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「ニック。取引で一番大切なことが何か、分かるか」
札束を受け取りながら、レイは言った。突然話を振られたニックは、一瞬固まりつつ、レイに不機嫌そうな顔を向ける。
「あ? 知るかよ」
ニックの素っ気ない答え。レイは札束をぱらぱらとめくりながら言葉を続ける。
「信用だ。いくら金と力を持とうとも、信用無くしてはいずれ倒れる。敵に潰され、身内に裏切られ――」
レイはニックをまっすぐに見据え、札束をポケットにしまった。
「代償を命で持って償うはめになる。特に裏社会ではな」
「あぁ、何だ? 俺に言ってんのかい、ハンターさんよ」
レイを睨みつけるニック。レイは鼻を小さく鳴らし、ゆっくりと口を開いた。
「ただの組織を担う者としての心構えだよ、二代目」
レイはそれだけ言うと、コウの方に顔を向け言葉を続ける。
「コウ、金を数える必要はない。ニック・ラングを信用する。さあ、ずらかるぞ」
レイは足早に金の入ったバッグまで近付くと、それを片手で持ち上げた。
「……オッケー、ボース」
一連のやり取りを黙って見ていたコウはそれだけ言うと、そそくさとレイの後につく。
黙ったまま部屋から出ていく二人。ニックは細めた目で二人を睨みつつ、静かにその背中を見送った。
「信用……ねぇ」
一人部屋に残されたニックは、しばらくの間、しまった扉を睨み続けていた。そして残ったウィスキーを一気に口に放ると、新たに酒瓶を開け、グラスに注ぎ始める。
「違うね。力さ。力が無いなら、くたばるだけ。それか、寄生虫のように無様に生きるだけ」
ニックは窓の近くに歩み寄り、外に視線を向ける。その先には大きな庭が広がっており、駐車スペースも見て取れる。
「俺は親父のレベルで満足しない。もっと上に昇る」
ニックはゆっくりとグラスを傾けながら、ぶつぶつと呟く。そうしていると、背後の扉が静かに開き、黒服の男が入ってきた。
「ニック、奴らを見送ってきました」
その報告を受け、ニックは駐車スペースに目を向けた。
そこでは、ちょうどレイとコウが車に乗り込んでいるところだった。重厚なエンジン音を響かせ、車が動き出している。
「今日はラングファミリーの、新たな一歩を踏み出す日だ」
ニックは車に視線を向けたまま、そう言った。車は門を抜け、外へ走り去っていく。耳に響くエンジン音も木霊のように小さくなっていく。
ニックはウィスキーを一気に飲み干し、グラスを窓枠に置く。そしてポケットから小型のリモコンを取り出すと、アンテナを伸ばし、スイッチを押した。
突如、巻き起こる巨大な爆発音。
闇夜の静寂を破壊し、鳥たちがざわざわと慌てた様に飛び回る。歓喜の表情を浮かべるニックの目には、門の外からモクモクと大きな黒煙が立ち上る光景が映っていた。
「祝いの花火をありがとよ、クソッタレハンター共。地獄で悪魔とファックしてな!」
ニックは高らかにそう叫び、大きな声で笑い始めた。それに釣られるように黒服の男も笑い始める。
「さあ、祝杯だ。厄介事が一気に片付いた。明日はパーティだな! そこでジャックを処刑しよう」
ケラケラと笑いながら、新しいグラスを二つ棚から手に取り、ウィスキーを注ぐ。片方のグラスを黒服に渡し、もう片方のグラスを高々と掲げる。
「ファミリーに!」
そう言って、ニックはウィスキーを口に一気に流し込んだ。黒服もそれに倣う。棚の酒瓶を次々に開けていき、まるで全てを飲みつくす程の勢いで、二人は酒をその身に流し込んでいた。




