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『――ハハハ! 勝利の美酒は最高だな!』
車の座席に置いたノート端末からは、酒を楽しく飲んでいるニックの声が流れていた。笑い声と共に、次々と酒を飲んでいる様子に、コウは大きなため息を吐いた。
「依頼での嘘、報酬の踏み倒し、そして俺達への敵対行動。スリーアウトだな」
目の前で揺れる巨大な黒煙を眺めつつ、そう呟いた。
「つうか、知らねえぞ」
コウはゆっくりと振り向き、背後で行われている行為に視線を送る。
コウの視線の先では、大型ミニバンの天井に昇ったレイが、何やら作業を行っていた。
簡易的な足場と、それを囲う防弾板。そしてそこから太く突き出した巨大な銃口。
彼がやっているのは、銃座作りだった。怒気に満ち溢れた顔で黙々と、そして恐るべき速さで組み上げている。
「あ~あ。おっさんを完全に怒らせちまって、知~らねえぞ」
おどけた様子でそう呟くコウ。そして車の後方から伸びる一本の長いチェーンに視線を移した。チェーンは車の後部座席から、黒煙の方にまっすぐ伸びている。
「そろそろチェーン回収しとくぜ?」
そちらに足を進めつつ、コウが言う。レイからの返事はなく、一心不乱に作業に没頭している。そんなレイの様子に、呆れたように息を吐きつつ、コウは後部座席に置いてあるドラム型のコードリールを手に取った。それを地面に置き、ぐるぐると回す。金属同士がこすれ合う音を響かせながらチェーンが巻き取られていき、しばらくすると黒煙の中から、ボストンバッグの切れ端が絡まった鎖の先端が顔を覗かせた。
「しかし、よくバッグに爆弾が仕掛けられてるって分かったな。報酬をこいつに括り付けて引きずっていくとか言いだした時は、遂にボケが始まったのかと思ったぞ」
チェーンの回収を終えたコウは、コードリールを車内に放り込んだ。
「分かっていた訳じゃない」
手を止めないまま、レイが口を開く。
「分かっていたのは、ニックが俺達を生かして返す気は無いということだけだ。館のいたるところに仕掛けた盗聴器から、中にいる連中の会話をずっと聞いていたからな」
そう言って、レイは自分の耳を軽く指差す。最初にニックの館を出るときに、そこに耳栓型のイヤホンを取り付けていたのを、コウは思い出していた。
「報酬を支払う時か、支払った後か。金が偽札だったのを考えると、それほど間を開けるはずはないと踏んだ。バッグに何か仕掛けられているのは可能性の一つとして考えただけだ」
「えっ、偽札だったのか?」
「ああ。よく見てみろ。勉強になるぞ」
レイはそう言って、ポケットから百ドル札の束を取り出すと、それをコウの方へ放り投げた。札束を受け取ったコウは、その一枚一枚をしっかり確認する。しかしどの札もコウには本物のようにしか見えなかった。
「どこで見分けるんだ? 透かしもちゃんとあるし」
「その透かしをよく見ろ」
レイに言われた通り、透かしをじっくり観察する。よくよく見ると、札の右端に浮かび上がっている人物がベンジャミンの禿げ頭では無く、リンカーンのヒゲ面だった。
「本物の五ドル札を漂泊して、上から百ドルの絵を印刷する古い手だ。他にも印刷がわずかに途切れている物。一部の凸凹を無くしている物。様々なパターンで作成された――まるで偽札の見本市だな。おそらく偽札を新事業としてやるつもりなんだろう」
レイはそう言うなり、天井から降りた。作業を終えたようだ。コウは車の天井に取り付けられた銃座を眺めながら、呆れたように息を吐いた。
「世界広しと言えど、対物ライフルにドラムマガジン付けて、機関銃代わりにする馬鹿は、おっさんだけだろうな」
「コウ、運転しろ」
工具を片付けたレイは、防音用のイヤーマフをコウに渡す。
「はいはい、お客様。目的地は?」
イヤーマフを取り付けながら、コウは運転席に乗り込む。しばらくしてイヤーマフの内臓スピーカーからレイの声が聞こえてくる。
『よし、出せ。ニック・ラングの館の前だ』
それを合図に、コウは車を発進させ、煙に向かって走らせた。
「道中、車体が揺れることもございますが、どうぞ快適な天井の旅をお楽しみください」
『着いたら館前で八の字に動き回れ』
黒煙を抜け、ニックの館が見えてくる。コウはアクセルを強く踏み込み、門に体当たりして館の敷地内に入り込んだ。
敷地内にいた黒スーツが、こちらを認識し、驚きの表情を浮かべる。瞬間、車体を震わす程の鈍い銃声が鳴り響き、目の前の黒スーツが文字通り砕け散った。




