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車を走らせること二十分。露骨に車や人の通りが少ない通りの中を進んでいくと、目的の建物が見えてきた。
暗闇の中に荘厳にそびえ立つ廃学校だ。周囲に明かりは無いが、月明かりに照らされ、ぼんやりと全体像が見える。入口や校舎の壁は、スプレーで描かれた落書きだらけで、割れた窓ガラスと相まって、近寄りづらい雰囲気を醸し出していた。
レイは校門から少し離れた場所に車を止め、校舎の方をうかがった。車のエンジンを切ると、周囲は耳が痛くなるほど静かだった。
「バレたな」
レイはポツリとそう呟いた。コウは周りを見渡しながら口を開く。
「すげえ静かだな。百メートル先の話し声も聞こえてきそうだ」
「まぁ、最初に突入するのは俺達じゃない。気長にラングの殺し屋を待つか」
レイはそう言うなり、静かに息を吐くと、ゆっくりと目を閉じた。確かに、これほどの静寂ならば、車が来れば寝ていても気付きそうではある。コウはレイに倣い、シートを少し倒し、目を閉じることにした。
「コウ、起きろ」
レイの言葉に、コウは現実に引き戻された。半ば寝ぼけた状態で視線だけを動かすと、前方から車のライトがこちらに向かってきていた。視線を落とし、車内時計を見る。時計は十二時過ぎを指していた。一瞬の出来事のように感じたが、三十分は寝ていたらしい。
「う~ん、あと五分」
コウがそう呟きながら、再び目を閉じる。レイは無言のまま、後部差座席からスタンロッドを手に取ると、その先端をコウの顔の目前に持っていき、スイッチを入れた。
バチバチっと激しい火花が車内を照らした。
「どわああ!! 分かった、起きるって!」
コウは目を見開き、情けない悲鳴を上げた。レイはまっすぐに前方の車を見つめたまま、スタンロッドを後部座席に放り投げた。
「さて、とりあえず最初の仕事。捜索資金の回収だ。行ってこい」
「え、俺が行くの?」
「あぁ」
「さっき電話で喧嘩売ったばっかりだろ。絶対撃たれるって」
「ジャックと殺し合う前に、俺達と撃ち合いを始める程、馬鹿じゃないだろう。仮に撃たれたとしても俺が仇を取ってやるから安心して撃たれてこい」
「たまにはおっさんが撃たれろよ。ちゃんと事務所は俺が頂いてやるから」
「情報屋とコネも無いお前が、どうやってハンター稼業をやっていくつもりだ。さっさといけ」
「……けっ、いつか全部まとめて乗っ取ってやるから覚悟しとけよ」
コウはそう吐き捨てると車を降りた。
前方の車も停車し、中からぞろぞろと人影が降りてきていた。コウは相手がいつ銃を抜いてきてもいいよう、警戒しながら近付いていった。
「よう、ハンターか? ほら、報酬だ」
人影の一人がそう言って、こちらに何かを投げて寄越した。それは放物線をゆっくりと描き、コウの足元に落ちた。コウは視線を前方に向けたまま、膝を投げ、それを拾い上げた。
「報酬の五十万だ。確認しろ、腰抜けめ」
人影がぶっきらぼうに言う。その声には聞き覚えがあった。よくよく見ると、人影はニックの館で絡んできた黒スーツの三人組だった。
「それを持ってとっととハイスクールに帰んな小僧。俺達は今から大事な仕事があるんだからよ」
この三人組のリーダーであろう、太った男はゲラゲラと笑いながらそう言った。その手には小型の突撃銃が握られていた。
コウは封筒の中をチラリと見ながら、口を開いた。
「はい、分かりました。ですが、保険もありますので、私は皆さんの活躍を見届けたいと思います」
「保険? 何言ってんだ?」
太った男は眉根を寄せ、怪訝な顔をする。
「あ、いえ、何でもありません。皆さん、頑張ってください」
コウは愛想笑いを浮かべながらそう言った。そんなコウの態度に、太った男はますます眉根を寄せるが、やがて大きく鼻を鳴らすと、左右の黒スーツに顎で合図を送り、そのまま廃学校の方へと体を向けた。




