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排気口にジニア

翌日のトノと鈴谷の話


7/21 外岡圭人とのおか けいと




「うわっ、最悪、もう一機落とした」

「お前は復帰で自滅しかしてねぇよ」

「お前がガケ譲らんからやろ」


 期末試験が終わった翌日。

 早くも真夏日が続いているが、冷房をガンガンにつけて部屋でゲームをしている身には関係のないことだ。窓の外からぼんやり聞こえるセミの声だけが季節感を伝えてくれる。

 昼になって、ゲームしに行っていい? と鈴谷から連絡が来た。特に用事もないし、幸い家族も夜まで留守だ。二つ返事で了承して今に至る。

 対戦するだけならネット対戦に通話でいいのだが、色々あって鈴谷とやる時はうちか田中の家でやることが多い。このタイトルは最近起動していなかったが、そろそろ新作も出るし旧作で練習するのも悪くないだろう。

 ちなみに田中も誘ったのだが既読にすらならない。あいつが一番このゲームやり込んでるんだけどな。どうせ昼まで寝ていてスマホを確認していないのだろう。田中は結構な頻度で連絡がつかないことがある。


「お前何でそれが見えるん……はあ!? 全然当たらんっちゃけど!」

「振りのデカいキャラばっか使うからじゃん」

「はああ、何しよん」


 鈴谷は対戦ゲームになると急に口が悪くなる。方言のせいかあまりキツく聞こえないのは得しているんだろうか。


「あー、負けた!」


 しかし熱くなってしまった。時計を見たら、もう三時間は戦い続けているらしい。


「次でラストにしようぜ。さすがに疲れてきたわ」


 思い切り背筋を伸ばす。鈴谷が「あー」と曖昧な声を発する。

 キャラクターセレクトを終えて、戦場へ。試合が始まる直前に鈴谷が唐突に切り出した。


「あのさあ、トノ」

「何?」

「リンネのことどう思ってる?」

「……は?」

「お、隙あり」


 鈴谷のキャラがコンボを決め始める。何とか藻掻いて一旦距離を取ってから、隣の鈴谷に抗議した。


「お前不意打ちはずりーぞ!」

「今まで散々喋りながらやりよったよな!?」

「対戦始まるタイミングで話し出すのはダメだろ!」


 序盤のミスが響き、一機目の疲労度はどんどん上がっていく。

 画面の中では距離感を探りながらも、ちょっと重い気持ちになる。

 鈴谷がリンネの話を出すということは昨日のプールでの一件だろう。プールに引きずり落とすなんて流石に悪ふざけが過ぎると思うのだが、あいつの言う通り俺だと勘違いしたからやったことだろうし……コントローラーを握ったまま思わず肩を竦めてしまう。


「昨日のアレはさすがに悪かったよ。……なんで俺が謝ってんのか分かんないけど」

「あ、いや、そのことは大丈夫なんだけどそうじゃなくて……うわっ、何寄って来よん!?」


 鈴谷が一瞬俺の方を向いて、隙が出来たから思い切り距離を詰めた。

 戦闘に夢中になって無言の時間が続く。やかましくコントローラーを弾く音が部屋に響く。再び距離をとってゲームは膠着状態になる。

 昨日のことじゃないならなんなんだろう。目まぐるしく移り変わる戦況の合間を伺うように、鈴谷が続ける。


「えっと、なんて言うか……トノはリンネのことどう思ってるのかなって」

「どうって?」

「トノとリンネはどんな関係?」

「どんなって、小学生の頃からの友達だけど」

「それは知ってるよ」

「じゃあ何が聞きたいんだよ」

「トノにとってリンネは何?」


 咄嗟に答えられなくて、黙り込んでしまう。

 何、って?

 小学生の頃からの友達だというのは事実であって、俺がどう思っているか、の回答にはなり得ないということなのだろうか。

 どうと言われてもな……ゲームをしながらの受け答えであるせいか、ちゃんと考えられない。


「なんであいつのことなんか……」


 答えの代わりに俺は首を傾げた。鈴谷がリンネのことを知りたがる理由がよく分からない。リンネは誰にでも馴れ馴れしいからともかく、鈴谷は結構人見知りだし。

 長時間の連戦のせいか、話しながらやっているせいか、試合は間延びした展開になってきている。鈴谷は片手でコントローラーを持って頭を掻きむしった。


「何というか……幼馴染みってどんな感じなんだろうと思っててさ」


 幼馴染み、ね。

 何となく、生まれた時から仲良しぐらいでないと『幼馴染み』なんて大袈裟なものじゃないと思い込んでいた。鈴谷としては小学生からつるんでいるのは『幼馴染み』のカテゴリになるらしい。

 鈴谷は話を続ける。


「うちの地元はさ、子供の数自体が少ないから、幼稚園の頃からずっと同じ顔ぶれで……だから、たったひとりの幼馴染みってやっぱり特別なのかなって」

「特別ねえ……」


 鈴谷の言うことは間違っていないのだが、どうしても腑に落ちない。

 特別ってなんだろう。他の人が持っていないという意味なら、少なくとも鈴谷は持っていないから鈴谷にとっては特別なのだろう。でもそれは鈴谷にとっての特別であって、俺に訊いても答えは出ないはずだ。

 俺にとってリンネが特別かって?

 分からない。そりゃリンネとは仲がいいと思っているけど、他の友達と何が違うと言われたら、別に違いなんかない。付き合いが長いというだけだ。それが特別なんだろうか?

 小学校から高校まで同じ学校に進んだ奴は他にもいる。でもリンネほど一緒に遊んでいるわけじゃない。それどころか小学校だけでも中学校だけでも、一番一緒にいたのはリンネだ。

 仮に小学校の頃に仲良くなった相手がリンネじゃなかったら、同じような関係になっただろうか。或いはリンネと出会ったのが中学生になってからだったら?

 それこそ考えても仕方の無いことだ。現に俺たちは仲良くなったから一緒にいて、小学校も中学校も一緒だった。それだけだ。今更リンネがいなかったら、なんて想像もつかない。

 と、これをどう説明したものか。ゲームの片手間に考えた結果。


「別に、リンネはリンネだよ」


 これしか言いようがないな。そう思ったのだが、鈴谷はふーん、とだけ言って受け流した。いや、ふーんって何だよ。面白いこと言えなかったのは悪かったけどさ。

 鈴谷は結局何が訊きたかったんだんだろう。分からないのは俺の読解力がなさすぎるせいなのだろうか。それもあるだろうけど、多分それだけじゃない。こういう時の鈴谷は嘘も言っていないが本当のことも言っていない感じがする。今日だけじゃない。何と言うか、妙に壁を感じる時があるのだ。鈴谷とは仲がいいつもりなんだけど、鈴谷との間にはどうにも一本の線があるような、それを踏み越えそうになった瞬間に、さっと身を引かれてしまうような、そんな感じがある。

 とはいえその一線に無理矢理踏み込むのも正しいとは思えないから、この話はおしまい。

 さてゲームの方だが、互いの残機も残りひとつだ。こうなると既に疲労度が蓄積している俺の方が不利である。

 剣戟の激しさを物語るように火花が上がる。再び間合いを取りつつ、俺はふと思ったことを口に出した。


「そういえばさ、鈴谷は花火大会、トウヤと行かなくていいの?」

「え?」


 鈴谷がこちらを振り向いて動きが止まる。一瞬の隙をついて、俺はコンボを入力し始めた。


「おいそれは卑怯やろ!?」

「お前がさっきやったことだろ!?」


 がちゃがちゃと慌ただしいコントローラーの音が部屋に響く。よし、かなりダメージを稼げた。


「つーか、最近トウヤの話聞かないけど。元気してる? たらこスパ食ってる?」

「しゃあしいなお前! ……あー、えっと……うん。元気だよ。たらこばっかり食いよる」


 何故かしどろもどろになりながら、鈴谷が答える。しゃあしい、って、うるさいって意味だったっけ。逃げる鈴谷を追い回したら、隣で鈴谷が苦しげに呻く。

 トウヤというのは、鈴谷と下宿先をルームシェアしている相手だ。同い年で違う高校に通っていて、何故か毎日冷凍のたらこスパを食っているらしい。鈴谷の家にお邪魔した時に顔を合わせたことはあるが、ちゃんと話したことはない。俺が直接知っているのは引くほどイケメンなことくらい。最近名前を聞いていなかったが、元気にしているなら重畳だ。

 ちなみに鈴谷とゲームするときに俺か田中の家でやるのは、通話で騒がしくするとトウヤに迷惑だからだ。別にトウヤが迷惑だと言った訳ではないが、長時間通話しているとトウヤが外出してしまうらしい。そうじゃなくてもあんまり家には居つかず出歩いている、と鈴谷は言っていたが、後ろで騒がしくしていたら全く気にならないという訳にもいかないだろうし。

 鈴谷の攻撃に当たって俺のキャラが吹き飛んだ。まだ死んではいない。復帰しつつ体勢を整えて、攻撃を構える鈴谷の裏に回り込む。攻撃を避けられたついでに距離を取られ、追いかけっこが再開する。隣の鈴谷が安堵したように息を吐いた。


「あいつはなあ、花火とか行くタイプやないし」

「そうなのか? なんか夜中によく出かけてるって聞いてたから結構遊んでるんだと思ってたけど」

「……あー……うーん……」


 鈴谷が言葉を濁す。トウヤの話になってからどうにも歯切れが悪い。もしかして喧嘩でもしたのだろうか。トウヤの話題が減ったのもそれが原因だとしたら、ちょっと悪いことしたかな、と反省した。

 攻め込んできた鈴谷から離れ、遠距離攻撃を当てる。避け損なって慌てる鈴谷に肉薄して、そのまま大技をぶち込んだ。必殺のモーションが流れ、ゲームセットの文字が現れる。


「よっしゃ、決まった!」

「あー! また負けた! なあもう一回! もう一回やらして!」

「お前が勝つまでやったら日が暮れるけど?」

「言ってろ、次は勝つし!」


 結局鈴谷は勝つまで止めないし、鈴谷が勝てば今度は俺が再戦を申し込み、という具合で、気がついたら部屋に西日が差し込んでいた。



***



 家に帰る鈴谷を駅まで見送って、帰りにふらっとゲーセンに寄ったら見慣れた後ろ姿を発見した。


「何ぼーっとしてんだよ」

「わっ、ケイト!?」


 リンネは大袈裟に驚いて、それから照れ隠しのようにえへへ、と笑った。

 白いスポーツバッグを持っているからスクールの帰りだろう。リンネが小学生の頃から続けているスイミングスクールだ。高校にも水泳部はあるのだが、屋外プールだから夏しか活動していないらしく、結局部活には入らずスクールを続けている。


「何かやってくの? そっちの機種は新曲来週からだろ」

「んー、何となく来ただけ。ケイトは?」

「俺も何となく」


 気晴らしに一クレくらいと思って立ち寄ったが、目的と言える程のものでもない。ゲーセンに集まるのは暇な男子高生の習性みたいなものだ。

 互いに用がないのなら、とゲーセンを後にする。外はまだまだ明るいが、橙色の陽に足元の影は長く伸びていた。

 さっさと店を出た割にふたりして無言が続く。本人のいないところでリンネの話をしていたからか、どうにも気まずさのような罪悪感のようなものがある。別に悪口を言ってた訳じゃないんだし、気まずいことはないはずなんだけどな。

 居心地の悪い沈黙をごまかすように、俺は思いついたことを口に出した。


「今年はじいちゃんち行くの?」


 リンネは毎年長期休みになると田舎のじいちゃんの家に遊びに行くのだ。帰省の間は当然リンネを誘っても遊べないから、夏休みのしおりをもらったらリンネの帰省の日程を書き込むのが俺たちの間で恒例になっていた。


「行くよ! 今年は一週間くらいしか居られないけどね」

「へー、いつから?」

「三日から!」


 今日は二十一日だから、地味にあと二週間もないということか。その間に終業式があって、花火大会があって……となると、意外と時間がないな。


「すぐじゃん。それまでに遊ぼうぜ」

「うん! ケイトはいつなら空いてる?」

「大体暇だけど……あー、二十三と二十四は用事あるわ」


 頭の中で予定を確認していたら嫌なことを思い出してしまった。

 リンネが何かに気がついたようにあ、と声に出す。


「ゆーくん帰ってくるんだ」

「ゆーくん?」

「ケイトのお兄ちゃん」


 ゆーくん……ゆーくん? 確かに兄貴の名前は『ユウスケ』だけど。


「あいつリンネに『ゆーくん』って呼ばせてんの?」

「うん、『ゆーくんって呼んで』って言われたから」


 思わずうげ、と声が出た。

 用事というべきか、二十三日は兄が帰国する日なのである。海外で働く兄は一家団欒に謎のこだわりがあるらしく、帰国の日に誰かしらがいないと後から国際電話でめちゃくちゃ文句を言ってくるのだ。両親にまで有給を取らせているので、暇な学生の俺が遊びでパスするとろくな事にならないのは想像に難くない。

 今年は浜松でうなぎを食べたいとか言ってたな。というかリンネに何吹き込んでんだよ。帰ってきたら一発殴ってやる。


「でも俺、ゆーくんには小学校の運動会で会ったきりなんだよね。また会いたいなあ」

「あいつ今は盆と正月しか帰ってこねえし……え? 会いたい? マジで言ってる?」

「ケイトはゆーくんのこと嫌いなの?」

「……嫌いじゃないけどさ」


 面倒くさいことこの上ない。それに尽きる。


「二十五日は?」

「空いてるな、じゃあいつも通りでいいか?」

「うん!」


 約束してから、そういえば二十五日は花火大会の前日だったなと思い出した。リンネと遊んだ翌日にリンネと花火大会に行くのかよ。高校生になっても結局こいつとばっかり遊んでるな。

 リンネと別れてから、帰り道に何となく鈴谷の言っていたことを思い出した。

 学年も違うことだし、別に距離を置きたければ置くことだって出来ただろう。そうしなかった時点で特別といえば特別なのかもしれないな。鈴谷が訊きたかったのはこういうことだったのだろうか。とはいえわざわざ言い出すほどのことでもないし、もう一回聞かれたら答えるくらいでいいだろう。

 まあ、どちらにせよリンネと俺のやることは変わらない。今まで通り一日じゅうゲームをしたり下らない話をしたりで過ごす。そうしたいからそうしているだけだし、ずっとそれが続けばいいと思っていた。

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