空気が一気に口から出て、腹の中の物が今すぐにでも出てきそうだった。
転がって距離を取ろうとするも追いかけてくる。
隊長が剣を振るがそれをなんと手で止めた。そして引っ張り、隊長の体ごと引き寄せると、その勢いのまま殴りつけようとする。あわや大ダメージと言った所で、隊長は咄嗟に剣を手から離していた。
しかし引き寄せられる力は継続中。そこで隊長は鞘を腰のベルトから引き抜いて、それで殴りつける。しかしそれも手で防がれて、そのままカウンターの拳が振られる。
「こっちだ!」
隊長が応戦している間に足元に潜り込んで、体全体で奴の足を持ち上げる。
隊長を狙っていた拳は狙いが外れた。
しかし問題は俺の方で、足に絡みつく俺に男は思いっきり胸の辺りを踏みつけてきた。ぐぐぐ、と力が入れられる。
(完全に踏み潰す気………殺す気だ!)
隊長が俺の剣を拾いに走る。
しかしそれには目もくれず、俺を踏み潰すために足に力を入れている。
仮面の奥に冷たく見下ろす視線を見た気がした。
ヤツの背後から隊長が、無言で気づかれないよう細心の注意を払って、俺の剣で切りつける。けれどそれは隊長から奪っていた剣で防いだ。
わずかに体のバランスがズレて抜け出せる隙ができた。踏みつけてきていた足を持ち上げて、体を回転させてもう片方の足を素早く取る。そして両腕を巻きつけて思いっきり膝裏を刺激した。
片足が持ち上げられ浮いていた状態から、もう片方の足も膝カックンされた男は大きくバランスを崩す。その隙を見逃さず地面を横回転で滑り、隊長の剣を持っている腕を押さえつける。
「隊長!」
「はあああ!」
防ぐ剣がなくなったヤツの肩に隊長の一撃。
しかしその時になるとヤツは体勢を立て直しており、片手で切先を受け止めた。
「なんなんだコイツは! なんなんだお前は!」
「た、ただ者ではない……こんな者は知らない!」
こう着状態になったかと思いきや、男は俺を強い力で振り払ってきた。腕を解放してしまう。
そしてそのまま隊長に殴りを入れて、隊長を遠くに飛ばすと、またもや俺の方へと向かってくる。持っている隊長の剣で斬りつけてくる。
「レッド殿!」
隊長が投げ渡してきた剣を受け取り、すんでのところで受け止める。
しかし鍔迫り合いはしない。剣を動かして力を逃しつつ、横に移動して避ける。そして男の対角線からズレた横合いの位置から、半回転斬り。
けれど当たった腕は切り落とす事はできず、止められた。まるで硬い石に剣を当てたような感覚だ。逆に当てた振動がこちらを襲う。
「どうなってんだよ!」
剣を受け止めた腕で掴み掛かろうとしてきたので、大きく後ろに飛び退く。
避けた先にはそこには隊長がいる。
「……どうします?」
「……どうって……っ! 来る!」
相談する暇もなく、真っ直ぐ迫ってくる。
俺は咄嗟に考えた。
「隊長は奥様です!」
「え?」
「奥様に話を聞いてきてください! 俺らの目的はそれだ!」
隊長を突き飛ばして、振り下ろされる剣を剣で受け止める。
「アンタは情報屋の元へ!」
「護衛対象から離れるなど!」
「逆だ! コイツは俺を狙ってる! アンタが目的を達成しないと、俺は逃げる一手を取れない!」
何が狙いでコイツが襲ってきたのかはわからない。
ただわかるのは確実に俺を殺しにきていると言うことだけ。
だったら俺が囮になっているウチに、情報屋で目的を達成する必要がある。
「諦めて次来ても、またコイツが出て来るだけ! 早く!」
「……分かった!」
隊長が走って情報屋の方へ向かうのを確認して、俺はもう一度剣をいなして、今度は横合いに避けた後、大きく後ろに逃げる。
だが一切の呼吸の暇さえ与えられず、何度も何度も、男は一直線で迫ってくる。
「はあはあっ、か、仮面外せよ!」
本当にゴーレムのような人形じみた徹底ぶりだ。話しかけてもうんともすんとも言わない。
「しかし……!」
剣の扱いは下手だ。何度もいなして躱せる。
次に剣をいなした後に、壁を蹴って飛び上がり、回転斬りをお見舞いする。だがそれも腕で防がれて弾かれる。
弾かれた衝撃で壁に飛ばされ、もう一度壁を蹴って斬りかかる。けれど今度は剣を捨てた手で首を捕まえられた。
太い手が首を掴んできて、すかさず締め付けてくる。
「ぐ、え……」
首が締まる。あまりにも強い力で締め付けられて、首の骨が折れるのではないかと言う恐怖。空気がなくなって行く。
持ち上げられて足が浮く。完全に吊り下げられる前にヤツの肩を思いっきり蹴り飛ばした。掴んでいる腕の方の肩を蹴った衝撃で、若干手の力が緩んだ。
急いで手を首から剥がして、地面に着地。呼吸を取り戻すよりも先に足を切りつける。
それはジャンプで躱される。
ならばとそのまま剣を縦にして、打ち上げるように斬りかかる。
男は両足の先で剣を挟み、後ろにバク転した。体を曲げたその勢いに、剣を持った俺はそのままヤツの回転した方向へと吹っ飛ばされる。
壁に激突してそのまま突き抜ける。
「げほっ、げほっ!」
壁をぶっ壊すほどの衝撃。
それを一身に受けながら否が応でも中に入らされ、床を転がる。
転がった先で息を整え顔を上げる。周りを見ると誰もいないが、どうやらキッチンのようだ。
ドシドシと足音がして、男が壊れた壁から入ってくる。
「チッ!」
そばにあったオタマを投げつける。
腕の一振りでそれは撃ち落とされた。
次々に料理器具を投げつけるが、いくつか叩き落として問題ないと判断したのか、ぶつかっても物ともせずに突っ込んできた。
突っ込んで来たところに長机を蹴り上げる。上になっていた料理が飛び散る。
しかしその飛沫や鍋、皿、机などを全て薙ぎ倒しながら突っ込んで来て、首を掴まれる。
「ぐっ! このっ!」
咄嗟に隠していた皿の破片をその手に突き刺す。
血が噴き出る。
が、男は怯まずに首を絞めたまま持ち上げて吊り下げる。どんどん首が締まって行く。
「さ、さっきからなんの音……ひいっ⁉︎」
家の住民が来てしまった。女性が入ってきてキッチンでの惨状と、大男が首を絞めている光景に悲鳴をあげる。
「だ、誰ですかあなた達は⁉︎」
「げ、げふ……」
「あ、あれ? あなたって確か……姫様のフィアンセの⁉︎」
突き刺したままの皿の破片を持つ手から、力が抜けて行く。
小細工全て叩き潰されて、無言で迫る襲撃者。その力は凄まじく、腕や手には刃が立たない。
本当に人間かと疑いたくなるが、感覚的にコイツは人間だ。ゴーレムでも悪魔でもない。なら一体……なんなん……だ。
(い、いしき、が………)
ガツン!
その時、大男の背後からハンマーが振り下ろされて、思いっきり当たった。
その衝撃で手が離れて解放された。
「げほっ! げほっ! な、なんだ……⁉︎」
誰が男を攻撃して、俺を救ってくれたんだ?
見れば男の後ろに見知った人物がハンマーを持って立っていた。
「悪いがその人はお得意様でな!」
「あ、あなたは!」
「よおレッドの旦那! 傭兵の俺だぜ! いいから逃げるぞ!」
昨日シーダと一緒に情報屋の所に行った時、店の前でシラフのまま寝転んでいた傭兵の男だった。何度か仕事を依頼したことのある人。
傭兵はハンマーをもう一度、大男に喰らわせようとした。しかし腕で受け止め、防がれる。防がれた所に隊長の剣が大男の脇腹を切り裂く。
「た、隊長!」
「情報は聞きました! 撤収します!」
さっき大男が放り捨てていた自分の剣を拾って攻撃した隊長。
その隙に傭兵の人が俺を担いで外に逃げる。隊長もそれに続く。
外に出る前に住民の人にはとにかく逃げた方がいいと言って、彼女と共に逃げる。外の大通りの方まで逃げ込み、他の親衛隊の隊員達と合流する。その頃にはもう大男は追って来なかった。
「はぁ〜、やべぇヤツだったな旦那」
「傭兵の方、どうして」
「あの店の前でいつも通り客を待っていた所に、騎士のお姉さんに頼まれてな。アンタがピンチだって言うんで駆けつけてきた」
助けてもらったのか。隊長の方を見ると、照れくさそうにしながらも真剣な表情でこう言ってきた。
「レッド殿、とりあえず安全な場所に行きましょう。ここの近くだと、魔法組合でしょうか」
俺たちは魔法組合局へと逃げ込んだ。
そこであらかたの話を聞いて、そして隊長が情報屋の奥様から預かったと言うメモを取り出した。
「正確にはバーのマスターが奥様から預かったコレを、私が受け取ったのですが。とにかくここに奥様からのメッセージが書かれているとの事。ただしレッド殿一人が見るようにと」
他のものには他言無用。
そう言う条件らしい。受け取ったそれをみんなの見ていない場所で開く。小さな用紙にはこう書かれていた。
『今日の夕方、城壁正門前から出て左に真っ直ぐ進んだ先の、一本杉の下で待つ。一人で来てくれ。そこでサウザーの秘密を伝える』
正門から左に行った所の一本杉。
確かにあっちには一本だけ立った杉の木がある。そこに行けば奥様から話が聞けるのだろう。
だがしかし外は危険ではないだろうか。さっきの謎の襲撃者のこともある。
「レッド殿、親衛隊から二人、王様と姫様の方へ先ほどの事を知らせるために行かせました。すぐにお二人の判断が下るかと」
「……さっきの襲撃者は?」
「わかりません、私も、傭兵の方も見たことがないと」
「なんだそりゃ……一体何に狙われたんだ、俺は?」
アイツはなんなのか。
俺に恨みがある奴だとしても俺自身見たことがない。
殺し屋だとして雇うとしたら疑わしいのはサウザーとドベルマ公爵様だ。
しかしどちらもあんなのに頼れる状況ではないだろう。そもそもあんな化け物をどこに隠していたのかと言う話だ。いたなら先の戦いで使ってきているはず。
じゃあどこから?
「……まさか奥様?」
「そんなバカな」
もしかして奥様の仕業ではと考えたが、隊長からすぐに否定される。
「彼はあなたへのメッセージを用意していたのです。それなのに行く途中に邪魔者を用意しますか?」
「ま、俺もそう思う。流石に奥様の仕業ではないと思うな」
傭兵の人も違うと言う。
確かに奥様はそんな事しないだろうと言う信頼がある。だがそうなるといよいよ、誰が俺を狙ってきたのか。
「まさか全く別の勢力が今回の件に関わっているのか?」
「けどあんな恐ろしいの隠してられるのって何処だよ? 仮面で顔を隠していたとは言え傭兵稼業の俺や、王家直属の騎士団、さらに言えば冒険者ナンバーワンのお前ですら知らないヤツなんだぞ」
傭兵さんの見解は一理ある。
あんなのを今まで誰の目にも止まらず隠していられるのはどこだ?
「……とにかく、俺は夕方くらいに単独行動をする」
「なんですって? さっき襲われたばかりでしょう!」
「奥様か。あの人も厳しい注文してくるな」
「ダメです! あなたの命は姫様のものでもある! それをお守りせよと命令を受けた私は、あなたをこれ以上危険に晒すわけにはいきません!」
「だとしても行くしかない、一人で来いと言われているのだから」
「……意志は固いのですね」
「はい、すみません」
「謝るなら心より心配している姫様にしてください。あの方はあなたが冒険に出るたびに胸が締め付けられる思いで帰りを待っています」
「わかってます」
「はあ、しかし帰る時のために門の前に我々親衛隊を配備させてもらいますからね。あなた達の会話を聞かないような位置にて、帰りを待っています」
こうして教会で調べ物してくれているナゲットにまず伝えて、それからルーシェや他の仲間達にも街の外に出て奥様と会うと伝えた。誰からも心配されたが、しかし頑として行く意志を見せ続けると渋々承諾してくれた。




