このギルドの一番
ふてくされた顔で頬杖ついて書類を眺めていたカウンターの男。俺と親衛隊隊長とその隊員達が入って来たのに気づくと、顔を上げて自嘲気味な笑みを浮かべる。
「ようやっと来たか花形」
「俺のこと待ってたんですか、ギルド長」
「ああ」
書類と周りにあった本を閉じると、コップに入った水を一息で煽り、カウンターから立ち上がる。そして付いてくるように言われたので隊長1人を連れてギルドの奥、応接室に入る。
ギルド長はテーブル席に座ると、向かい側に座るようアゴを振る。
隊長は立っていると言うので、俺だけギルド長の向かいに座った。
「さて、レッド。お前の要件はわかる。けど俺から話をしていいか」
「ええ、聞きます」
「はっきり言ってサウザーの乱心は予想していた。あの性格で、お前にご執心だったからな」
「悪魔の件は」
「予想していなかった、とは言えないな。当然俺もこの国の裏も、情報屋だって活用している。奥様もな。だから奥様からも教えられていたし、何より俺の経験が勘を働かせていた。まあなに分、身元の知れぬ荒くれや放浪者に仕事を用意する役柄だ、どこに悪魔が潜んでいるのか位は警戒していたしな」
「つまりサウザーの事を知っていながら公表する事はしなかったと」
「簡単に謝る気はない。例え俺が『サウザーが悪魔だろう』と言う事を周りに知らせて、今回の件が未然に防げてたとしても、それでもその疑念を外に漏らさなかった事を俺は失敗だったとは思っていない」
「まあ、そこは不確定だったために、という理由で納得してますよ」
「ふっ、簡単に礼を言わない事も断っておこう。さてだレッド、言い訳を聞いてもらった所で、今度はお前の要件を聞こうか」
ギルドの職員で酒場のウェイトレスさんが運んできたコーヒー。
親衛隊の隊長もそれを受け取って、立ったままカップを手に持つ。
そして俺らも互いに苦い物を飲み込み、改めて向き合う。
「サウザーの活動記録、その全てを俺に教えて欲しい」
「過去の動向が知りたいってわけか。しかしウチはそこまでメンバーの行動を締め付けて管理してるような場所ではない、アイツのプライベートまではわからんぞ」
「しかしどこかにあるはずなんです。アイツは大きな仕事をとにかく請け負っていた傾向にある。その中にもし、悪魔と出会う機会があるとすれば……同時に、奥様もそのルートから探ったはずです」
「……いいやちょっと違う」
「え?」
「言っただろう、俺は奥様からサウザーが悪魔ではないかと言う疑念を聞かされたと。つまり最初に悪魔かも知れないと疑って調査したのは奥様なんだ。そしてその後に金でウチの情報を買って行った。そこから奥様は明確なほどに悪魔だと疑っていた」
「……つまりギルドの活動記録から疑ったのではなく、もっと別の部分からサウザーが悪魔だと疑う要素があった」
「それがなんなのか聞く事はできなかった。悪魔の件だ、言えば殺されるレベルの重要機密だから慎重になっているらしくてな。いくら金積んでも無理だった」
奥様は何か握ってるらしい。もう一度聞きに行く必要がある。
それでも必要な情報は欲しい。
「その件はこちらで調べます。ですがサウザーの活動記録は欲しいです。タウロスとシーダにそれを渡して、怪しい部分を探してもらおうと考えてます。あの2人はキャリアが長いので活動記録から何か怪しい点を見つける事ができるかも」
「………まあ、わかった。いいだろう」
少し歯切れ悪かったが、しかしギルド長は頷いてくれた。そして彼が部屋から出ていき、まるで最初から準備していたかのような早さで資料を持って戻ってきた。
「さっきカウンターで読んでたのってもしかして」
「いらぬ詮索だ」
「いえ、お預かりします。ありがとうございます」
机に置かれたそれを受け取り、立ち上がって部屋の出口に向かう。
コーヒーカップを飲み干して隊長も付いてくる。
出口付近まで行って、そこで気になることがあったので聞いてみる事にした。
「そういえばサウザーは、もう除名したんですか?」
「ギルドからか?」
「はい。あんな騒ぎも起こしましたし、何より悪魔と……」
「そうだな」
ギルド長は真っ直ぐ俺をみる。悩みも迷いも一切ない、揺るぎない眼差しで。
「まだアイツの名前はウチにある。まだアイツはここの人間だ」
「まだ除名してないんですか? 指名手配もしましたし、俺はてっきり……」
「しかし消したくないってわけでもない、いずれ消すだろうな」
「けど今じゃないと?」
「ああ、アイツが捕まって罪を償う時になったら、アイツの隣に俺の雁首並べて、その時に消すかな。アイツをウチに入れたのは俺の責任だ。だったらその責任は最後まで果たさせてもらう、それまでアイツはこの冒険者ギルドの一員だ」
「他の加入者からのバッシングを受けても?」
「ああ、俺はこれでも何度も死線をくぐり抜けて来た自負がある。その程度、自分の意志を貫くためにはどおってことない」
俺は思わず笑ってしまっていた。
この人は本物だ。俺はこの人のギルドの一員だ。
「ははは、アンタには敵いませんね」
「ふん、頑張れよナンバーワン」
△▼△▼△▼△▼△▼
そうして俺と、親衛隊達は裏路地に入っていく。しかしゾロゾロと武装した騎士達がこんな場所に入るのは、ここにいる人達にとって迷惑だろう。俺は隊長だけ付いてきてもらった。
「隊長はこう言うところ出入りするんですか?」
「普段は姫様の護衛だ。冒険者ギルドの酒場に護衛の任で行く事はあっても、こんな所に来る機会はない」
「確かに、隊長さんは酔い潰れたルーシェ様を運んでいるイメージですね」
「もっといいイメージはないのですか」
「……他というと、ルーシェ様の屋敷に行った時に、部屋のそばですごーく緊張した顔で立っているのをよく見ますね」
「えっ? き、緊張? そんなつもりはないのですが……」
「俺がルーシェ様と2人きりの時に前を通りかかると特に」
「ぶっ⁉︎ そ、それはっ!」
「いやぁ、見た目はキリッとしててやり手っぽいですが、そういうのは初心なんすねぇ」
「ひ、姫様のために結成された騎士団は女所帯だ! だからそういうのに縁がないというか、って違う違う! い、言い訳ではないぞ! ただ、その」
「騎士としてそう言う浮ついたものは嫌いって事ですか?」
「ああそう、それ……いや、嫌い……うーん、いや。嫌いって訳じゃ、私ももう年頃だし……まさか姫様に先を越されるとは思ってなかったけど……って! いやいや何言ってるんですかレッド殿!」
「あはは、そうですね。すみません。隊長は分別のある立派な大人の騎士様ですから」
「……なんか私が子供みたいだな」
「こっちはあんまり話したことのなかった隊長とこうやって話せて嬉しいですよ」
「そうか、ならそれは姫様に言っておこう」
「え?」
「レッド殿が私を口説いてきたと」
「……く、口説いたつもりはないんですが、えーと……」
本当に口説いたつもりは無い、口について出た言葉だ。
けれど言った言葉に嘘はない。
同時に、これを口説いたと解釈されてルーシェに報告されて嫌われるのも嫌だ。
どう弁明しようか悩んだ。隊長に好意はないと断言するのは簡単だが、それだと彼女を傷つけかねないし、彼女とルーシェ様は切っても切れない関係。ここで隊長からも嫌われるのは良くない。
だったらやんわりと、それとなしに、言葉巧みに弁明するしかない。
「えっと、と、とにかく俺はルーシェ様が一筋だと言うのが大前提でし———」
弁明しようと裏路地を歩いていた足を止めた、隊長の方を振り返った。
振り返った先の光景を見て絶句した。
「け、けほっ……に、逃げて……」
頭を掴まれて壁にめり込まされている隊長。剣を抜いている事から、頭を掴んできている何者かに対処しようとしたらしい。だが間に合わなかったのか、それとも敵わなかったのか、隊長は息も絶え絶えに俺に逃げるよう、切実に言う。
そして———隊長の頭を掴んでいる人物。
「だ、誰だ⁉︎」
それは何者かわからない相手だった。
体格は大柄、2メートルほどか。顔は黒い仮面で覆い隠し、全身はフード付きのジャケットコートを羽織っていて見えない。足を見ればベルトで締めるタイプの革靴……いいや、革のブーツを履いている。
ソイツは何も喋らない。隊長を離すと、ギシギシという靴の音と共に俺の方へ真っ直ぐ向かってきた。




