第五話
武術大会……殿下にここまでお願いされては断れないわね。
「それでは武術大会は前向きに考えさせていただきます。」
「そうか!是非出てほしい!今年から珍しい宝物が優勝記念品として出されるしな。」
それは楽しみかも。
「あっ、マリアンヌが起きてきたようだ。」
第二王子殿下の視線の先を見ると、個室から出てきた王女殿下がこちらを見ていた。
「妹は勇者様を慕っているんだ。さあ、行ってやってくれないか?」
殿下に爽やかに送り出され、渋々王女殿下のもとへ向かった。
「もうお加減はよろしいのですか?」
「はい………。ご迷惑をおかけしました。」
王女殿下は恥ずかしそうにモジモジしている。
モジモジしている王女殿下が鬱陶しいなと思っていると、近くから懐かしい声が聞こえた。
「アラン!遅くなってすまなかった!元気そうでよかったよ!」
そこには目に涙を溜めた両親が立っていた。
「父上!母上!」
私達は無事を喜び合い、抱き合った。
「まあ、この方は王女殿下ね。アランさすがね!こんなに美しい方に気に入ってもらえるなんて!」
「でかしたぞ!アラン!」
両親は顔を赤らめて側でモジモジしている王女殿下をみて囃し立て始めた。
……両親ではあるが、鬱陶しいこと極まりない……。
ああ、そうだ。両親の登場で忘れそうになったが、私はまだ陛下に謁見していなかった。取り敢えず、行かなくては……。
「それでは遅くなりましたが、私達は国王陛下の元へ参ります。さあ、王女殿下参りましょう。」
「はい。」
国王陛下と王妃殿下に謁見した。
「具合はどうだい?マリアンヌ?」
「大丈夫なの?マリアンヌ?勇者様、マリアンヌを助けていただきありがとうございました。」
特に何もしていないのだが……。
「マリアンヌは勇者様を慕っているのですよ。」
オホホ…と微笑みながら話す王妃殿下に、顔を真っ赤にした王女が「やめて」と訴えている。
「初々しくて可愛いではないか!」
国王陛下も若い者同士はいいなと和かに笑っている。
若い者同士って………。王女を見るとこちらを恥ずかしそうに見つめている。………お願いだからやめてくれ。
「勇者殿、王宮を離れて村へ戻りたいと申し出があったが、ずっと王宮に戻らないわけではないのだろう?マリアンヌとの結婚も早くしてほしいのだ。」
国王陛下の言葉に耳を疑った。
………はっ?………結婚?
王女殿下は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに「きゃっ」とか言いながら顔を両手で覆っている。
「国の宝である勇者と珠のような王女。本当に似合いの2人だ。」
国王陛下と王妃殿下は私達を交互に眺めた。私の瞳の色をしたドレスに身を包んだ王女殿下が、チラチラこちらを恥ずかしそうに伺っている。
…………嬉しくもなんともない。
私はキャッキャ喜ぶ王女殿下を冷めた瞳で見つめていた。
何故勝手に決められる??
不愉快極まりない。
そこに、さらに追い討ちをかける2人が登場した。
「アラン!もう村には帰って来なくても良いぞ!?王女殿下と早く結婚しなさい!村から王族が誕生するなんて……何て名誉なことなんだ!」
父が両手を広げて大袈裟に感動している。
「本当に……嬉しいわ……。貴方を育てて本当に良かった……。うっうっ……。」
母は跪き、感動に打ち震えている。
……本当にやめてくれ……。
「ご両親もこんなに喜ばれているからには、早く結婚式を挙げなくてはならないな!ああ、今日は何てめでたい日なんだ!」
皆、もの凄く喜び合っている。そして、周囲にいる人々まで抱き合い、喜び合っている。
……それを冷めた目で見る私……。
……結婚なんて絶対嫌だ……!
……勇気を出して、言わなくては!!
「不敬を承知で申し上げますが、結婚は出来ません。」
私ははっきりと申し上げた。
周囲が緊張で張り詰め、静まり返った。
陛下の護衛も険しい表情で、鞘に手をかけている。
両親は真っ青な顔で固まっている。
「……………何故だ?マリアンヌが気に入らないのか?」
陛下が体をわなわなと震わせながら問うてきた。
気に入らないも何も、私は女は愛せない。
結婚、跡継ぎ………絶対無理。
「こんな愛らしい娘を愛せないわけはないだろう?心に決めた者がいるのか?」
陛下は悲痛に満ちた声音で問うてきた。
そこに場違いな声が割り込んできた。
「勇者様は私が好きなのです!」
あのギラギラ令嬢だった。ギラギラ令嬢はこれでも列記とした侯爵家令嬢らしい……。が、誰も聞いていない……。
そこにイケメン従者が現れ、「お嬢様、いけません!」と嗜めながら担ぎ去って行った。
一瞬呆気に取られていた陛下だったが、咳払いすると、私に向き直り、再度尋ねて来た。
「……もう一度問う。心に決めたものがおるのか?」
「いません。けれど私には結婚は無理です。」
陛下の表情に怒りが滲んできた。
「マリアンヌとの結婚の何が嫌なんだ!!!」
陛下の怒号が響き渡る。
王妃殿下と王女殿下は抱き合って泣いている。
……国王陛下の怒りが思った以上だ……どう切り抜けよう……?
「…………………………………………。」
「何を黙っておる!!!!何とか言わんか!!!!」
……ひぇっ!!これは正直に話すしかない!!
「私は男が好きなんです!!女は嫌いです!!」
………直球で言ってしまったっ!!!
「………………………………………。」
「…………………………………………………。」
「………………………どういうことだ?」
陛下の勢いがなくなった………。
「はい。ですから、そういうことです。」
「…………………………………男が好きなのか?」
「はい。」
「……………………………………。」
会場にいる者全てが絶句している。
居た堪れない空気が澱んでいる。
……これは、まさに針の筵………?
「………………………………………………。」
「……………ふっ!!ふははははっ!!」
その時、国王陛下の高らかな笑い声が響き渡った。
「面白い冗談を言うではないか!?ははははっ!戦から帰ったばかりで、まだ結婚などしたくない気持ちも分からんでもないが……マリアンヌの気持ちも汲んでやってくれ。マリアンヌは別の誰かに勇者殿がとられないかと心配し、夜も眠れないのだ。」
「まあ、それはお可哀想だわ!!アラン!早く結婚なさい!!」
母が鬼の形相で私を揺さぶる。
「アラン!変な冗談を言うのはやめろ!男なら覚悟を決めろ!!」
父からも怒りに満ちた目を向けられる。
…………………………は!?
「勇者様!!おめでとうございます!!」
「勇者様、王女殿下、バンザーイ!!」
会場は歓喜に満ち溢れ、お祝いの言葉で溢れかえった。
……何これ!?
……嫌だー!!
「だから!やめて下さい!結婚は出来ません!!」
私は必死で叫ぶ。だが、誰も聞いてくれない。
「結婚は嫌で……痛っ!!」
結婚は嫌だと叫んでいると、父に思いっきり拳で殴られ、「いい加減にしろ!!」と怒鳴られた。
「…………………………………………。」
…………………もう嫌だ。
……………………耐えられない。
…………………………これはもう逃げるしかない。
私は魔力を溜め、出来るだけ遠くに逃げようと転移魔法を唱えた。
魔法陣が私を包む。「何だ!?」「どうした!?」と、皆が驚きパニックになっている間に、
――――――――私は、消えた。
――――――――皆さん、さようなら。