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Lawless Hunter 首狩りジャック  作者: 佐久謙一
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 夢の世界を彷徨っていたコウは、文字通りレイに叩き起こされた。まだ覚醒しきっていない頭で周りを見渡し、倒れているジャックとこちらをまっすぐ見つめるレイを確認する。何がどうなったのかの説明を聞こうと、コウは口を開きかけるが、その行動を遮るように、レイはコウの肩を叩いた。

「よし、生きてるな。さっさと運ぶぞ」

 半分混乱していたコウは、唸るような声で返事をすると、レイにうながされるまま、二人でジャックを担いだ。ジャックは見た目通りかなり重く、顔や腹部の痛みがじりじりと体に広がり、その痛みと共にコウの頭も少しずつ覚醒していった。

「いてて……おっさん、三階から落ちて、よく無事だったな」

 激痛に顔をしかめながら、コウは絞り出すような声でそう言った。

「あの程度の高さなら、きっちり転がって衝撃を分散すれば問題ない」

 ジャックを車の後部座席に放り込みつつ、レイはコウに顔を向ける。

「お前にも教えたはずだが」

「そだっけ?」

 コウはとぼけた声をあげながらも、再び顔をしかめる。レイはジャックの脚を止血しながら、肩越しにコウに視線を向ける。

「病院が必要か?」

「……大丈夫だ。骨はイってねえと思う」

 コウはそう返しながらも、うつむき気味に肩を小刻みに揺らす。ジャックの止血を終えたレイは、車の扉を閉めながらコウに体を向ける。

「コウ、傷みがひどいようなら、病院で降ろすぞ。内臓がやられている可能性も――」

「――くっくく、ははっ。死体あさってたら、窓からぽい~って。ハハハ、傑作だぜ!」

 コウは痛みに顔をしかめながら、ゲラゲラと笑い始めた。

「…………」

「ハハハっ、いてて、やべえ、笑い死ぬ!」

「……さっさと乗れ」

 レイは不機嫌そうに眉をひそめながら、運転席に乗り込む。コウもゲラゲラと笑いながら助手席に乗り込んだ。

「麻酔が切れる前にさっさとこいつを引き渡すぞ」

「……ははっ、死体あさりで窓からぽい~って」

「気が動転しているようだな。鎮静剤を二、三本ぶち込んどくか」

 レイはそう言って、コンソールボックスから袋に入った注射を取り出す。

「ストップストップ、分かった、悪かったよ。もう笑わねえって」

 コウはぱたぱたと手を振りながら言った。そして窓にぐったりとした様子で寄り掛かる。

「……あぁ、だけど気が動転してるってのは当たりかもな。実際、もう終わりかと思ったぜ」

 大きくため息を吐くコウ。それに釣られるように、レイも小さく息を吐く。

「こいつと対峙して、命があるだけ上出来だ。よく生き永らえた」

「……それ褒めてんのか?」

「そうだ。胸を張っていいぞ」

 どこまで本気で言っているのか分からないレイの言葉に、コウはさらに大きなため息を吐いた。

 車内にしばし無言の時が流れる。

 暗闇の中をヘッドライトでかき分け、車は静かに進んでいく。そしてようやく人工の光が見えだした時、コウの中に妙な安堵感が沸いた。自分の頸動脈に指を当て、自身の命の鼓動を感じ取る。そこでようやく自分がまだ生きているということを実感できた。

 コウは大きく深呼吸をし、夜道を行き交う人々を眺める。

 レイの元でハンター稼業を始めて数年。これまで何人もの犯罪者やマフィアと命のやり取りを行い、生き延びてきた。プロのハンターとしての自負があった。だがそのプライドは、ジャックと対峙し、何も出来ずに殺されかけたことで、ズタボロになっていた。

「結構、修羅場はくぐってきたつもりだが――」

 コウがポツリと呟く。

「自分の力の及ばない相手、状況ってのは、いつでも訪れるものだ」

 その言葉を遮るようにレイが言った。

「だが、そこで無様な姿をさらそうが、糞にまみれようが――生きてる限り、それは敗北ではない」

 レイは顔を正面に向けたまま言った。コウはレイのほうにゆっくりと顔を向ける。

「……それがおっさんの信条?」

「そうだ。キートンのスーツを着た丸腰の男より、そいつに銃を向ける丸裸の男の方が勝者なんだよ」

「やけに具体的だが、実際そういうシチュエーションでもあったのか?」

「ああ。そいつのスーツを着て帰ったよ」

 レイの言葉に、コウは思わず吹き出す。顔と腹部はまだズキズキと痛むが、先程まであった焦燥感はいつの間にか消えていた。

 コウは背もたれに大きくもたれかかり、荒々しく息を吐いた。

「クソッタレ。次はこうはいかねえぞ、ジャック!」

 後部座席で倒れているジャックを振り返りながら、コウは中指を突き立てる。額と脚に包帯を巻かれたジャックは死人のように静かだった。そんなジャックの姿を見て、コウはこの男との先程のやり取りを思い出していた。

「そういえばこいつ、途中で何か変なこと呟きだして俺を殺すのをやめたんだよな」

「変なこと?」

 レイが視線をコウに向ける。コウはこめかみをトントンと叩きながら口を開く。

「えぇっと、何だっけ。『誰だ、お前は』とか、『組織の人間じゃないのか』とか。急にそんなこと言いだしてたな」

 コウの言葉を聞き、レイの視線がバックミラーに映るジャックに向かう。

「……そういうことか」

 レイはポツリと呟いた。コウはレイに顔を向け尋ねる。

「どういうこと?」

「まだ憶測の段階だ。それにこれは向こうの問題。俺達の仕事には関係ない」

 レイは小さく息を吐くと、車のスピードを上げた。

「向こうが余計なことをしてこなければな」

 レイが最後に呟いたその言葉に、コウの心の奥底に、何とも言えない不安感がべっとりとまとわりついた。

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