17
ラングの館に到着した彼らは、ジャックの巨体を二人がかりで引きずりながら、館の扉を叩いた。
「ああ、クソッ。早く出ろよ」
痛みに顔をしかめながら、コウは何度も扉を叩く。しばらくして重々しい扉が開き、しかめ面をした男が顔をのぞかせた。ニックの傍らにいた黒スーツだった。男は眉をひそめたまま、コウとレイを交互に見比べ、憎々し気に口を開きかけたが、彼らが抱えているジャックの姿を認識した瞬間、その顔が凍り付いた。
「報酬の準備は出来ているんだろうな」
レイがドスの利いた声で言い放つ。男は慌てた様子で扉を開け放った。
「と、とりあえず中へ。報酬はすぐに準備する」
男は一階脇の部屋に彼らを案内すると、そそくさと二階への階段を昇っていった。
「……ありゃ、金を用意してないな」
コウは部屋の真ん中にジャックを降ろすと、近くのソファに倒れこむようにして座った。案内された部屋は窓もない物置のような場所で、多少の息苦しさを感じた。
「もし用意できなかったらどうするんだ?」
「回収方法はいくらでもある。この辺の家具一式だけでも十分なくらいだ」
レイはそう言って、棚に置いてある古びた置時計に軽く触れる。
「おっさんが個人的に欲しいだけじゃねえの?」
「まあ、それもあるが、どれも良い品ばかりだ。この時計も軽く百万で売れるだろう」
そんな会話をしながら、二人して家具や装飾品を物色していると、扉がノックされ、先程の黒スーツが慌てた様子で入ってきた。
「待たせたな。金を用意した」
黒スーツの言葉にコウは思わずレイの顔を見る。レイは一瞬考えるそぶりを見せた後、コウに向かって小さく頷いた。
「さあ、こっちだ」
黒スーツの男はそう言うなり、そそくさと早歩きで進み始めた。二人は促されるままに、その後に着いていく。
「なあ、おっさん」
コウは小声でレイに尋ねる。
「すっげえ嫌な予感しかしないんだが」
「同感だ」
レイも小さく頷きながらそう答えた。
「まあ虎穴に入らずんば、だ。用心はしておけ」
レイの言葉にコウはウンザリしたように唸る。やがて二人が案内されたのは、二階の奥の部屋、赤いカーペットの敷かれた縦長の部屋だった。木製の戸棚には様々な種類の酒ビンが並び、むせ返るようなアルコールの臭いに包まれていた。
「よう、お前らならやってくれると思っていたぜ」
部屋に入るなり、そんな声が聞こえてきた。声の方に顔を向けると、下卑た笑みを浮かべたニックがこちらを見ていた。派手に装飾のされた一人用の椅子に座り、デスクに両足を投げ出した姿勢のまま、琥珀色の液体が入ったウィスキーグラスを掲げている。
「ハロー、ニック。私達は完璧な仕事が出来るプロです。それが報酬が高い理由です」
コウは張り付けたような営業スマイルで応答する。レイのほうは相変わらずの仏頂面で壁にもたれかかっている。
「確かに、あのジャックを生け捕りにしてくれるとはな。良い腕だ。いや、今日は最高の日だ」
ニックはゆっくりと立ち上がりながら、肩を揺らして笑う。
「ああ、本当に。厄介事が一気に片付く、最高の日だ。報酬の前に、どうだ? お前も最後に一杯。年代物のワイン、テキーラ、バーボン。良い酒ならいっぱいあるぜ。俺は酒には目が無くてな」
「ジーマ飲みたい」
「そんな安酒あるわけねえだろ。手前、喧嘩売ってんのか?」
コウを睨みつけるニック。コウはおどけた様子で手をパタパタと振りながら笑う。
「オォ、ジャパニーズジョーク」
「……けっ」
コウの様子に、ニックは苛立たし気に舌打ちする。そして部屋の中央のローテーブルに無造作に置かれたボストンバッグを指差した。
「報酬はそこだ。急だったんで円じゃ用意できなかったから、ドルで用意した。今の為替は知らんが、一ドル百五十円計算で六万ドル用意してある。九百万円以上は確実にあるだろ」
コウはボストンバッグを開き、中身を確認する。ニックの言った通り、バッグの中には旧ドル紙幣の百ドル札の束が無造作に詰められていた。
「六万枚か。紙幣カウンター持ってくればよかった」
「コウ」
紙幣の束に手を伸ばそうとするコウをレイが止めた。
「束を一つよこせ」
レイがぶっきらぼうにそう言った。コウは言われるまま束を一つ手に取り、レイに放り投げる。




