第一話
バアアアアアン‥!!!
突然の爆発音と共に、目の前に燃え盛る炎‥
カシン!バン!と鳴り響く剣を交える音と、目の前で繰り広げられる戦闘‥
「何これ‥‥!」
私は恐怖のあまり立ちすくんだ‥
辺りを見渡すと、ここは火星か木星か?と感じる程の異質空間。薄暗く赤紫の無機質な岩と砂利が広がっている。
そこには大勢の魔物と、魔物と戦っている者達がいた。
その刹那、こちらへ鋭い爪を振りかざした魔物が突進してきた!
「いやーーーー!!」
私は怖さのあまり目をぎゅっと閉じて持っていた剣を振り回した。
「大丈夫か!?アラン!!」
目の前に青色の髪を靡かせた青年が颯爽と現れ、剣で魔物を切り裂いた。
恐ろしい断末魔と共に魔物が霧のように消えていく‥
えっ?アランって?私のこと?
「…アラン!どうした!?」
青年は怪訝な顔して私を見つめた。すごいイケメン…
なんて見惚れている暇もなく、すぐさま別の魔物が両手を炎と化して襲いかかってきた。別方向からは鎧の大群が押し寄せ‥
「なーーーーーー!」
恐ろしさのあまり頭の中が真っ白。倒れそう‥‥
すると目の前に大きな竜巻のようなものが現れ、魔物達が巻き込まれていく。
よく見ると紫紺のローブを纏った男性が両手を広げ、竜巻を出しているようだった。
…すごい…人間技じゃないわね…
その男性がこちらを振り返り、
「勇者様!ここは私どもに任せて、あなた様はあちらをお願いします!」
「えっ???」
勇者って、呼ばれたのだけど‥!?
「どうされたのですか!?早く!?」
皆が私を見つめる。…勇者?!
「えっ‥‥あっ‥‥」パニック状態に陥りながら皆の視線の先をみると‥そこには‥
‥山のように大きな化け物がいた‥
大岩に不気味な巨翼があり、何もかも飲み込んでしまいそうな漆黒の口は大きく開かれ、そして恐ろしい重低音の唸り声をあげている。
「嫌ーーーー!!!!」
ーーーーー
「勇者様!今こそ聖なる剣で魔王を倒して下さい!」
えっ!?倒す!?倒す!?
無理ーーーーー!!!
刹那、大きく開かれた魔王の口が禍々しい紅蓮へと変わり、大きく渦巻いたそれがこちらへと向けられた。
ーーーやられる!!!
ーーーもうどうにでもなれ…!
帯刀していた剣を抜き、大きく振りかぶったーその刹那、光り輝く氷の渦が、こちらに吐き出された紅蓮の炎を包み込み、そして魔王をも包み込んだ。
地響きのような魔王の声が響き渡るー
えっ?!今の私がやったの?!私とんでもなく強いんじゃない!?
…怖いんだけど…
ホッとするのも束の間、魔王は体勢を立て直し、こちらに向かってきた。瞳はギラギラと怒りに満ち溢れている!
嫌ーーー!!怖い!怖い!怖い!
相手を直視出来ないまま、聖剣を振り回す。
聖剣を振るたび、辺りに空気を引き裂くような高音が響き渡る。それは真空の刃となり、魔王を引き裂く。そして、聖剣を正面に向かって振り下ろした瞬間、
ギャーーーーーギ………グゥフゥ……………
魔王の断末魔がこだました…………………
…魔王を倒したの…?!私が……?
目を開けられない程の光が辺りを覆う。
ーわぁぁぁぁーーー……!
そして、喜びの歓声が響き渡った……
※ ※ ※ ※ ※
「さなー!学校遅れるわよー!」
「はーい!」
私は田中さな 17歳
どこにでもいる女子高生。
寝過ごしてしまって慌てて家を出たあの日、
バス停に向かって猛ダッシュしていると…
キキーーキキーー!!!
けたたましい車のブレーキ音と車前に飛び出している男の子が目前に現れたーー
「危ない!」
反射的に飛び出し、男の子を突き飛ばした。
そして私はそのままーー
ドン‥
車にぶつかって‥
‥死んじゃった………!?
…車にぶつかって簡単に死んじゃった…
次生まれ変わる時は車が避けられる位運動神経も良くて…そもそもこんな事故に巻き込まれるような運の悪い子にはなりたくない。ただ平凡でいいから長生きしたい…
「平凡、長生き」と願ったのに。
何故に勇者に生まれ変わった?絶対平凡じゃない…。
ここまで鍛えられた身体をしているということは、かなり修行を積んだと思うのだけど、何故か全く勇者の記憶がない…。記憶喪失?どうなってんの?!
難しい顔で考え込んでいると、
ッバシッ!!!
突然後頭部を叩かれた。
「痛!」
振り返るとあのイケメン剣士。
「お前なー、さっきのは何だっ…………………
…………………………………
ジンジンする頭を撫でていると、
ーーードクンッ!!!
急に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、
ーーーこの世界で生を受けてから今までのことが走馬灯のように流れ込んできた…
……………思い出した……………………
※ ※ ※ ※ ※
私はテレニン村という小さな田舎で生まれ育った。
捨て子だった私を今の両親が我が子のように育ててくれた。
今は怪我で引退しているが、元王宮騎士だった父に剣の手解きをしてもらい、頭角を表した。
村で占い師をしている母からは魔法を習った。
魔法剣士と呼ばれ、十七歳の時に王宮の武術大会へ出場。
圧倒的な強さで優勝した。そして、王宮騎士として迎えられ、魔物討伐に明け暮れた。
ある日、夢のお告げがあったと国王に呼びだされ、地下の祭壇へと案内された。
そこには錆びついた剣が地面に突き刺さっており、国王に促されるまま、その柄に手をかけた。
刹那、手に吸い付くように抜かれ、剣が光り輝いた。
「やっと見つかった……勇者アラン……」
国王が恍惚とした目で私を見つめた。
勇者が見つかったという喜ばしい知らせは国中を駆け巡り、お祭り騒ぎとなった。
魔王復活により魔物が増え、生活は困窮していたのだが、この時ばかりは皆羽目を外していた。
ここアルメキア王国は商業の発展した豊かな王国。
魔法を使える者が多くおり、その者達が品物に魔法を込める為、とても良い品物に仕上がる。
その街並みは美しく、魔法が加えられているせいか、とても神秘的な輝きを放っていた。
しかしそんな王国も今では魔物に見るも無惨に破壊されていた。
皆家で息を殺して生活していた。
この王国には古くから勇者伝説が伝承されている。
ーーその勇者(私)がやっと現れたのだ!
救われる!皆の心に光が差した。
ーーそして私は魔王討伐の旅へ出た。
選ばれし戦士達と共にーー
選ばれし戦士まず一人目は、二十六歳の青い髪に藍色の瞳をしたイケメン剣士キース。私がやられそうになった時、颯爽と現れ、助けてくれたんだよね…格好良かった。
そして二人目は黒いローブを纏った五十歳の落ち着いたイケおじ魔法使いマグウェル。あの両手から出される竜巻や炎は人間技とは思えなかったわ。
三人目は大柄で筋骨隆々の、とても整った顔をした三十三歳のイケメン武闘家ダニエル。それはもう魔物をちぎっては投げ、この方も人間離れしていたわ。
そして私は名のある剣士と魔法使いに英才教育を受けた、十九歳の魔法剣士、兼、聖剣に選ばれし勇者。自分で言うのも何だが、金髪碧眼で背も割と高く、王子様系イケメンだ。昔からかなりモテたが、鍛錬に必死で、これといった浮いた話もない。しかしそれがまたクールだと言われ、何と愛好会まで存在している…。
ーーこんな見目麗しい私だが、前世の女子高生記憶が戻ってしまった今、一生結婚はできないだろう
…せめて女性に生まれ変わりたかった…と心の中で落ち込んだ…。
と、目を閉じ、腕を組んで考え込んでいると、
バシッ!!
また後頭部に痛みが走った。
「…おい!!だから人の話を聞け!さっきの戦い方は何だったんだ?と聞いているだろ?!お前らしくなかったぞ!」
キースが私の頭を抱え込み、グイグイ押してくる。美しい顔面が至近距離にある。
ーーーああ、そうだった。さっきキースに話かけられ、後頭部を叩かれ全て思い出したんだ…………
キースにグイグイ押されて…
ドキドキする…
耳まで真っ赤になる…恥ずかしい…
って!今は男の私が何考えてんだっ!
「お前どーした?顔が赤いぞー?!あっ、体調が悪かったんだな!それでさっきの…変な戦い方…。そーか、そーか。」
一人で納得したように頷いている。
「お前は先に馬車で休んでろ。俺たちはこの魔物の死骸を片付けてから戻る。」
そう言って、こちらに笑顔をみせるキース。風に靡く青空のような髪…弧を描く口元…鍛えられた体…。
ぼーっと熱い視線で見つめてしまった。
「何見つめてんだよ!気持ち悪いな。病人は早く馬車に戻れ!」
こちらを睨みつけて、あっちいけとばかりに手をひらひらさせている。
そこに、よく通る声が割って入った。
「私がお運びしましょう。」
現れたのはイケメン武闘家ダニエル。
片手で乱暴に担がれ馬車の中へ。
…私が女性なら、お姫様抱っこしてくれただろうに…酷い扱いだ…溜息が出る。
そして、
――キモチワルイ――
先程キースに言われた言葉が頭から離れない…ショック…。
※ ※ ※ ※ ※
魔王討伐後、
キースは第一騎士団長へと昇格。これからも研鑽を重ね、最強の騎士を目指すらしい。そして私に向かって、
「絶対、お前を抜いてやる!!!」
と、高らかに宣言されてしまった。
…何か複雑…
マグウェルはもともと魔導士団長だったのだが、世代交代したいと退き、故郷へと帰還する予定。ベニー伯爵領の跡取りとなった弟のミカエル・ベニー伯爵の補佐がしたいと願い出たのだ。ベニー伯爵領は魔物により甚大な被害を被っている為、元通りの美しい領地にすべく奮闘されるであろう。
まぁ、あの人並外れた頭脳と魔力があれば元通りの活気ある領地になるのも時間の問題ね。
ダニエルは第二騎士団長に昇格。家には愛する妻と子供がいるらしく、討伐後しばらく休暇を取り、家族団欒を楽しむそうだ。
愛妻家いいなー…私もそんな旦那様がほしい…って、私今男だった…涙がでる。
そして私は、騎士団を辞めさせてもらった。女子高生の記憶が戻った今、ゾクゾクするようなイケメン騎士達に囲まれて生活するなんて心臓がもたない…。
皆からかなり引き留められたが、何かあれば駆けつけると約束し諦めてもらった。そして、取り敢えず我が故郷であるムスカ村へ帰ることにした。
ーー明日から開かれる舞踏会の後で。
※ ※ ※ ※ ※