19話.異常を探れ
召喚陣に二人して囲まれて異世界転生してしまった。
戻ったら防犯カメラの映像の証拠隠滅と、この女性がいなくなったことを不審に思って確認するだろう店員さんへの説明もしないといけないな。
オーナー権限で何とかできる気がしない。
警察が入ってたらアウトだな。
召喚陣の光が収まると、彼女はまだお釣りを俺の手で挟んで握っていた。
辺りを見回すと洞窟に見えるな。
あえて手を握ってますよとかは言わない。
まずは安全確保。
人の気配なし。
いやおかしいだろ! 召喚しておいて召喚主がいないことってあるか?
あるな・・・機械が召喚したパターン?また?
とりあえず立ったままで気絶してるような彼女に声をかけるしかなさそうだ。
「すみません。大丈夫ですか?」
「あ、え? えっと。これ何? 怖いよ」
状況を理解したのか徐々に震えだした。
俺はゆっくりと力の入った手を不本意ながら解くと、逆に俺の手で彼女の手を包み込んだ。
「信じられないかもしれないけど、俺異世界を救いまくってる勇者みたいな人間なんだ」
「私を拉致したってことですか?」
いやいや、さっき誤解を解こうとか思ってた設定が逆に作用してる~
「俺の意志を無視して苦しんでる世界が俺を呼ぶからこっちでコントロールできないんですよ」
「だから何の話ですか~」
暗い場所でホラーを話された女性の反応みたいに涙を溜めた目で少し怒っている。
「とりあえず、怖いことがないようにあなたは守りますから、安心してください」
そう言うと渋々手を離してライトを唱える。
光球が手の平から生まれた光景に彼女は更にびっくりして尻餅をついてしまった。
ウェイトレス衣装のスカートの裾がちょっと際どいけど、紳士の俺はゆっくり手を取って助け起こす。
「魔法?」
「そう、魔法です。色んな戦う為の術を鍛えているので、こういう世界に呼ばれちゃうんですよ。巻き込んでしまってごめんなさい。」
「そうなのね。私は巻き込まれたの」
納得するように呟いた。
「ごめんなさい。タイミングがお釣りを渡してもらったタイミングだったから」
「お釣り」
気づいていたけど、さっき彼女の手を包んだ時にお釣りは地面に散らばった。
230円
670円のコーヒーセットに1000円を出したからね。
良心的なサンドイッチとコーヒーセット670円
看板娘は超かわいい。流行らないわけがないよな。
でも、客が殺到するとそれも鬱陶しいからバラけた客層のお陰で飲食フロアでもなかなか人が踏み入れないのは良いことだ。
経営には詳しくないけど、男子大学生ばかりが殺到する店は男子大学生以外入りにくい。
某大学近くのすた丼屋とかな。
逆に若い女性客があふれるミスドや31に男一人で立ち入るのは勇気がいる。
客層がバラけるとどういうコンセプトの店?私に合うの?と二の足を踏むというのが人間の無意識ではないだろうか。
ま、スタニングについては時間の問題だろうけどな。
「別にいいよ。230円くらい」
その言葉に彼女はちょっと怒る。
「1円を笑うものは1円に泣くのですよ。あなたは両親にもらったお金でしょう?
自分で働いて稼いでいたらそんなふうには言えないのよ」
「すみません。」
「あなたのお父さんもあなたのために働いたお金をそんなふうに扱われたら悲しむよ」
この人ちょっと説教臭い?
「大丈夫です。親を養っていて、自分で稼いだお金ですから」
「え?あなた学生じゃないの?」
「あ~学生じゃないですね。高校は4年制で中退しました」
「何で? ご両親に通わせてもらった高校でしょう?」
やっぱちょっと説教臭い?
「今回のような、こういう事が頻繁にあって、学校も巻き込みかねないし、異世界で3年過ごしたりしてたら中退してたんですよ。」
「そう。こんな事が何度もあるのね。ねぇ、大丈夫なの?」
「さぁ?わかりません。ここがどんな世界かもわからないですし」
「大変なのね。ごめんなさい。何も知らないのに勝手なこと言っちゃって」
いえ、優しい人だなってことと、ご両親をすごく大切に思ってることがわかって、なんか嬉しいです。なんて言わない。
はにかむように苦笑した彼女
「苦笑でも良い。笑ってくれた方が気持ちが明るくなります。
とにかくどういう状況か把握しますので、ここを出ます。」
「ええ、お願いします。」
ではちょっと失礼しますよっと。
とお姫様抱っこしようと思ったら。
「ちょっと、何するの!」
そう言って怒られた。
マリアは有無を言わさずお姫様抱っこしてたけど、誰にでもして良いわけではなかった。
「お姫様抱っこさせていただいても?」
「知らない人にお姫様抱っこしてもいいって女の子はいないのよ?」
そうなのか。それは知らなかった。
「空を飛ぶので腕を引っ張ると痛いかと思ったので」
「そんなことまでできるの?人間が空を飛べるだなんて」
出来ますし、歩くのダルいので。
「とにかく、そういうわけですので、嫌かもしれないけどちょっとだけ、な?」
聞き用によっては変態野郎が風俗嬢に言いそうな発言だけど、今は許せ。
「痛いのは嫌なのでわかりました。
でも、変なことはしないでくださいね」
釘を差されたが紳士の中の紳士たるこの俺が変なことなどしようはずもない。
腕に体重を預けさせて膝裏に当てた腕に力を入れて抱えあげる。
キャッと驚いたようにしがみついてきた彼女を抱きかかえるとフライで高い天井の洞窟内で飛び始めた。
「本当に飛べるんだね。あなた・・・名前まだ聞いてなかったね。」
「俺は筧 陽翔 勇者さ」
「どこかの少年探偵みたいだね、それ」
ふふっと小さく笑った。
「私は伊藤 遊姫。遊ぶ姫って書いてゆきって読むの。おかしいでしょ?」
外したことのない定番ネタみたいなのりで言う。
「名前におかしいとか思わないけど?」
「そうだよね。私、友達から全然遊ばない遊び姫って言われるから」
そういう意味ね。
「俺は陽が翔ぶって書いてはるとって言うんだ。
太陽が空を飛んでるって当たり前だろ?」
「そっか。名は体を表すって言うけど、あなたは本当に空を飛べるんだもんね。
いい名前だよ」
「地球じゃ飛べないけど?」
「魔法使いなのに?」
「勇者だから。それに地球って魔力妨害みたいなのがあって、簡単な魔法でもものすごく疲れるし、難しい魔法だと発動しないしな」
「私は、遊び姫にはなれないかな? 面白みもない人生歩むよって友達にも言われてるし」
「遊びって考えるからそう思うんじゃない?
人生を楽しむ姫になればいいかもな。お姫様抱っこされてるからすでにお姫様だし」
「ちょっとやめてよ~」
ピロートークみたいな会話をしながら洞窟を進んでいると、ふいに天井が開けた場所があったのでそこから外に出た。
「まぶしっ」
姫は突然ライト魔法どころではない日光に声を上げた。
そこは大自然。
熱帯地方のような暑さで大森林の中にポッカリと穴が空いていた。
森は魔獣がいる可能性を考慮して更に上昇する。
木々の更に上まで出ると眼下に広がる大森林。
「すごいね~きれ~。木漏れ日がキラキラする森の中もいいけど、上から見るとこんな感じなんだね~」
「楽しんでもらえて何よりだ。」
とは言っても、何が問題で呼ばれたのか全くわからん。
人里でも探すか。時折、恐竜みたいなのが歩いていたけど、特に気にもせず探して飛んだ。
数件の集落が見つかったので少し離れた位置で地面に降りて姫をゆっくり地面におろした。
「なんか照れるね」
あれだけ飛んでいた時は普通に話していたのに赤くなってこちらを見てくれなかった。
集落に入りこんにちは~と声をかけると家から住人が姿を見せた。
茅葺屋根の家屋は立て付けが悪いらしく、玄関ドアをガタガタと開いて出てきた住人は獣人だった。
猫の顔に人間の体。
「どうかなさったかい?」
猫の顔から普通に日本語が聞こえるのは違和感しかない。
「異世界から呼ばれたみたいなんだけど、何で呼ばれたのか分からなくて。
世界の危機みたいなのなんか聞いたことないですか?」
「いや~わからんね~。都の方ならそういう事もわかるかもしれんがね。ここは田舎だからな~」
「都はどっちに?」
「あ~あっちじゃったかいな~。わしゃここから出ることもないでな~」
役に立たんな。
「とりあえず行ってみるよ。ありがとなじいさん」
「わしゃばあさんなんじゃが?」
後ろから何か聞こえた気がしたけど、気にせず指をさされた方を目指して集落を出た。
またお姫様抱っこタイムだ。
姫に断ってお姫様抱っこすると空に飛び出した。
「ねえ、ハルトくん。さっきの人何て言ってたの?」
「田舎すぎて世界滅亡の危機とかわかんないって。都に向かえばわかるんじゃね?みたいなこと言ってた」
「ハルトくんは日本語なのに、何で通じてるの?私、あの人の言葉全然わかんなくて」
「あ、最初に異世界に呼ばれた時に、どんな言語も伝わるようにしてもらったらしいから、俺もあんま詳しく知らないんだよな。」
邪神と戦ったあの地に降り立つ時に言葉の壁は取り払うって聞いた記憶がかすか~にある。
「それって素敵だね、。ハルトくんは英語もフランス語も世界中の人達と話せるってことじゃない?」
「地球だと魔法が妨害されるからか、英語とかわかんなくてさ、英語の成績も目を覆うレベル」
「ふふっ、そんなに万能じゃないんだね」
「地球ではズルが出来ないって感じだから、一般人と変わらなくてね。
地球で使えたら地球統一もできるんだけど。」
「そんな怖いことしちゃ駄目だよ?」
「やらないし、やれないんだって」
「そうだったね。」
やっぱり空を飛んでる時は饒舌に話してくれる。
都らしきものは見えてこない。
こちらを襲う気満々の鳥型魔獣は姫に気づかれない距離で長距離スナイプして撃ち落としていく。
何となく身動ぎした姫が無言の時間が訪れたので気になり一旦地面に降りる。
地面に降り立つと姫を立たせて
「何かあった?」
姫をつま先から頭頂まで確認するが特に以上は見受けられない。
「空が、その、ちょっと寒くて」
「いや、暑いだろ。36度位ありそうだけど?」
「そういうことじゃなくって、お手洗いに」
「あ~悪い。そういうことね」
俺はマイスペースを開いて家に誘導した。
考えてみれば、姫はバイトからそのまま連れてこられたわけだから、バイト中のトイレも行けなかったんだろうな。
トイレの場所だけ教えたけど、急いでいるはずなのに姫は靴を玄関で揃えてお邪魔しますと廊下を歩いていった。
俺なんて靴を適当に脱ぎ捨ててダッシュでトイレに駆け込むんだけどな。
お上品なことだ。
だが、それがまたイイ。
やはり姫は俺の癒やしだわ。
「ごめんなさい。待たせてしまって」
「いや、バイトからそのままだったからそういうことも考えないと駄目だったな。悪い」
「いいえ、ハルト君にとってもどうしようもないことだったのならしょうがないよ」
「とにかく行こうか」
空は煌々と日が照らしている。
21時位に召喚されたと考えたらなかなか時差ボケが置きそうな状況だな。
いや、せっかくマイスペースを開いたわけだから、ここで休むか。
「と思ったんだけどさ。時差ボケで苦しみそうだからこのまま家で寝ようと思うけどどう?」
「その聞き方、ちょっと下心ありそうで怖いよ」
「いやいや、紳士の中の紳士の俺に、何をおっしゃるのやら」
「ハルトくんくらいの年齢の人が紳士なんてありえないらしいよ」
「マジで何もしないからちょっとここで休憩していかね?」
「その言い方が駄目なんだよ~もう!」
姫は笑ったけど、疲れを取らないと行けないことは確かなので同意してくれた。
マイスペースに入り、お風呂どうぞとお風呂に入ってもらおうとしたらハルトくんが先でお願いします。
とやんわり拒否された。
匂いか?お湯か?流石にそんな変態的嗜好はないんだが?
とりあえず風呂に入りながら、久しぶりに会話が楽しいな~とニヤニヤしてしまう。
姫のために早めに風呂を空けないととさっさと頭と体を洗って風呂からあがると再度姫に勧めて晩御飯の準備をする。
この前大量に食料品を入れた冷蔵庫は、ザガニの試作品のモンブランが占拠していたのでカップ麺しか食べるものがなかった。
着替えの事も考えてなかったけど、最悪クリーンの魔法で汚れを落としてドライで乾かせばいいだろう。
俺は気にしないけどな。
そんなこと言ってられない生活を経験した身としては気にならない。
ユーライも気にしないんじゃないか?
風呂から上がった姫がキッチンに姿を表した。
ツヤツヤした流れるような黒髪はツルンツルンと姫の手櫛に弾かれて本当に美しい。
体型はふっくらストンとしてるけど、本当に美人だ。
「なんだか気持ち悪いね。お風呂に入ったのに使った下着をもう一度って」
やはり言い出したので、クリーンとドライで新品同様にする。
この魔法の良いところは洗濯機と違って女性物の下着のネットだの何だのってややこしい事を無視できるところだ。
魔法できれいにしたから新品同様になったと伝えると嬉しそうにした。
「せっかくの大自然なのにカップ麺はもったいないね。」
「しょうがないだろ。冷蔵庫の中がモンブランしかないんだから。」
「え?モンブランがあるの? 食後のデザートにしましょう」
まぁ、いいけど。
カップ麺を二人ですすり、デザートまで食べてから部屋に案内した。
俺は自室に戻り、意外と疲れていたのかすぐに眠気が襲ってきた。
明日は都とかで情報収集だな。
翌朝、朝? この星は何十時間朝なんだ?
自転がなく、常に太陽を向いているなんて星は存在するのだろうか?
いや、衛星が太陽光を反射してると考えるほうが自然か。
衛星の組成が光や熱を反射するものであればなくもないのか?
まぁ、俺の知識じゃわからんから無視するか。
何はともあれ、まずは朝飯だ。
カップ麺しかないけどな。
ザガニめ。今度説教だな。
そういえば、マイスペースと自宅の部屋を扉で繋いでたんだよな。
姫だけ先に帰らせるか。
ものすごく残念だけど。
起きてくるまでにお湯を沸かしておくか。
魔法だけどな。
いい感じの温度でお湯をやかんに入れて姫が起きるのを待つ。
適温を手動で保ちながら待っていると恥ずかしそうにキッチンに現れた。
「おはよう、ハルトくん」
彼女の髪の毛は爆発している。
「お、おはよう」
「お風呂に入るとツルツルになるんだけど、体質なのか朝は髪の毛が酷いのよ。
朝から申し訳ないんだけど、お風呂貸してもらえる?」
「いや、それはいいんだけど、姫さん地球に帰る?
ここから地球に帰れるの忘れてたんだけど」
「え?帰れるの? 両親も心配してるから帰りたいけど、ハルトくんはどうするの?」
「召喚された以上何かしら問題はあるだろうから、俺はここで問題解決のために手を貸すよ。」
「寂しくないの? 一人で無関係な人達のために命がけで戦って。大変でしょう?」
「そりゃそうだけどな。俺には力をつけないといけない理由があるから」
「そういうのかっこいいね。責任を果たすとか男の子のそういう所」
「とはいえ、他の異世界を助けないといけない責任なんてないんだが?」
「それでも、誰かのために頑張るのは凄いと思うよ。
私がいたほうがちょっとでも助けになるなら」
「いや、大丈夫だ。一人で戦うのは慣れてるからな。」
「そう?ごめんね。何も手伝えなくて。私一人だと怖くて泣いてるだけで死んでたかもしれない。ありがとね。ハルトくん」
「お別れの雰囲気出してるとこ悪いんだけどさ。俺も一度地球に戻らないと、地球の俺の家に繋がってるから皆に説明しないといけなくて」
「そうなんだ。じゃあ、お願いします」
そして、地球の我が家への扉を開けた。
自宅の使っていない場所に設置した扉を抜けるとシャーライがいた。
「シャーライ、俺まだ家の中で迷うから、皆のところまで案内してくれるか?」
「わん」
返事をしたように吠えるとついてこいとばかりに背中を向ける。
今日はリュードと一緒じゃないんだな。
「ねぇ、何あの大きな犬。顔が2つあるように見えるけど」
「あれも異世界で保護したんだ。ここは俺の家だけどいろんな世界で保護した人達を住まわせてる。人間以外もいるけど驚かないようにな」
「うん、わかった」
地球育ちではありえないほど汚れていないというか何というか純粋無垢な感じだな。
シャーライの案内でリビングにつくと、皆いた。
いないのは父さんだけだ。
「あら~また可愛い子を連れ込んだわね~」
と母さんが口火を切った。
「母さん、皆も聞いてくれ、彼女は地球人だ。俺の召喚に巻き込まれただけの被害者だ」
え?と皆が押し黙った。
「またどこかの世界を救って保護してきたわけではなく?」
「ああ」
「こっちに自宅があるのね?」
「そういうことだ」
「ちょっと待ってよ!どこかで見たことあると思ったら、あなたの服、ここにあるカフェのじゃない!」
「とりあえず、俺はもう一度その異世界を助けに行ってくる。
まだ、何の問題が起きてるのかもわからないんだ。
だから、もう一度行ってくる。
姫さんについては任せたよ。」
そういって、俺は扉の部屋が分からなくてシャーライを呼び、連れて行ってもらった。
扉をくぐり、マイスペースを出ると、何となく残念に思いながら一人で空を進んだ。
皆に任せておけば姫さんも何とかなるだろう。
―――伊藤 遊姫―――
彼は不思議な人だったね。
度々異世界に呼ばれると世界を助けて回っているらしいけど、魔法を見せられた今は信じるしかないよ。
空も飛ぶんだもん。
空・・・。
初めて男の子にお姫様抱っこされちゃった。
重くなかったかな?
変な匂いとかしてないよね。
地球に戻ったらハルトくんの家は大豪邸で、人間以外も居るって言われてたけど、本当だった。
色んな人が住む色んな世界で戦って人を助けるなんて立派だね。
でも、少しだけ虚勢を張っている気がして、頭を撫でたい衝動に駆られた。
頑張ったんだねって。
それにしても、ふふっ。自分の家なのに迷うって豪邸も大変なんだね。
スマホはバイト先に置いたままになっている。
バイト中はスマホ禁止なので鍵付きロッカーに入れるルール。それも取りに行かなきゃ。
ハルトくんのお母さんは話が聞きたいからってバイト先に説明したらここに戻ってくる予定になっている。
「私が送っていくよ。」
エリナさんというきれいな女の子が案内を買って出てくれた。
玄関を出て廊下に出て驚いた。
丸々ワンフロアが自宅ってすごい。
廊下に出たら上に行く階段とエレベーターしかない。エレベーターはエリナさんの持っているカードを近くの端末にかざすと誰も乗っていないときなら最優先でここまで来るそうだ。
本当に凄いよ。
エレベーターホールを出るとビジネスビルか大型ホテルみたいに大きなエントランスがあってシャンデリアがとても高い天井に吊るされていて贅沢過ぎて私には絶対に一生縁がない気がする。
エリナさんはこっちだよと手を引いてくれる。
エントランスにある扉を出ると、マンションの集中インターホンがあって、あの家に連絡するときには番号を押して呼び出しボタンを押すらしいと教えてくれた。
エリナさんはインターホンを使ったことがないそうだ。
家の番号は?と聞くとわかんないと言っていて少し可愛い。
でも、番号がわからないと呼べないんだよね。どうしよう。
大丈夫だよ。私も一緒にお店に行って、戻ってくるだけだからね。
一緒に行ってくれるんだって。優しい。
ってちょっと待ってよ。ここ、スタニングのある商業施設の・・・。
嘘でしょ。こんなところに住んでるの?
しかも、最上階のワンフロア貸切って、ここの施設全体のオーナーさんとかいう噂の。
それがハルトくん?信じられない。
魔法より信じられないよハルトくん。
バイト先に行って、昨日はすみません。と店長に伝えると、無事で良かった~とへたり込んでしまった。
事情は何と説明して良いのか分からなかった。
するとエリナさんが。
矢島さんに問い合わせてもらえますか?
オーナーの筧さんが、こちらの女性に用事があったために連絡もなく呼び出してしまいまして。
と伝えてくれた。
あとで聞くとこれでも貴族の娘だからねと言って笑っていた。
貴族。身分制度のあった世界の住人だったんだね。
ありがとうとエリナさんに小声で感謝を伝えてから、元々今日は休みだったので、他の同僚にも挨拶をしてからスマホを回収してエリナさんとハルトくんの家に向かった。
そこからは凄かったよ。
ハルトくんのお母さんから根掘り葉掘り聞かされたかと思うと、他の人達がどんな世界に生きてどんな風に世界を救ってくれたとかそんな話を色々した。
本当に色んな世界を助けてるんだね。かっこいいよハルトくん。
そんな時、アマンダさんが
「ゆきさんのご両親が心配してるのではなくて?そんなに質問攻めにしないで日を改めてはいかがかしら?」
と丁寧な話し言葉で優しくあんじてくれたけど。
「私、両親いないんです。1年前に事故で死んじゃって。
だから、私バイトして、遺産に手を付けなくても生活できるようになろうって思って」
「あらあら、悪いことを聞いちゃったわね。ごめんなさいね」
アマンダさんはそう言って慰めてくれるけど、涙が余計に溢れてきて。
「じゃあ、こうしましょう。私がお母さん代わりになるわ。あなたもうちにいらっしゃいな」
涙が止まった。
ハルトくんと結婚しない?って質問なの?
「お母さんでもハルトの意見を聞かないで勝手に結婚相手を決めるなんて」
マリアさんが少し責めるようにハルトくんのお母さんに詰め寄る。
「違うわよ。私がお母さん代わりになるだけ。陽翔の結婚相手は陽翔が決めることよ。
私はそうね、養子に迎える感じかな? 名字が変わったらご両親も悲しむだろうからね。それは喜んで名字を変えたいときまで残しておきましょ。ねっ?」
「そんなご迷惑をおかけするわけには」
「違うのよ。この家は陽翔の家だし、すごいお金も持ってるけど、私の旦那も働いてるし、お金は問題ないわ。うちの子にならない?」
「家賃も払えませんし」
「そんなこと気にしちゃ駄目よ。私が気に入ったから一緒に住みましょっていうだけで、難しく考えなくてもいいわ。
陽翔が次から次へと異世界の人を保護してくるから賑やかになって嬉しいのよ。だからうちに来て。」
「私、何もお返しできないし、役にも立てないです。」
「ゆきちゃんはきちんとこっちに戸籍のある地球人よ。
両親の私達が庇いきれない場合もあるかもしれないわ。
そんな時に、あなたがいてくれるだけで心強いの。それだけで役に立ってくれるわ」
「私もこんなに色んな人がいる場所で集団生活できるなら寂しくないし嬉しいですけど、本当に良いのでしょうか?」
いいのよ~とちょっと強引にここでの生活が決定してしまった。
家主のハルトくんの了承も得ないまま。
そこから自己紹介をしあって部屋をもらった。
バイトまで徒歩3分になる。
自転車で15分が3分に。
そこはちょっと嬉しい。
お線香をあげたり、掃除したりで日曜日だけ家に帰るとかそんな風に決めましょう。
みんなで一緒に生活することにワクワクしてる自分がいて、
何よりハルトくんと一緒に生活するのね。
ひとつ屋根の下に男の子が居る生活ってどんな風になるんだろう。
ちょっと甘酸っぱい気持ちが込み上げた。
―――ハルト―――
あれから空を飛び回りようやく都を見つけた。
微妙に方角が違ったんだろうな。無駄に移動してしまった。
都に入り、話を聞いていくが特に何も出てこない。
参ったな。
はぁ~。
はぁ~。
ため息が隣からも聞こえてそちらを見る。
相手も同じようにこちらを見たため視線が合う。
「何かお困りですか?」
「いえ、ちょっとここでは。
そちらは?」
「この世界が危機に瀕してるはずなんだけど、誰も異常を感じてないんで」
「あなた、どこでそれを!?」
「俺、別の世界の人間なんだけど、危機的状況にある世界に呼び出される特殊体質でね。そこの問題を解決しないと帰れないんだよ。」
「もしかして、この世界を助けてくれるのか?」
「あんたはこの世界の危機を知ってるのか?」
「こっちに来てくれ」
そうして俺はその人について天文台に入るのだった。




