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レイの反応は素早かった。左腕が瞬時に動き、腰のケースから抜き取ったナイフをそのまま流れるように、背後の腕に突き立てた。
しかし、レイをつかむその力は決して緩むことなく、そのまま勢いよくレイの体を持ち上げた。
「おっさん!?」
異変に気付いたコウが、窓の方にライトを向ける。そこに映し出されたのは、窓枠にしがみつく形でこちらを睨むジャックの姿だった。
「くっ」
レイは片手のまま、麻酔銃をジャックの方に向けようとする。しかし、ジャックの力にそのまま引き寄せられ、まるで小石の様に軽々と窓の外に放り投げられた。そしてレイと入れ替わるようにして、窓から音もなく巨体が姿を現した。
「ジャック!」
コウは思わず相手の名前を叫んでいた。
コウはジャックに狙いを定め、銃の引き金を引く。それと同時にジャックの脚が伸び、コウの銃を蹴り飛ばした。非常に重い蹴りに、コウの右手がビリビリと痺れた。
コウは地面を蹴って、思い切り後退する。ジャックはまるでその動きを読んでいるかの如く、コウを追いかけるように大きく一歩踏み出しながら――いつの間に抜いたのか、右手の巨大な鉈をこちらに突き出していた。
コウの右手がホルスターの銃に触れる。しかしこの銃をジャックに向けるよりも早く、目の前の刃物が自身を貫くであろうことは瞬時に理解していた。コウは歯を食いしばりながら、ホルスターから銃を抜くと、手首だけを動かし銃口を真横に――自身を貫くまであと数センチといった所まで迫った鉈の刃横に狙いを定めた。
銃声――そして甲高い金属音が鳴り響いた。
銃弾によって軌道をそらされた鉈の切っ先は、コウの脇腹をわずかにかすめる程度だった。
「よっしゃ――」
一撃をかわせたことにより、一瞬気が緩んだコウの腹部に、丸太のように太いジャックの足がまっすぐ叩きこまれた。
「がふっ!!」
しまった、と思ったときには遅かった。体がくの字に折れ曲がった状態で、コウは後方に吹き飛ばされていた。地面をゴロゴロと転がりながら、コウはなんとか銃の狙いを定めようとする。しかし、腹部に叩きこまれた激痛が、体のコントロールを完全に奪っていた。必死に呼吸を繰り返しながら、銃を持つ腕を持ち上げる。だが、その銃は再びジャックに蹴り飛ばされた。
「…………」
コウは倒れたまま、視線を持ち上げジャックの顔を見る。こちらを見下ろす二つの眼。そこには哀れみも嘲りも、何も含まれていない、写真と同じ死んだ眼をしていた。
ジャックの腕が伸び、コウの胸ぐらをつかむ。そしてコウの上体を起こさせ、壁際にもたれかからせた。鉈の刃がコウの首元に突き付けられる。
風の音が鳴り、雲が流れ、月が再び顔を見せた。柔らかな月の光がコウの顔を照らす。それは同時に、コウの首元の刃もより鮮明に映し出した。
――俺もここで終わりか……。
コウは死を覚悟し、目を閉じた。
「…………」
しかし何時まで経っても処刑は執行されなかった。眉根を寄せながらコウは恐る恐る目を開く。すると目の前にはこちらを覗き込むように見つめているジャックの顔があった。
「っ!?」
コウは思わず顔を仰け反らせ、背後の壁に後頭部をぶつけた。そんなコウにお構いなしに、じーっとその顔を見つめ続けるジャック。その表情にはやや戸惑いの色が見て取れた。
やがてジャックの口がゆっくりと開いた。
「……誰だ、お前……?」
辺りに沈黙が訪れた。




