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Lawless Hunter 首狩りジャック  作者: 佐久謙一
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 ジャックはゆっくりと扉を押し、部屋に入る。そこはかつてのボスの部屋であり、今はその息子が陣取る場所であった。

「やってくれたな……ジャック」

 部屋に入るなり、ニックの憎々し気な言葉が投げかけられた。

 ジャックが声の方に顔を向けると、ニックがデスクに腰かけ、ウィスキーの入ったグラスを揺らしていた。

「……親父もよくそのグラスで飲んでいた」

「あぁ、そうだな。親父はテキーラのストレートが好きだった。俺はウィスキーのが好きだが」

「何故殺した?」

「話をする前に、そのでかい獲物をしまってくれないか? こっちは丸腰だぜ。久しぶりに二人っきりで話そうじゃねえか」

 ニックが力無い笑みを浮かべながら言った。ジャックは自身が握る鉈に視線を落とし、ゆっくり頷いた。

「分かった」

 おもむろにジャックは鉈を背後の開ききった扉に突き立てた。すると男の悲鳴が響き渡り、鮮血と共に扉の後ろから黒服の男が崩れ落ちた。

「これで二人きりだ」

「相変わらず腹立たしいほどに鼻が利くな」

 ニックは悪びれた様子もなく、自嘲気味に鼻を鳴らしながらグラスをあおる。

「よく親父も言ってたな。ジャックを見習え。ジャックの言うことをよく聞け。クソッタレ。あぁ、確かに手前を兄のように慕ってた時期もあったさ。実際手前は強かった。いつだったか、中国人ともめたことがあったな」

「中華街で権力争いしていた奴らのことか」

「あぁ、そうだ。キレるとすぐでかい剣を取り出してくる奴らだった。手前がそいつらのアジトに一人で向かったって聞いた時、俺は仲間を連れて加勢に行こうとした。だが、親父は言った。一人で問題ないと。その言葉通り、手前は無傷で連中を皆殺しにしてきた」

 ニックはそれだけ言うと、突然グラスを床に叩きつけた。グラスは大きな音を立てて砕け散り、ジャックの足元に散らばる。

「ジャック。ジャック。ジャック。ジャック。あぁ、親父はいつもそうだ。重要な仕事はいつもお前で、俺にはガキの使いみたいな仕事しか振らねえ。何かやろうとする度に、ジャックに任せろ、お前にはまだ早い。しまいには足を洗うだと!? ふざけんじゃねえ!」

「……それがファミリーを裏切った理由か」

「裏切る? 違う。俺はファミリーを再構成したんだ。親父は一代で財を成した。だったら俺もやってやる。親父の比護も、親父の金も、親父の部下も、全部必要ない!」

 ニックはおもむろに背広を脱ぎ捨てる。その左脇には銃が収められたホルスターが取り付けられている。

「来いよ、クソッタレ。あとは手前だけだ。手前を殺して親父の呪縛を取っ払ってやる」

 ジャックを睨みつけるニック。ジャックはその視線をまっすぐに見返す。

「俺に勝てると思っているのか?」

「勝たなきゃ何も変わらねえ!」

 ニックが銃を抜く。それと同時にジャックはニックに向かって鉈を抜き放つ。

「手前のやり方は知ってんだよ!」

 その動きを予測していたかのようにニックは地面を蹴り、横に転がりつつ銃を撃つ。ジャックも咄嗟に横に転がり銃撃をかわす。ジャックが二刀目を放る。それと同時に新たな鉈を抜きつつ、ニックに向かって駆け出す。

 自身に向かって飛んでくる刃。ニックは全く避けるそぶりも見せず、薄ら笑いを浮かべ、その刃を体で受けた。

「何っ!?」

 ニックの行動に、ジャックの動きが一瞬鈍る。それを察知したニックは笑みをますます大きくし、ジャックに向かって銃口を向けた。

「知ってんだよ。近づくために剣を投げる時は、相手に回避させて動きを制限させるためであって、殺す目的で投げてねえってな」

 絶え間なく銃声が鳴り響き、ジャックの腹を銃弾が貫く。腹部が一瞬にして真っ赤に染まり、ジャックはその場に膝をついた。

「俺は、ずっと手前を見ていた。いつか手前みたいになりたかった! 親父に頼られ、部下からの信頼も厚い、手前みたいな男に!」

 ニックは弾を撃ち尽くした銃を投げ捨て、自身に突き立てられた鉈を体から抜いた。傷口から血がとめどなく流れているが、ニックは気にせず、ふらふらとした足取りで、ジャックに近付いていく。

「ジャック。俺は、今日、手前を超える。新生ラングファミリー。新たな門出だ。もう俺を縛るものは何もない。自由だ。俺は自由だ!」

 ニックはそう叫び、ジャックの首に向かって鉈を振り下ろす。ジャックの首の肉を引き裂き、刃が奥深くへと侵入する。

 だが、そこで刃は止まってしまった。傷によって思ったように力が入らず、骨で阻まれてしまったのだ。

「ぐっ!」

 ニックは悪態をつきながら、もう一度刃を振り下ろそうと腕を持ち上げる。だがそれと同時にジャックの腕が素早く動く。

「……剣はこう使うんだ」

 ジャックの言葉と共にニックの右腕が根元から吹き飛び、血を噴水のようにまき散らす。さらに返す刃でニックの両足をぶった切った。

「があああああああ!!」

 悲鳴と共に血だまりの中に崩れ落ちるニック。そんな彼を、ジャックをゆっくりと立ち上がりながら見つめる。

「……畜生、いてえよぉ」

「……俺の首もはねられないようでは、裏の世界で生きていくことなど不可能だ」

 その言葉に、ニックは荒い呼吸を繰り返しながらジャックを睨む。その口がわずかに動くが、その言葉は聞き取れないほど小さかった。

「……だが、あの捨て身の攻撃。見事だった。もう少しで俺はやられていた。腕を上げたな」

 ジャックとニックは無言で視線を交わす。かつて共に肩を並べ、今は殺す者と殺される者となった二人。

 ジャックは小さく息を吐くと、鉈をニックの首元に突きつける。その様子をニックは静かに見つめていた。

「……何か最後に言うことはあるか?」

 ジャックが尋ねる。だがニックはもはや小さな呼吸を繰り返すだけで喋られる様子ではなかった。その時、ニックの左腕がゆっくりと動き出す。震える腕を必死に持ち上げ――そしてジャックに向かって中指を突き立てた。

「……さらばだ、ニック……弟よ」

 ジャックの鉈が振り下ろされ、ニックの首をはねた。

 音を立て、床を転がるニックの首。ジャックは視線を落とし、大きく深呼吸する。

「……終わったよ、親父」

 静かになった部屋の中、ジャックはポツリと呟いた。血の海と死体の転がる部屋の中を見渡し、かつてのボスの姿を思う。

 テキーラを煽り、上機嫌な様子のボス。ボスはジャックの肩をポンポンと叩きながら大きな笑みを浮かべている。

『息子が生まれた。ジャック。俺の跡継ぎだ。さあ、お前も飲め』

 ジャックにショットグラスを持たせ、そこにテキーラを注ぐボス。そのグラスを困惑した表情で見つめるジャック。

『どうした、ジャック? 浮かない顔をして』

 ボスは首をかしげながらジャックの顔を覗き込む。やがて肩をすくめながら微笑む。

『自分の立場を奪われそうで不安なのか? ジャック』

『いや、別に俺は……』

 しどろもどろになるジャックに、ボスは声を上げて笑い出す。

『ジャック。確かにお前とは血が繋がっていない。孤児であるお前を拾って色々と汚いことをさせてきた。だがな、お前さんを赤の他人と思ったことは一度も無い』

 ボスはジャックの腕を力強く叩き、言葉を続ける。

『ジャック。お前は俺の立派な息子だ。昔も、今も、そしてこれからもな。そして生まれた息子は、お前の弟だ』

 ボスはデスクの上に置かれた、くし切りされたライムを手に取ると、それをジャックに持たせる。そして塩を一つまみ、ジャックの親指と人差し指の付け根に乗せた。その後、自分も同様にライムを持ち、塩を乗せる。

『弟を守ってやってくれ、ジャック』

 ボスの言葉に、ジャックは大きく頷いた。そして互いに塩を舐め、グラスをあおり、そしてライムをかじった。

「……親父」

 か細い声でジャックは呟いた。ふらふらと部屋の中を歩き回り、家具や酒瓶を見て、昔の思い出を蘇らせる。やがて視線はニックの――虚ろな瞳をこちらに向ける弟の首で止まった。

「……ニック。親父。俺もすぐに会いに行くよ」

 ジャックは鉈を握る腕をゆっくりと持ち上げ、その切っ先を自身の首に向けた。

「……親父と弟のいる場所が……俺のいるべき場所だ。俺達は……家族だからな」

 ジャックの手に力がこもる。そして勢いよく自身の首に刃を突き立てようとする。

 ――もし行く当て無いなら、うちに来ないか?

 ジャックの腕が一瞬止まる。互いの命を奪い合い、そして短い間共闘したハンターの言葉。

 ジャックは目を閉じ、自嘲気味に鼻を鳴らす。

「誘いの言葉。嬉しかったぞ、ハンター」

 そして――ジャックは自身の首に刃を突き立てた。

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