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ねこさん、ねこさん、【即興小説】

作者: 南澤久佳

お題:ありきたりな猫 必須要素:駄菓子 制限時間:1時間


道の真ん中に猫がごろんと寝転んで、腹を出して日向ぼっこをしていた。

車の往来が少ない住宅街では、わりと良くある光景だ。

「ねこ、ねこ」

警戒心のなさから、周辺の住人に良くしてもらっている猫なのだろう。そういう猫は、触れることがある。ねこ、ねこ、と、なるべく優しく小さな声で呼びかけながら、一歩ずつ、慎重に歩み寄る。

腹を出して、両前脚を胸元に寄せて、背中をぐねぐねさせて、首をちょいと持ち上げて、こちらを見つめてくる、猫。かわいい。

瞳はグリーン、少しだけ薄汚れた白い毛皮に、耳と、前足の先と、後ろ足の先に少しだけ、茶色と黒のまだらもよう。肉球はピンク。かわいい。さわりたい。

ごろん、ごろんと、アスファルトの上で、数回体をうねらせると、猫はおきあがって、うーん、と伸びをして、大きなあくびをした。可愛い。そして、香箱の体勢になる。

これは、いける。

姿勢を低くして、ゆっくり近づいて、手の甲を丸めがちに、猫の右サイドに持っていった。

う~ん?と不思議そうな目つきで自分の一連の動作を見守るその背中を、そっと撫でた。

ゴロゴロ…。

喉を鳴らされた。甘えてきている。最高だ!

そのまま、ゆっくり何度も、背中を撫でた。

少し毛皮がごわついていたが、それでもふわふわで、暖かくて、柔らかい。猫と言うのは何故こんなに、気持ちのいい手触りの生き物なのだろう?もしかして、人間に撫でられるために生まれてきたのかしら、などと思うのは、おこがましい。猫様に失礼だ。猫は猫のために生きているに決まっている。

「かわいいね~かわいいね~、ねこちゃん」

猫に触れる機会がなかったときは、いわゆる「猫なで声」を出す人の気持ちが分からなかったが、いまでは自分も、赤ちゃんに声をかけるように、高くて小さい声で、呼びかける。多分それが、自分より小さな生き物に触れるときの最適解なのだろう。

右手でゆっくり、猫様の感触を堪能していたら、ふいにその首がにゅっと左手のほうに伸びた。

「あっ、コラ」

左手首に下げていたコンビニ袋の中に頭を突っ込まれそうになって、あわてて取り上げる。猫様が不機嫌そうな顔になった。

袋の中身は、駄菓子と、ティッシュと、昼食用のサンドイッチ。駄目だ。猫に与えられるようなものは何もない。

でも、この子は普段、何を食べているのだろう?

人懐っこさと肉付きから、餌を充分もらっていることは伺える。でも、キャットフード以外を気軽に与えてしまう人間が多いのも現実だ。人間の食べ物は、基本的に猫には油分や塩分や糖分が多すぎて、体によくない。パンひとつでもそうなのだ。ミルクだって、猫用のものでないと腹下しの原因になる。毒になるものも多い。野良猫にわざわざ与える人は居ないだろうけど、百合の花は厳禁だ。花が生けられていた花瓶の水を少し舐めただけで死んでしまう。

「キャットフード、持ち歩こうかな…いや、勝手に餌付けはよくないか」

猫様のぴんと立った三角の耳をみる。切り込みと思しきものはなかった。「地域猫」といって、避妊、去勢手術をして、繁殖できないようにした上でリリースして、一世代限りの命を地域住民が面倒を見るようにした猫は、その目印に耳をカットする。その場合、餌をやる人と、糞の始末をする人が決っている。もちろん、飼い主がいて、自由に外に出しているだけの可能性もあるけれど。

「ねこさん、なんにもあげられないけど、さわってもいいかい」

コンビニ袋はかばんに仕舞って、もう一度手を伸ばすと、甘えるように、頬を指にこすり付けてきた。可愛い!最高!あいしてる!

そのまま猫のしぐさに導かれて、あごをくすぐる。

ゴロゴロゴロ…。ふにゃっと丸い口元と、お鼻と、笑っているように細められた目元が堪能できる、最高のシチュエーション。

この子は、野良なのか、地域猫か、外に出されている飼い猫か。

たまたま友人の家に立ち寄った帰り、この道を歩いていて遭遇しただけの自分には、わからない。

ただ、この子が、幸せだったらいいなあ、と思う。自分は今、目一杯幸せを与えてもらっているから。

「ばいばい、ねこさん」

しばらくじゃれあってから、すっと立ち上がって、そう告げると、猫は、もうこちらに興味がないように、股を広げて毛づくろいをはじめた。

ねこさん、もう会えないかもしれないけど、幸せでいてね。

猫と言うのは純粋に外来種だ。日本に生息する生き物としては繁殖力が強すぎて、放っておくと大量に増えて、花壇や畑や庭を荒らす。そうして人間に嫌われてしまうと、追い立てられる。無計画な繁殖で増えた猫を保護して飼い主を探している団体から、わざわざ猫を引き取って虐待する、「里親詐欺」を繰り返す人間もいる。


あの猫、飼えたら良いのに。


そう思うけれど、自分のアパートはペット禁止だ。ああ、でも、あの猫を連れて帰って、餌とトイレの面倒を見て、ときどき撫でさせてもらって、寒い冬の日に、布団に入ってきてもらえたりしたら、どんなに幸せだろう。

そんな風な、ありきたりなようでいて特別な幸せを、どんな猫も、もっていたら良いのに。


後方に、小さくなっていく猫の影を名残惜しく、後ろ髪引かれながら、私は家路につく。もう少しバイトを頑張って、次に引っ越すときは、ペット可の場所に引っ越そう、と決心しながら。

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