5話.洗脳されたままでも魔王は倒せる
数日間はまたどこかの世界に呼び出されることもなく平和に過ごした。
男の子はリュードという名前でわんこはシャーライと言うらしい。
リュードとは普通に会話ができるようになってきている。
風呂上がりバスタオル事件の後から必要以上にマリアを守ろうとする感じはなくなった。
シャーライは基本的にリュードとともにいるが、マリアの与える餌の時間だけはリュードを見向きもせずにマリアに飛びついていく。
今日もいつも通り庭でみんなが遊んでる姿を見ているときだった。
突如自分の下に魔法陣が生まれたことを認識したと同時に召喚魔法が発動した。
魔法陣の発生から転移までが早い。
今度は期待できそうな感じだな。
それだけ思うと俺の姿はマイスペースからかき消えた。
光が収まりゆっくりと見回すと死屍累々の有様だった。
魔法陣の周囲はただの森、いやゲームの中?
ポリゴン風の木々が見えて現実感が薄いファンシーな感じの世界だった。
「なんじゃこりゃ」
本当にぼそっと呟いてしまった。
「こんなに早く召喚できるとは、よくやったぞお前たち」
限界まで魔力を使ったことが伺える焦りを含んだ声音に俺は声の主を見た。
獣人
魔力はほとんど感じないが、耳に引っ掛けるように王冠をかぶっていた。
熊の顔だった。
ここは、魔法の世界でモフモフパラダイスかっ!
期待に胸が踊る。
シャーライは撫でさせてもくれないからな。
リュードには頭を預けるように撫でろと迫るのに。
「勇者様、我らはこの世界最後の生き残りです。
まもなくここにも魔王が踏み込んでくることでしょう。
どうか、この世界をお救いください。」
「そのために来たから良いんだけど、どうせ時間制限があるんだろ?」
今回は何日だ?何分とかか?
「時間制限ですか?魔王軍は我らを養分としか認識しておりませんので、絶滅までですかな?」
詳しく聞けば
魔力を増やすために獣人を狩り、魔法の使えない獣人の体内の豊富な魔力を狙っているらしい。
魔王がいつどこで産まれて、どこから来たのか全くわからないけど獣人の平和な世界は瞬時に地獄と化したそうだ。
聞くことは聞いたので、あとは迎え撃つだけのはずだ。
しかも、今回は向こうから出向いてくれるありがたい世界だった。
こちらから出向いてもいいけど、召喚の影響なのかどうも頭がしゃきっとしない。
うめうつつという感じだろうか。
だから、自分から攻め込むより、待ってたほうが良さそうだった。
禍々しい魔力は確かに近づいてきている。
数は3。少なくね?
その中の一体は凶悪な魔力を放っている。
じゃあ、小手調べにウインドカッター
風の刃を飛ばしてみた。
キンっと硬質な音が結構離れているここまで響いて無力化された。
結界魔法だな?
空間が歪んで見えていてその歪みの壁のようなものに触れた瞬間の音だった。
いいね。俺のレベルアップの糧となってもらおう。
俺は口元が緩むのを抑えられなくて飛び出した。
ロックバレット。
岩塊を飛ばす魔法もまた結界に阻まれた。
「主人を害することは許しませんよ」
隣りにいる獣人の女性が怒っていた。
どうやら彼女の結界魔法らしい。
禍々しく紫色の魔力が霧状に変化して凶悪な牙が口の両端から生えて自分の目を貫いたような見た目の不気味な生物から溢れ出た。
周囲はその霧に包まれたが、俺には毒耐性がある。
毒であったなら悪いな。
そう思った。
「ハルト!」
懐かしい声、俺を呼ぶ声。
紫色の霧の中から現れたのはカール、ケルビン、ユーライだった。
「助けに来たぞ、ハルト」
「カルビン?お前死んだんじゃないのかよ」
「アホか、俺があんなところで死ぬかよ。
それより、ハルト、あの魔王は強大だ。
いくらお前でも分が悪い。ここは共闘しようぜ。」
懐かしい顔が揃って俺はテンションが上っていた。
「いや、まぁ、見てろって。俺の本気を見せてやるから、少し見物してろ。な?」
カールに怪我の跡はないけど、それでも戦闘に耐えられるか心配で俺は張り切った。
いつの間にか俺は魔王軍に囲まれていたようだ。
ゆっくりした足取りで近づいてきているのか、魔力感知で近づく者たちを教えてくれる。
見てろよ。俺の新しい魔法を。
お前たちの敵討ちと思って覚えたんだぜ。
今までで最大規模で神聖魔法ホーリーを放った。
一瞬にして紫の霧もろとも光の奔流が洗い流していく。
光の壁が一気に広がっていき近づく魔力もカール達の魔力も全部根こそぎ貫通していった。
俺はハッとした。
魔力感知が近づく敵が減っていないことを教えていた。
あれ?
逆にカールの反応が消えた。
え?あいつ神聖魔法効いちゃう感じ?
ユーライの治癒魔法受けてたじゃん。
霧が晴れてカールの魔力を探ろうとした。
魔力反応があった位置には目を自分の牙が貫いている異形の者の死体があった。
「「「???」」」
俺と美少女獣人と美人獣人が顔を見合わせて混乱していた。
そういえば、さっきの結界魔法を使った美人獣人は主人と言ってたか?
警戒をしてそちらを見やると泣崩れた。
旦那を殺されて悲しみで泣いたのだろうか?
「あの~」
とりあえず声をかけると美人さんは鬼の形相で異形のものを睨むと結界を張ってその体を覆い、徐々に縮めてぷちっとした。
うわ~。
さすがに黒くてスプラッタな光景にドン引きした。
「どうも、私達は操られていたようですね。
助けていただいてありがとうございます。」
「え?このお兄ちゃんが助けてくれたの?」
「そうとしか考えられないわ。こんな魔力で満ちた人なんて見たことないもの。
ミャンにもわかるでしょ?」
「何かいい匂いがするのはわかるよ
お母さんと同じのいい匂い」
そして、俺たちは召喚者達から囲まれた。
「勇者様、先程は我々を敵として睨んでおられましたが、裏切り者の親子ともども敵側についたのですかな?」
怒りの形相で迫ってくる。
「いや、どうも洗脳されてたみたいだな。俺もこの親子・・・親子なのか!?」
「はい。私はヤルン、この子はミャン。夫を先程の魔王に殺された時に漬け込まれたようで洗脳されていたようです。」
「ミャンはミャンだよ。お兄ちゃんは?」
「そんな話は地獄でやれ~」
怒った一人が武器を振り上げて襲いかかってきたので親子を抱えて空を飛ぶ。
「降りてきやがれ~」
「そうは言うけど洗脳されてたんだからしょうがなくね?
お前も洗脳されてたら味方殺ししてただろ?」
「だけど、殺された俺の息子はもう戻ってこないんだぞ!」
「う~ん。一応お前らの敵は討ってやったぞ?
自分の牙で自分の目を貫いてた間抜けなら洗脳されてた時の俺の魔法で死んだけど?」
「そうかい、この世界を救ってくれてありがとよ。
だけどあんた勘違いしてるぜ。俺の敵はそこのガキだ。
そのガキは獣人の癖に地面を揺らす魔法で息子を・・・殺してやる」
「洗脳されてたから許せって言われても無理な感じだな。
なら、この親子は俺が攫うから一生お前の目の前には現れないよ。
息子が息子がって言いながら生き続けるんだな」
面倒になった俺は転移で自宅に戻った。
あんなの一生平行線の会話し続ける羽目になるから不毛だ。
相手をしてられなくなったのは仕方のないことだろう。
理屈ではなく感情だけで無念に心を焦がし続けるだけだ。
だったら二度とそんな事にならないように、もしくは敵を討つように鍛えろってんだ。
ったく、仲間に会えたと思ったら洗脳で、感傷に浸ってる時に苛つくこと言いやがって。
意味のない苦しみに他人まで巻き込むなよな。
さて、空を飛んでる時から俺はずっと親子を抱えているわけで
「あの、こんなおばさん重いでしょ?降ろしてくださいな。」
照れた様子で顔を合わせず囁いた。
ドキッとした。
子供を産んだことがあるなんて思えない程綺麗で、そしてゾクッとするほど妖艶なのに愛らしく・・・余裕でいけるね。
「おにいちゃん?顔赤くない?お母さんも」
将来絶対美人になる美少女でフサフサの耳を思う存分撫でたい衝動を抑える。
とりあえずマイスペースに入るか。
二人を抱っこしたまま扉を開けてマイスペースに入った。
マイスペースではリュードとシャーライが遊んでいて、それをマリアがほほえみながら見守っていたのだが、女性二人を抱きかかえる私を見て目がつり上がっていった。
「あら、また可愛い子を攫ってきたのかしら?って本当にかわいいわね。」
事情を話して誤解を解いた。
紳士オブ紳士の俺に美少女誘拐の常習犯のような誤解をされるなんてありえないことだからな。
これからはマリア、リュード、シャーライ、ミャン、ヤルンと生活することになった。
食料調達どうしたら良いだろう?
地面があるから畑でも作るか?
色々考えながら、次の救世主を待つ世界は食料を確保できたら良いなと都合のいいことを思うのだった。