3. 俺と呪い持ち
すぐに人混みに隠れてしまった少女を探すため、人をかき分けて行こうとするエドだったが、途中で腕を掴まれてしまった。
「おいエド、大丈夫だったか!? 何が起こった?」
焦り気味に声をかけてきたのは、ファインだった。騒ぎを聞きつけてすぐにこちらにきてくれたのだろう、少し息が上がっている。
本当は少女を探しに行きたかったが、先にこの男に状況を説明しなければならないだろう。
「俺は問題ないから、とりあえず少しここから離れようか」
2人ははひとまず人混みから離れ、近くの路地に入った。
エドは横に壁に背中を預けると、ファインに今起こった一部始終を語った。
「――それで、俺はその娘を探してたってわけ」
エドが話し終わるまで、黙ってそれを聞いていたファインだったが、ふと不思議そうに首を傾げる。
「なあエド、その女……髪の毛が黒かったってのは本当か?」
「え? ああ、一瞬見ただけだったけど確かに黒髪だったよ。そりゃあ黒髪は珍しいけど、それが何か――」
そこまで言いかけて、エドはふと生まれ変わってからの記憶を思い返してみる。そういえば自分は――この世界で黒髪の人間を見たことがあっただろうか?
そうだ。赤、青、茶、緑、金、銀……など、ずいぶんとバリエーションに富んだ髪色を皆しているが、何故か黒髪だけは見たことがなかった。
「――黒髪の人間は、この世に存在しないのか」
そのはずだがな、とファインが続ける。
「お前の見間違いとか、女が幻術を使っているとかなら問題はないが……いや、うーん……」
それにしても歯切れが悪い。
「お前、なんか隠してないか?」
「別に隠してるわけじゃ……単に噂程度の話ってだけなんだがな」
覚悟を決めたファインが口を開く。
「その女――もしかしたら”呪い持ち”かもしれねえ」
「……呪い持ち?」
「そうだ。俺もたいぶ昔に親父に聞いたきりなんだが、百年に一人ぐらいの割合で、呪い持ちってのが現れるらしい」
それからファインが語った内容は以下である。
まず、呪い持ちが持つ呪いには諸説あるが、ものによっては人を殺めるような呪いもあるということ。
次に、呪いは何の前触れもなく突然現れるが、順当な手順を踏めば解くこともできるということ。
最後に、呪い持ちは呪いが発現した際――必ず髪の色が黒に変じること。
「――なるほどな」
「俺が知ってるのはそれぐらいだ。で、エド……本当にそいつを探しにいくのか?」
少しだけ心配そうなファインに、エドは軽く返す。
「もちろん。さっきのお礼がちゃんとしたいし。――それにまだ勝負は終わってないだろ? 俺はお礼を理由にその娘を食事にでも誘ってくるよ」
「おまっ……ずるいぞそりゃあ!?」
「ファインも頑張れよ~」
驚愕するファインをよそに、エドをひらひらと手を振って去っていった。
呪いの話と先ほどの事故とを結びつければ、ファインがこちらを心配する理由も分かる。しかしまだそれは憶測であり、少女と会わない理由にはならないだろう。
そうなんとなく自分を納得させて、エドは先ほど少女を見失った場所へ向かった。
……が、しばらく探しても自分の見た”黒髪”の少女は見つからない。
「やっぱり俺の見間違いだったか――?」
エドが悩みながら視線を向ける先――とある小さな料理店の奥の席に、一人の水色の髪の少女が座っていた。
髪の色以外は先ほどの少女と特徴が一致している。エドは更に数秒悩んだ末、入口をくぐり少女の方へ歩いていく。
途中で先方も近づいてくるエドに気づいたのか、青と緑のオッドアイと目が合う。
しかし彼女は一瞬エドのほうを見たのみで、すぐに視線をそらしてしまった。
ついに少女の席まで着き、一呼吸おいてからエドは彼女に声をかけた。
「――隣、いいかな?」
もう一度こちらのほうを見た少女は、周りを見回して他に席がないのを確認すると、ため息をついてこくりと頷いた。
「ありがと」
エドは少女に笑いかけると、するりと席に座った。
まだ料理を頼んでいないのか、目の前のテーブルには水しか置かれていない。
「……」
少女は黙ったまま、エドに目を合わせようともしない。
近くで見れば、ずいぶんと端正な顔立ちだ。照明の光を反射してキラキラと光る髪に、伏せられた長いまつ毛。グラスを持つ指は細く白く、繊細な雰囲気をまとう。
「さっき俺を助けてくれたの……君、だよね?」
頬杖をついてエドが話かけると、少女がようやく口を開いた。
「私は――」
その瞬間、ふいに少女の服を誰かが引っ張る。
「――姫様」
いつの間にか褐色の幼い少年が少女の隣に立ち、こちらを指差した。
頭に生えた二本の細長い耳がぴょこりと動く。
「こいつ、“信託の騎士”です」
微妙な時間の投稿ですね……
評価・ブクマ登録していただくと作者が早起きできるようになるかもしれません。