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王女共闘決戦

 兵士長からの報告をまとめて、レッドから依頼された男の行方を推理する。男は兵士の目がある所には現れていない。表通り、裏路地、冒険者達や傭兵達が探している誰の目にも止まらない暗がりの中の報告も集めたがどこにもいない。

 門番からの報告にも、男が外に出た形跡はない。顔を隠していても検問をしているから、間違いない。



「つまり、レッドから頼まれた悪魔憑き男はおそらく……誰かが匿っている?」



 家宅の中までは捜査しきれていない。

 冒険者ギルドの方からサウザーの身元や関係者を教えてもらったが、彼を匿うような人物はいない。そもそも彼と関わっていた人間はごく僅かで、後は……レッド。



「レッドと男の関係は、後輩と先輩。しかしギルドに加入した時期はひと月違い。キャリアはそれだけの差、しかし決定的に違うのは“やり方”」



 男は出世を望んだ。一気に成果を出して上にのしあがろうとした。だから危険でも高額依頼に片っ端から手を出した。結果は無残なものだった。

 対するレッドは段階を踏んで、下積みの期間を作った。

 まるで真逆だった。そうして数年後、レッドは国一番の冒険者になった。



「2人は何が違うのか、何が違って、何が優っていたのか。誰にもわからない答えを、男はずっと探していたのかも知れない。悪魔はそういう人間を()()()



 悪魔は脆い人間に魅了され、脆い人間は悪魔に魅了される。



「別にレッドは最初から慎重派だったわけじゃない」



 初めての任務……私の護衛任務を受けた時は、王族からの依頼ともあってやる気だった。

 けれどその時の依頼で、彼は失敗したと感じた。

 その失敗から彼は慎重になっていった。



「……いや、今は思い出に浸ってる場合じゃないわね」



 メイドに頼んで、ドレスから動きやすい服に替えてもらう。もしかしたら私自身が動く必要が出てくるかも知れない。そのために着替える。

 街で流行ってるフリルの白シャツに、ふんわり広がる青いスカート。長い髪を一束に結んで立ち上がる。

 あの人に頼られている、それだけで私は活気が湧き上がる。



「さてと」



 屋敷の客間に入ると、レッドの仲間達がいる。何か怪しい、とレッドが預けに来た。

 彼らにも捜査のための情報整理を手伝ってもらって、テーブルの上には兵士長や協力してくれてる人たちの集めた情報が書かれた羊皮紙が置かれている。



「……姫様、すみません。お邪魔して」


「別に構わないわ。手伝ってもらっているんだし。それよりあなた達のソレは、原因が今探してる男って事でいいのよね」


「そうです。レッドがサウザー本人から聞きました」


「まさか街の中に悪魔を入れてしまうなんてね、他人事ではないわ。いつ誰が、あなた達と同じ様になってしまうか分からない」



 部屋の窓から外を眺める。屋敷がある場所は、城から少し離れた、高台の上にある。そこから城と城下町が一望できる。一番目立つ高いレンガの塔は魔法組合の局。



「いいえ再び起こることは無いでしょう。魂の半分を賭けたと言う話ですから。サウザー半分、悪魔半分」



 起きたばかりの朝で整えていない黒髪をウザったそうに振り乱して、マーリンはメイドから貰った紅茶を飲んでから、そう語る。そんな彼にナゲットは聞く。



「マーリン、こう言うの詳しく無いの?」


「魔法分野の観点からなら語れることもあるが、専門家ほどでは無い。この国にも悪魔の専門家はいるだろう、芋虫の専門家だっているんだから」


「一応聞いているけれど、大した情報は得られていないわ」



 悪魔の専門家、確かにいる。この話を聞いてからその専門家の先生に聞いたが答えは三つ。

 『そんな術は聞いたことがない』。

 『悪魔がそんな術を使えるのなら今世界は混沌の中だろう』。

 『悪魔、ひいては魔物、魔族と言うのは世の理をよく表現している()()だ。生物学が土地の環境を表せるなら、魔物学は世の真理と理屈を表している。魔物は人の写し鏡なのです』。



「悪魔がそんな術を使えるなら、今頃世界にいる人間は全員あなた達と同じことが起きているはず。そうでないなら悪魔にそんな術は使えない。一体どこで元凶の悪魔はその術を知ったのか……」


「……考えてもキリがなさそうですな、姫様」



 シーダが私たちの悩める頭を止めてくれた。自分から生えているピンクの内髪を顔の前に持ってきて、眺めながら。



「しっかし貴女は、どこかアイツと似ていますね」


「アイツってレッドのこと?」


「アイツは頭がいい、リーダーシップもあるし判断力もある。そこに姫様の“国力”による情報収集や、大勢の人手。なるほどいいコンビだ」


「……もしかして妬いてもらってる? でもこう言う時にしか役に立てないわ」


「妬く? なんのことやら。それにアイツがアンタに求めているのはそんな事じゃない、アイツは頼める相手に頼んでいる。もし姫様が婚約者でなくとも、国の力が必要とあれば国に頼み込んでいた事でしょう。アイツはそういう奴だ」



 そうかも。

 私の価値は、私への愛は彼だけのもの。

 私から彼に向ける愛も私だけの感情。

 例え愛し合っていても、そこの線引きだけは取っ払う事はできない。



「はあ」



 窓を眺めて、つい息を吐いてしまう。

 物憂げな自分に浸りかけた所で、大慌てで親衛隊の隊長が部屋に入ってきた。



「大変ですわ! 街で、街でレッド様がドベルマ公爵と交戦を! サウザーの姿もあるとか!」



 その知らせを聞いて、タウロスがはじめに飛び出していった。か弱い腕を一心に振って、部屋の扉のところにいた隊長を跳ね飛ばして。

 他の仲間達もそれに続こうとしていた。



「ダメ!」



 それを一喝で止める。

 そして隊長に、タウロスを追いかける様に指示。後の仲間達と、親衛隊達を引き連れて、現場に向かう。お父様への伝達を忘れずに。


△▼△▼△▼△▼△▼

 ひた走り現場につくと、街の人たちが集まっていた。彼らを一声で退かせて道を開けさせると、その先にレッドはいた。

 公爵様の使役する巨大なゴーレムと、その足元にレッドはいて、その周囲には公爵の私兵達が転がっていた。



「レッド!」



 息切れしながらも、無傷な彼は私の声にこちらを向いた。

 彼が何か発する前に、公爵様が先に反応した。



「ルーシェ姫⁉︎ あはは! まさかあなた様からお越しくださるとは!」


「……ドベルマ公爵様!」


「ルーシェ様!」


「レッド……!」



 レッドの声が聞こえた。そちらを見れば、あの冒険者の男と向き合っている所だった。向こうは剣を構えているが、レッドの方は素手だ。



「あのゴーレム、どうにかできないですか!」


「ゴーレム……?」



 ドベルマ公爵の使役するゴーレム。流石のレッドもあれは厄介だと言う事だ。

 その間にレッドはサウザーという男と攻防戦を繰り広げている。剣で襲いかかる相手に対して、冷静に距離を取りながら、腰から何かを取り出した。

 それを持ったレッドはニヤリと笑う。



「この世で最も効果があって、最も防げない攻撃を知ってるか?」



 そう言って持っていた玉を自分のすぐ足元に地面に投げつけた。途端に煙を吐き出す。煙玉というアイテムだ。

 煙を吐き出しながら地面でバウンドしたそれをサウザーの方へ蹴り飛ばした。煙はサウザーの周りを覆っていく。



「くっ! 考えたな……!」



 口元を抑えて煙から離れようと後ろに下がるサウザーに向かって、レッドはナイフを投げた。それを防ぐために剣で弾き飛ばし、その間にレッドは煙の中に姿を隠した。



「チッ! さっきコイツらとは素手で戦ってたじゃねーか、ナイフも煙玉も俺のために隠してたってわけか!」



 気配を消したレッドを警戒して、サウザーは剣を構えたまま立ち止まって周囲を警戒する。レッドは出てこない。



「少しの間こう着状態……なら! 私の仕事は!」



 公爵様のゴーレムをなんとかする、そう頼まれた。

 見上げればドベルマ公爵様がこちらを、瞳孔を開いた普通の精神状態ではない形相で、身を乗り出して見下ろしていた。見つめられるその目に恐怖を覚える。



「姫様ぁ! 私の恋文、受け取ってくださいましたか! へぇへぇ、私の家系は代々恋に生き、恋に死ぬ! 恋こそが人生! 私は貴女を恋しているいや愛していますぞー!」


「ドベルマの旦那ぁ! そのまま続けてくだせぇ! レッドの奴がイラついて煙から出てくるでしょうよ!」


「……ふざけるな」



 憤りしか覚えない。

 なぜ、こうも怒りが湧くのか。

 手を“敵”に広げて伸ばす。



「このルーシェの名において、親衛隊に命じる。直ちにこのゴーレムを討ち果た———」


「ま、待ってください姫様!」



 怒りのままに指示しようとした所で、タウロスに止められた。タウロスは一番前でゴーレムを見ていた。



「こいつに剣は通用しない! 親衛隊の剣じゃダメだ!」


「なら何が効くの?」


「……俺の、剣なら……」



 タウロスは自分の小さな手を握って見下ろす。

 確かにタウロスならゴーレムを切れる。だがそれは以前までの彼の話。今の彼に剣は持てない。



「あなたに剣はない、どうする?」


「……あ、アイツの視線です! アイツがどう標的を追いかけているのか、目を誘導して隙を作れば攻撃のチャンスが……」


「目はあの公爵だと思うがな」



 シーダがそう言ってタウロスの肩に手をおいた。タウロスはさらに悩み始めるが、そんな彼の背中をマーリンとナゲットが叩いた。



「だったら考えがある。とりあえず目を引いて隙を作ればいいんだな」


「え?」


「隙を作ったら、姫様の親衛隊が攻撃って事で!」


「マーリン、ナゲット……シーダ。しかしどうするんだ」



 4人の美少女達が顔を突き合わせて相談する。マーリンの考えた作戦を聞いた他の3人は納得いかないような顔をした。聞こえなかったが作戦内容が微妙だったのだろう。

 するとそこでシーダが新しい作戦を思いついてそれを伝えると、3人は一斉に動揺したが、しかしドベルマ公爵を見ると納得して頷いた。



「姫様、任せてもらってもいいですか」



 4人がこちらに伺い立てたその時、ガキィン!と金属音が聞こえた。

 煙からレッドが姿を現した所にサウザーが剣を振り下ろし、それを躱して地面を叩いて痺れるサウザーの手から、剣を弾き飛ばす。剣がサウザーから離れていく。



「くっ……いいじゃねぇか、上等だ! ステゴロでやってやるよ!」


「へ、へへ……ああ! 行くぞ!」



 レッドとサウザーは素手で殴り合いを始めた。あっちは任せるしかない。

 だったらこっちは言われた通りゴーレムを!



「親衛隊! 準備を! 一斉攻撃の準備をするのよ!」


「はっ!」


「おっほほっ! か、可愛すぎてつい眺めてしまってた! ヨダレが……じゅるるる!」



 ずっと静かだと思ってたら、どうやら公爵様は私を見つめたまま固まっていたらしい。ヨダレが汚い。

 彼がそうしている内にレッドの仲間達はどこかに姿を消していた。公爵様に見つからないように隠れた様だ。



「姫さまぁ〜!」



 だったら私はこの公爵様の意識を逸らす必要があるわね。不本意だけど話を聞きましょう。



「公爵様、少しよろしいかしら」


「は、はいぃ!」


「どうして私のことを好いておられるのでしょうか?」


「美貌! 才覚! なにより存在いや人気(じんき)! そこにいるだけで感じる尊い気配、鼓動、脈動、風で流れる髪の一本一本の動きさえも、このドベルマを魅了してやまないのです!」



 とてつもない感受性ね、呆れるほどに。

 けれど同感してしまう私がいた。私もそんな感情をレッドに向けている時がある。だからただ無碍には出来ない。



「公爵様のお心を奪ってしまい、罪深い私は一体どんな罰をお受けすればよろしいでしょう」


「ば、罰じゃないよ! 私との結婚は祝福だよ! 幼い頃からずっと好きだったんだ!」


「そうですか。しかし、私の心はすでに……あそこにいる殿方が掻っ攫っていきまして」


「なに!」


「お集まり頂いている民衆の皆様もお聞きください! 私はあの方と婚約を結び、そして近々大きな結婚式を開くつもりですわ! もうあの方と共にいる事しか考えられません。あの方と、共に生きる事をずっと、ずっと、何年も思い続け願っています!」



 覚悟の意思を見せる。



「け、結婚式⁉︎ き、聞いてないけど———ぐへぁ!」



 遠くで動揺して動きが止まったレッドが殴られている。



「式でしか誓わないなんてちゃちな事はしないわ! 私はレッドとの永遠の愛をここに誓う! ここにいる全員がその証明人よ!」



 ざわつく民衆に笑顔を向ける。



「だからここで、こんな所で死なないで欲しいわね。あなた達には」


「ひ、姫様……」


「そ、そうだ! 俺はドベルマ公爵よりも姫様の味方をするぞ! もう金で言いなりになるのはゴメンだ!」


「姫様のために!」


「この国のために!」



 民衆達は各々に決起して、ドベルマ公爵様との決別した。

 服屋の店長も、魔法組合局の局員達も、教会の神父もシスターも、みんながいつの間にか集まっていて私と、レッドの名前を叫び続ける。

 ガクガクと震えているドベルマ公爵。



(さあ今しかないんじゃない⁉︎)



 レッドの仲間達!

 期待した通り、次の瞬間には彼らが姿を現した。



「おーいドベルマ公爵様! こっちを見ろ!」



 タウロスの考えた作戦。

 それは、服を脱いで己の下着を見せつける事だった。

 民衆の男性達はどよめき、女性達はざわめく。



「ほーらほら!」


「こ、こっちですわよ〜、ドベルマさま〜」


「う、うう、恥ずかしい……」


「なんで僕がこんな事を」



 タカが外れたタウロスはお尻を振り、シーダは胸を揺らし、ナゲットとマーリンは恥ずかしがりながら地面に横になり全身を見せつける。

 だが、だが、公爵様の反応は———私を見ていた。



「下郎どもが! 私は姫様しか見ない!!」



 一切よそ見せず、ドベルマ公爵様はこちらだけを見ていた。

 とてつもなく、決して揺るがない意思だった。



「ちょっと作戦失敗じゃないのよ! 4人ともがっくししてないで、まだ何かないの⁉︎」


「ま、まるでレッド並みの意志の強さだな……」


「他の作戦というと……」


「マーリンの?」


「僕の作戦か」



 さっき相談して取りやめた作戦かしら。



「あの公爵はとにかく、ルーシェ姫のことが好きだ。夢中になってる。そして同時にレッドを目の敵にしている。なら姫以上に意識をこちらに向かせられる物は———レッドだろう」



 レッドの方を見ればサウザーと戦い続けている。互いに顔や体にアザを作っている。けれどレッドの方が優勢に見える。

 マーリンは叫んだ。



「レッドを倒せる大チャンスだぞ!」


「なにっ⁉︎」



 驚いた。私から初めて目を背けた先は、レッド。

 レッドはマーリンを見、そしてドベルマを見上げる。

 ドベルマはそんなレッドに向かって、ゴーレムの左腕を動かして振り下ろそうと持ち上げた。

 大きな隙ができた。



「一斉———ッッ!!」



 指示を送り、親衛隊が一気にゴーレムに向かって剣を構えて飛びかかる。誰もダメージは与えられない。それでも微かでも胴体の表面に傷はできた。

 だがそれだけ。大きく右腕を振り払って切り付けてきた親衛隊達を吹き飛ばすと、ゴーレムは再び左腕を動かして振り下ろす。

 レッドと、同じ位置にいたサウザーに当たりそうになる。レッドはまだ体力がある。しかしサウザーはダメージで動きが鈍っていた。



「サウザー!」



 レッドは助けるために地面を蹴って飛ぶ。

 が、サウザーの方はそれに一瞬驚いていたがすぐにニヤリと笑った。

 2人はゴーレムの拳に隠れる。



「レッド!!」


「だからダメだって思ったんだッ!」



 レッドがゴーレムの下敷きに!

 タウロス以外の仲間達が駆け寄ろうとするが、それをタウロスが止めた。私も行こうとしてしまったが、それは親衛隊の隊長が止めた。



「レッド! レッドぉ!」



 道を砕いた砂煙でまだ2人の姿は見えない。



「ふはは、はは、殺した……初めて人を殺したんだ! 冒険者のアイツと同じで、人殺しを……!」


「貴様ぁ!」



 仲間達を止めていたタウロスが怒りで、ドベルマ公爵を睨む。



「ローズ様!」


「え?」



 声をかけられたタウロスが後ろを振り返ると、そこにはレッド行きつけの鍛冶屋の店主が跪いていた。



「あなたの武器を、お持ちしました!」


「店主……」


「どうか、使ってください!」


「…………」



 店主が差し出したのは刀身の短い剣。刀身と柄が同じ長さだ。

 腕の細いタウロスのために作られた、軽めの剣。

 それを黙って受け取ったタウロスは、ゴーレムに向き合う。



「…………やるか!」



 ゴーレム斬りのタウロス。

 見た目はまるで幼気な少女そのものだったが、その立ち姿はかつての英雄の姿そのものだった。

 その後ろではマーリンとナゲットが自分の手を見つめていた。

 そしてシーダは、姿を消していた。するとカインッと金属音が聞こえた。



「こっちだ!」



 シーダがゴーレムに向かって持っていたナイフを投げつけた。ドベルマ公爵の意識がそちらに向く。

 その隙にマーリンとナゲットが覚悟を決めた。



「できるはずだ! この体が人間なら自然力があるはず!」


「ボクも、信仰心は忘れてない!」



 マーリンの手に蒼雷が迸り、龍の形を象る。



「“サンドラ”!!」



 ナゲットの掌を光が包み、膨らんで行く。



「“ネメシス”!!」



 魔法と聖術。

 できないと思っていた2人から、この世界の技法が発動できて、そして雷龍と光の噴火がゴーレムに当たる。ゴーレムの巨体が足を浮かして、後ろに押されて飛ばされる。

 上に乗っていたドベルマ公爵はぐらついて落ちそうになるも、なんとか堪える。



「悪いな嬢ちゃん、ちょっと無理するぞ」



 そこへ剣を構えたタウロスが飛びかかる。

 そして地面に地面が割れるほどの力で踏み込むと、一気に回転して切り付ける。



「“傲慢崩し(レオドロップ)”!!」



 横一閃。ゴーレムの胴体が縦に真っ二つに切り裂かれる。

 ゴーレム斬りのタウロス、ここにあり。



「ば、バカな……! そんな!」



 崩れゆくゴーレムの上でふらつくドベルマ公爵の元へ、突然煙玉が投げつけられて、煙に覆われる。



「煙玉⁉︎」



 レッド!

 彼は無事だった。ゴーレムの上のドベルマ公爵に向かって飛びかかる。

 ゴーレムの後方からレッドと共にドベルマ公爵が転がりながら出てきた。ゴーレムの上から落ちて苦しそうな呻き声を上げる。



「ぐ、あが……お前はぁ!」


「へっ、俺の仲間流石でしょう。さーて、こっちはこっちでケリ着けますか、公爵様」



 拳を鳴らし近寄るレッドに、鬼の形相で睨むドベルマ公爵。私の前で2人が相対する。



(……レッド)



 私はレッドだけを見た。レッドだけを思う。



「ここまで来たんだ、もう後に退く道はないんすよ」


「やってやる、やってやるよぉ!」



 ドベルマ公爵が殴りかかり、それが突っ立ったレッドの胸に当たる。しかしレッドはびくともしない。数年かけて培った下積みの証拠、鍛え抜かれた体に公爵の拳は効かなかった。



「か、硬い……なんだよこれ」


「もっと踏み込め!」


「え?」



 ドベルマ公爵の体を押して、もう一度同じ距離に立つ。



「好きなら踏み込んで見せろ! ()()()()!! アンタは俺のライバルなんだぞ!」



 あんぐりと呆ける。そして、歯噛みし、足を動かしてさっきよりも前に踏み込む。



「うあああああ!!」



 さっきよりも重い拳が、今度は顔面に刺さる。だがそれでもレッドには効いていない。

 そしてレッドは大きく腕を振りかぶり、逆にドベルマ公爵の顔面に拳を突き刺した。公爵の体は地面に叩きつけられる。地面にひび割れのめり込みを作り、その一撃で公爵の意識は飛んだ。

 白目を剥いている。



「ふぅ」


「れ、レッド!」


「ルーシェ様」



 親衛隊を連れて彼の元に駆け寄る。レッドは大分余裕を残している。私のことを優しく迎えた。



「大丈夫ですか、お怪我は」


「それはそっちでしょ! 私は、あなたがゴーレムに潰されたのだとばかり……」


「いいえ、ルーシェ様と親衛隊の方々のおかげです」


「私たち?」


「あなた達が突撃した際、若干拳の狙いがズレたのです。そのおかげですんでの所で俺は助かりました。それに———」



 レッドはすぐそばの建物の屋根を見上げた。そこには悪魔の女が立っていた。

 しかし瞬きしないうちにサウザーへと姿を変えた。



「あれは、確かに悪魔! サウザーは本当に悪魔だったのね。そして、彼も助かっていたと」


「ええ。どんな厳しくて難しい依頼でも生き残って来た、しぶとさは筋金入りの奴です」



 サウザーはレッドをしばらく見下ろしていたが、すぐに姿を消した。



「あ!」


「いやいいんです。アイツとはまた、向こうから会いに来てもらわなくては」


「捕まえた方がいいのでは」


「それで言うこと聞くような奴じゃありません。俺の狙いは、アイツが出してくる全ての手札を片っ端からぶちのめして、最終的に諦めさせること」



 煙玉をお手玉にしながらレッドは語る。



「アイツには仲間を治す手段を聞かなくてはなりませんから」



 仲間達の方を見れば、タウロスは腕を押さえてうずくまり、マーリンとナゲットはフラついていて、シーダが3人を介抱している。

 そちらへ行こうとするレッドの腕を掴んで止める。



「待って、まずは公爵様のことを」


「俺にその裁量権はないですが」


「いえ………」



 白目を剥いて気絶しているドベルマ公爵。親衛隊達には彼の私兵達を捕まえさせている。

 公爵の処遇をどうするか。



「私への執着心、その芯の通った心を私の心だと照らし合わせた時……もし私がレッドを求める心がこれほどのものだとしたら、私は何がなんでもレッドを求める。手段を選ばないほどにね」


「嬉しいですが、それで彼はどうするべきだとお考えで?」


「死刑が妥当、と言ったところだけど」



 本当はそうするべきだと頭では分かっている。でも肌で感じる彼の体温に、その考えを改めさせられる。



「生かしておくわ、それでいいでしょう?」


「あなたが決めた事に従います。ただ俺の意見としては、生きていればいくらでもやりようはあります」


「ふふっ、私ね。シーダから似てるって言われたの」


「俺とルーシェ様が?」


「うん! 何年も一緒にいれば似てくるのかしらね」


「……似てる? そうかな?」


「あら、嫌かしら」


「嬉しくはちょっとないっすね。合点いかないっすから。ただ、ああいや、そうだ……」



 レッドは何かに気づいたかと思うと、顔を赤くして顔を背けた。そして私の腕を優しく離すと照れくさそうに。



「結婚式はまだ考えてないっす」


「え、あ……」



 そう言えば勢いに任せてそんな事言った気がする。街の人たちの前で堂々と。

 私も顔が熱くなった。



「ルーシェ様」


「な、なぁに?」


「今度また、話しましょう。結婚式の事もいつか、ゆっくりと」


「あはは! そうだね、時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりね。この世の時間全てをあなたと一緒にいる時間に使う程に」


「ええ、俺もそれを望んでます」



 それじゃ、とレッドは仲間達の方へと行った。望んでいるって言ったくせにアッサリとそっちに行っちゃうんだ。

 ま、いっか。

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