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少女と世界とYAKUZAの真実

作者: 大福もち郎

 転校生の宮島麻美は「やくざ」なんじゃないか、という噂がある。

 外見の印象で言えば、麻美は清楚な美人といったところだろう。制服も、黒いロングの髪も手入れが行き届いており、だらしないところはない。はしゃぐタイプではないが、逆に所作に品がある。口数は多くないがクラスメイトと普通に話もする。

 だから、不良とかを通り越していきなり「やくざ」というのも変な話だ。それでもそんな噂があるのは、彼女が常に身にまとっている、説明不可能な緊張感…殺気のようなものが原因なのだ。それが品のいい彼女の印象と相まって、勝手に「組長の娘」みたいなイメージを生んでいるのだろう。

 なぜ彼女から殺気を感じるのかは、誰にもわからない。

 クラスメイト達は僅かな不安を感じてはいたが、最終的に、そうは言ってもいい子だよな…という気持ちの方が勝ったようで、結局、彼女はクラスに溶け込んだ。


「須藤さん」

「えっ」

「今日この後、時間ある?お話したいことがあるの」

 ある日の放課後の教室、須藤ひかりは宮島麻美に突然声をかけられた。

「なっ、なんでしょう、いいけど…いいですけど」

 ひかりは麻美の雰囲気に負けて、拒否の選択肢すら思いつかず、ガタガタ椅子の音を立てながらいびつな丁寧語で応答する。

(わたしに何の用だろう、まだほとんど話したこともないのに)

 心当たりが何も出てこないかわりに、脳裏にぼんやりと例の噂が浮かんできた。

 緊張で体がこわばり、さらにもう一度椅子が鳴る。

「ありがとう。いきなりでごめんなさい。それじゃ移動しましょう。ついてきて」

「どこ、行くんですか?」

「わたしの家。邪魔が入ったら困るから」

「!?」

「安心して。誰もいない…誰も来ない」

 最後にそう言って麻美は、ひかりに向けて少しかがめていた身を起こした。

 ひかりの様子を見た上での、麻美なりの答えがこれらしかった。


 結局その日、ひかりは麻美の家にたどり着けなかった。


 麻美の家は駅の近くとのことだったが、そもそも学校が駅から遠い。途中、住宅街や公園、河川敷を横目に見ながら長々歩いて駅に向かうことになる。まだ打ち解けていない麻美を相手に、気まずい道中を心配したひかりだったが、その不安は「そんなことはどうでもよくなる」という形で解消された。ひかりが見た通りのことが事実なら、学校を出て少しのところにある工事現場の横で、二人は常軌を逸したスピードで突っ込んでくる黒塗りのベンツに跳ねられたことになる。


 ひかりは目を覚ました。一瞬、気を失っていたのか?なぜか無傷だ。

 景色が変わっている…工事現場の中のようだ。跳ね飛ばされた?何で無事なのかわからない。

 ひかりはここで、自分が麻美に後ろから抱えられるようにして地面に座っていることに気が付いた。麻美がかばってくれたのだろうか。だとしたら麻美は無事なのか?

「麻美さん!」

 振り向くと麻美も特に怪我がある様子ではない。が、険しい顔で前を見ている。

 ひかりは今やっと目の前にある黒塗りのベンツに気づいた。そのドアがゆっくり開くのを見つめながら、麻美は低い声と唸るようなトーンで

「遅かったか…」とつぶやいた。


 ベンツから男が一人出てきた。

 白いスーツに紫のワイシャツ、薄い色のサングラスにオールバック。

 誰がどう見ても、やくざだ!!

「お前ひとりではどうにもならん。あきらめろ」

 男が言った。ひかりの印象では、これは麻美に向けられた言葉だ。

 ひかりは初めて人生で接するやくざに混乱し、声も出ない。


「あなたたちの言うところの正義は、絶対に受け入れられない。」

 男の動きに警戒しながら、麻美はゆっくり立った。

「わたしは死ぬまで戦う」

「せ、正義!?やくざが??」

「あいつらはそう自認しているのよ」


「説明しても無駄だが…そっちの子が気の毒だしな、こういうのを冥途の土産っていうんだっけ、お前らの世界では」

 お前らの世界?

 妙な言い回しがきになったひかりは、あらためて男を見る。

 白いスーツに紫色のシャツ…いや、よく見ると何かが違う。全体的に普通のスーツにない光沢があり、ボタンに見えていたものはただの模様だ。

 黒塗りのベンツもベンツではない。なぜ気づかなかったのか…タイヤなんか無かった。浮いている。

 サングラスに至っては…実体がない。SFのバリヤーみたいな何かだ。

 色々な違和感を感じさせながら、男は言う。「本来やくざとは」

「本来やくざとは…この宇宙において、正義の執行者。純粋に、正しく生きる弱きものを守護する力を表現する概念なのだ。」

「えっ…」

「そう。おまえらからすれば逆だな…ただ、もともとやくざの解釈が宇宙基準から外れているおまえらの世界においても、かつては…ほんの少し前まではそういう面もあった。コミュニティを守るために生まれた、自警団的組織。やむを得ず持たざるを得ない武力をコントロールし、守るべき人々をリスクから切り離す、任侠という秩序。その頃はまだ、我々宇宙YAKUZA機構も」

「宇宙YAKUZA機構!?」

「おまえらのやくざ観を、田舎らしい変わった文化ととらえて、ほほえましく見ていたものだ…つまり、問題視していなかった。だが今は」

「言うまでもなくおまえらの世界のやくざに正義の要素はない。人間を破壊する薬を流通させ、暴力を背景に公共の利益を横取りし、老人から詐欺で金を巻き上げる。」

「もはや取り返しがつかない。ここに至って我々宇宙YAKUZA機構は」

 何だというのだろうか。日本の…地球のやくざ(?)を更生させるのか?

「お前らの世界、つまり地球を無に帰することに決めた」

 急に話が飛んだ。

 横を見るとまた、麻美の険しい顔があった。

「な、なんであんなのに麻美さんがからまれてるんです!?」

「私だけがこいつらの存在に気づいているからよ。」

「その女はな。真のYAKUZAがいないこの地で、唯一、本当の意味でのYAKUZAなんだよ…」

「ど、どういうことですか!?わたし信じてます、麻美さんはちょっと雰囲気ありますけどたぶん普通の家の子で…」

「そういうことじゃないのよ」音もなく麻美が一歩前に出た。

「あいつ言ってたでしょ、本来、やくざは力を表現する概念だって…日本の組織としてのやくざに属しているかどうかじゃないのよ」

「そうだ、この世界を代表する唯一のYAKUZAがお前だ。だからお前を始末して、地球を滅ぼす。それが筋。」

「まだ全くわかりませんが…」

「つまり、こういうことよ」麻美が左手の小指あたりに右手で触れたように見えた。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴン!

 一瞬、電子音ともエンジン音ともつかない音が鳴り響き、中空にスロットのドラムが3つ出現した。

 一桁目は自動的に8で止まった。

 二桁目は自動的に9で止まった。

 三桁目は止まらない…よく見るとドラムの下にボタンがひとつある。

 麻美がノールックの右拳でボタンを叩く。

 ガン!!

 三桁目は3で止まった。

 8!9!3!

 極彩色の光が麻美を包んだ。

 ひかりの視界も光に奪われる。何も見えない。

 突如、男と麻美の声が重なる。

「「TAMA、トラセテモライマス!」」

 ガギィィィン!ガギィィィン!

 続いて何度か金属同士がぶつかるような音がしたところで、視力の戻ったひかりの目に映ったものは。

「流石だな…こんなNINKYOエーテルの希薄な地で、SAKAZUKIソーマの補助もなく、自力でYAKUZAに目覚めるだけのことはある。モノが違う、といってもいい…」

 片肌をはだけた和服にも見える、黒っぽいメタリックなドレス…のような衣装を着た麻美だ。時代劇に出てくる、鉄火場のお姐さんを未来的にした感じか。

 麻美の右手にはライトグリーンに光る短刀のようなものが逆手に握られている。一方で男のほうは同じ色の刃を持つ長刀を両手で構えている。

 なんとなく、麻美のいでたちや装備には、男のそれと共通の雰囲気がある。

 両者は獲物にとびかかる肉食獣のスピードで接近し、互いの得物を打ち合わせ、また先ほどと同じ金属音を連続で鳴らした。

 打ち合いは互角。

「だがな…広いこの宇宙基準で言えば、おまえぐらいの素養のYAKUZAはそこそこいるんだよ。その上で、大抵はここより環境がいいからな。WAKAGASHIRAクラス・エージェントの俺にとってはこの程度…」

 長刀で麻美の短刀とつばぜり合いをしながら、男は左手を離した。

 その左手に緑色のエネルギーが発生し、大きめの拳銃のような形に収束していく。

(あれは…HAJIKI!!エネルギー弾で相手のTAMAをとる上位YAKUZAスキル!!)

ひかりはそう感じた。なぜかはわからない。この異常な空間にあてられたのか。

 ドン!ドン!

 矢継ぎ早に2発の光弾が発射された。

 驚くべきことに麻美は一発目を左手で弾いた。

 しかし二発目は胴体に食らってしまう。弾かれて下がるが持ちこたえる。

 ドン!ドン!

 続けて2発の光弾が発射された。

 一発は右の短刀で弾いた。二発目も弾いた…ところで短刀は音を立てて粉砕される。

「すまんが6発あるので」

 男は言い、無情にも残り2発を発射した。

 …麻美が吹き飛ばされてひかりの足元まで滑ってくる。


「麻美さん!!」

「さっきは…威勢のいいことをいっておきながら…この体たらく…」麻美が言う。

「頑張ったほうだ」男が余計な口をはさむ。が、麻美もひかりも取り合う余裕がない。

「今日なんで誘ってくれたんですか…」混乱したひかりは、どうでもいいことを聞く。

 だが麻美にとっては、今に至っても、どうでもいいことではなかった。

「順番が狂ったけど…理由はこれよ…あなたには私以上の素質がある…YAKUZAの」

「YAKUZAの!?」

「私は今日、あなたをYAKUZAにするつもりだったの…」

「YAKUZAにする!?」

「この男が来たのは、宇宙YAKUZA機構があなたのずば抜けたNINKYOを察知したから…連中より先にあなたに気づいた私は、あなたの学校に転校して機会をうかがっていたんだけど…遅かった…でもまだ間に合う、あなたならなれる…私では一般ランク、イロ・クラスが限界だった…あなたなら…なれる、アネゴ・クラスのYAKUZAに…」

「に、NINKYO…」

「これを…」麻美が左手の小指から指輪を外し、ひかりに渡した。

「このケジメリングを小指に…」

「ケジメ!?小指に!?」

「あなたなら…できる…」

 ひかりは混乱していた。選択肢は恐らく残されていない。


「…なって…YAKUZAに」

 だが語感がひどい。


「苦し紛れにしても、さすがにそれは無理というものだ。他人のケジメリングでYAKUZAになれた奴なんて宇宙のどこを探してもいない。だが、確かにその子のポテンシャルは宇宙YAKUZA機構も認めるところ。ほうっておけばお前のように自力でYAKUZAに目覚め、地球の浄化を邪魔するかもしれん。だから今のうちに、TAMA・トッタル」

「ぐっ…」麻美は体を起こそうとする。戦うつもりなのだ。だが。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴン!

 一瞬、電子音ともエンジン音ともつかない音が鳴り響き、中空にスロットのドラムが3つ出現した。

 一桁目は自動的に8で止まった。

 二桁目は自動的に9で止まった。

 三桁目は止まらない…


「おいおいこんなの初めて見たぞ!何のSHITAZUMIもないやつが、しかも他人のケジメリングで…」

 ひかりが小指にリングを装着し、起動したのだ。

「す、須藤さん…」麻美が思わず、敵である男から目を離してひかりを見る。

 ひかりの表情は…怒りのようにも、使命感に引き締まっているようにも見える。

「須藤さんのNINKYOが…高まっている」

「諦めろ、原理的にあり得ない…三桁目のドラムは惰性で回っているだけ、ボタンも出ていない…勝手に止まるぞ、ほら」

 最後のドラムは4を示して止まった。

「ほめてやりたいところだが、残念だったな、それではTAM」

『エクストラ・チャーーーーンス!!!!!!!!』

 謎の電子絶叫とともに最後のドラムが再回転!

「なっ…なんだこれは!」

 バギィ!

 ひかりの右拳がノールックで最後のドラムをぶん殴る。

 3で止まった。

 8!9!3!

 極彩色の光がひかりを包む。


「なにもかもめちゃくちゃじゃないか…おいおい、なってんじゃねえかYAKUZAに!」


 そこには片肌を脱いだ着物のようなドレスのような…

 紫をベースに光沢が七色に輝く装甲に身を包んだひかりが立っていた。

 そして口を開く。

「ちょっと面倒、程度の都合で罪のないKATAGIもまとめて殺す、それがあなたたちのNINKYO?」

「え…? 須藤さん…」急な雰囲気の変化に麻美は戸惑いを隠せない。

「驚いたが…いい気になるなよ。汚染されたYAKUZA観はこの世界においてやくざだけのものではない、社会全体が共有しているものだ。わかりやすく言えばお前らが認識していないところにもやくざは存在し、お前らの社会はそれを前提に成り立っているのだ。だからすべて除去するしかない」

「では、わたしは逆にあなたのYAKUZA観を認めない」

「なら、どうする」

「是非もなし…わたしはもうYAKUZA」

 男がニヤリと笑う。「上等」

 次の声はふたつ重なる。

「「TAMA、トラセテモライマス!!」」


 男は両手に生成したHAJIKIから光弾を連発する。ひとしきり撃ったところで、

「…手ごたえがない」

 光弾が生んだ爆発の中から、無傷のひかりとひかりにかばわれた麻美の姿が現れる。

 ひかりの手には先端がわずかに曲がった長い杖がある。これですべて防ぎきったのだ。

「それは伝説のYAKUZAスキル、バール・ノヨ・ウナモノ…!」男は目を見開く。

「アネゴ・クラスで生成できる武器ではない!!なんなんだお前は!!」

「知らない…今、なったばっかり。ほとんどなにもわからない。ただ一つだけわかるのは」

「あなたの否定するこの世界が、わたしを応援してくれている…あなたたちから護ってくれって、力を分けてくれている...!」

 得物を抱えるようにして、ひかりが少し身をかがめる。その背中に淡い光を確認して、男は狼狽えた。

「そ…そんなはずは…そんなはずはない!そんなことができるのは…!!」

 ひかりの背中から光の翼のようなもの開いた。その翼の先端に、どこからともなく…大量の光の粒子が集まってくる。

「そんなことができるのは、アネサン・クラス!この200年以上、空位のままだった伝説のYAKUZAエンジェルだけ…!!」

「その辺は興味ない!!今大事なのは、みんなが私に分けてくれたこの力!!この世界がJYOH-NOしてくれたSHINOGIエナジーで、期待にこたえること!!」

 光のエネルギー…SHINOGIは翼からひかりの腕を伝い、やがて得物と一体化していった。バール・ノヨ・ウナモノは発光を強めながら、それ自身巨大化していく。

「自分のSHIMAに帰れ!!イッテ・モータル!!」

 ひかりが得物をYAKUZAスイングすると、大量の光のエネルギーが飛び出して男に激突した。

(イッテ・モータル…「致命的な一手」を意味する、最上位のYAKUZAフィニッシュのひとつ…須藤さん、これほどまでとは…)なんとか上体を起こした麻美は驚きと緊張の混じった表情で戦いをみつめる。

 男はエネルギーに取り込まれたまま吹き飛ばされ、車(車輪はない)に激突。そこで発生した冗談のような爆発に飲まれた。


 ひかりはしばらく放心したように見つめていたが、爆発が収束し、その痕跡もなぜかなくなったのを見て、

「うう…」麻美の横にへたりこんだ。

「爆発の後始末をする余力があったか…逃げたわね、あいつ」

「麻美さん、これでよかったの…?」

「よくやったわ須藤さん。上出来よ。」

「でもあの人か、そうでなくてもああいう人、また来るんでしょ?」

「来るかもね…ただ、宇宙YAKUZA機構は一枚岩ではないわ。地球を滅ぼすことに反対している勢力もいる。あなたのYAKUZAスピリットと今後の戦果で方針も変わるかもしれない。希望が見えてきた…」

 麻美は再び倒れこんだ。

「麻美さん!」

「頼りにしてるわ」

「なんだ、急に倒れるから気絶したのかと思った…大丈夫ならどうする、予定通りおうちにお邪魔していいのかな」

「ごめんなさい、今日は流石に病院直行させて…」

 そう言って麻美はちょっと笑った。

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