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コウの頭は軽く混乱していた。目の前の男が突然言葉を喋った驚きと、その言葉が意味不明な質問だったことにより、頭の整理が追い付かなかった。
「……こんな奴いたか? 新入り……いや、違う。まさか……外部の……人間……」
ジャックはコウのことなどお構いなしに一人でぶつぶつと呟き始める。
「……時間をかけすぎたか? まさか……ファミリーはもう……」
ジャックはゆっくりと立ち上がり、視線をふらふらと彷徨わせる。だらんと下げられた右腕にはレイに突き立てられたナイフが刺さったままになっており、そこからポタポタと血がしたたり落ちているが、本人は全く気にしている様子はなかった。
「…………」
コウは視線をジャックに向けたまま、思考を巡らせていた。ジャックの意識が自分から逸れたとはいえ、自らの生死を握っているのは、未だに目の前の男である。下手な発言、下手な行動が命取りになる状況だ。そんな中で、今自分が何をすべきかをコウは考えていた。
――とにかく機会を待つしかない……。
コウは左腰のホルスターの銃に意識を向ける。自分の最後の武器だ。呼吸を整え、ジャックの一挙一動をじっと見つめながら、いつでも行動に移せるよう意識する。
その時、何かに気付いたように、ジャックの顔が真横を向いた。思わずコウも顔をそちらに向ける。
そこには、いつの間に階段を上って来たのか、レイの姿があった。肩を大きく上下させ、鬼気迫る表情をしていた。
「コウっ!」
レイが叫びながら麻酔銃を構える。その言葉が合図と言わんばかりに、コウも反射的にホルスターから銃を抜いた。その瞬間、コウの目の前からジャックの姿が忽然と消え失せた。垂直に飛んだのだと気付き、視線を上にあげた時には、コウの顔面にジャックの蹴りが叩きこまれ、そのあまりの衝撃にコウの意識は吹き飛ばされた。
ジャックの右腕が大きく振りかぶり、レイに向かって鉈を放った。レイはその場に倒れるようにして伏せる。放たれた鉈はレイの頭をかすめ、髪を数本持っていく。伏射の姿勢になったレイは小さく息を吐き、ジャックに狙いを定めた。
ボスっと空気の抜けるような音が鳴り、麻酔弾が発射される。ジャックは咄嗟に腕を前に出し、その腕にダートを受けた。
「……トランキライザー!」
自身の腕に突き立てられたダートを認識し、ジャックは低く唸った。地面を蹴り、腰から新たな鉈を抜きながら、レイに向かって突進する。
レイは素早く立ち上がると、持っていた麻酔銃をジャックの方へ放りつつ、三十八口径を抜く。
ジャックは大きく踏み込みながら、鉈を突き出す――と見せかけて、小さく体を捻り、斜めに切り下ろす。レイは地面を這うように低姿勢でジャックに詰め寄り、斬撃をかわす。一気に懐に忍び寄ったレイは、銃口をジャックの脚に押し付けた。
銃声。ジャックの脚から鮮血が吹き出し、その口から苦痛の声が漏れる。
「返してもらうぞ」
レイはジャックの腕に刺さっていたナイフに手をかけ、それを抜きつつ、ジャックの首元目掛け切りかかる。
自身に迫るナイフ。かわしきれないと悟ったジャックは、その刃に向けて頭突きを放った。
「!?っ」
ナイフが額の骨で阻まれたことで、レイの顔に驚きの色が浮かぶ。その一瞬の隙に、ジャックの左フックがレイの顔面を叩いた。続いて、右手の鉈が振り下ろされる。
レイは殴られた反動そのままに、ぐるりと軸をずらしながら回転し、鉈を紙一重でかわす。そして必殺の一撃をかわされたことで、隙だらけとなったジャックのこめかみに銃を突きつけた。
「仕舞いだ」
レイはそう呟き、引き金を引く。撃鉄が持ち上げられ、今まさに打ち下ろされようとした瞬間、ジャックの口から低い唸り声が漏れた。
レイの指が引き金を引ききる手前で止まる。ジャックの目がうつろになり、頭をふらふらと前後に揺らし始めた。その揺れ幅は徐々に大きくなっていき、やがて糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……やっと麻酔が効いたか」
動かなくなったジャックを見下ろしながら、レイは大きく息を吐いた。




