5. 誰かと食べるご飯
「ツクル、ミル、する」
キラキラと目を輝かせているソレイルは興味深々だ。1度落ち着いてからの室内の物に対する「ナニ?」の質問攻めに、少しばかり時間が掛かった。室内灯にも、窓から見た景色にも、急に鳴り始めた目覚まし時計の音にも、指さしで「ナニ?」と聞いてくるその姿は可愛らしい。
「怪我してるんですよ?ちゃんと寝てて下さい」
「ダイジョブ」
「でも、」
「ダイジョブ」
まだ寝てて良いと月子が言っても、どうやら作るところを見たいようで、「ダイジョブ」の一点張りだ。それに、まるで遊園地に初めて来た子供の様な顔をしてしているのは、気のせいだろうか。
「わかりました。でもおとなしくしてて下さいね?」
「オトシナクク?」
「・・・・・この中から出ないで下さいね」
言葉の壁はなかなか厚いらしい。
色々諦めて昨晩干しておいた鎧の下のインナーを手渡した。
「カンシャ」
着替えが済んだソレイルを、タオルを敷いた小さなバスケットに座らせて抱え、2人一緒にキッチンへ向かった。因みにソレイルが入っているバスケットは、元々はぬいぐるみの可愛いクマが入れられ、飾られていたものだ。
「そこにいてくださいね」
シンク前の小窓にバスケットを置くと、無言で頷くソレイルは落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見回している。その姿に、遊園地で何に乗ろうかとそわそわしている子供を思い出した。
作りなれた1人分の朝食。本日のメニューはパン、味噌汁、目玉焼きとお浸しの予定だ。
「ツキコ、マフォ、マ・・・・マホー?」
炊飯器に洗って水切りしていた米をセットし、水を入れスタートボタンを押す。少し気の抜けるような短い音楽が流れると、ソレイルはまた月子を見ながら聞いてきた。
「マホー?ああ、魔法ですね?魔法ではないですよ。これは電気で動いてるので」
「デンキ」
「そう、電気。見えないけど、ここにある灯りや道具なんかは動かない仕組みになってます」
彼の家ではどんな生活環境なんだろうか。鎧を着ていた位なので、室内灯や機械に驚いたのは解るけれど、魔法なんて単語が出てきたのは少しばかり気になる。いや、逆に彼が電気も何もない様な所から来たからこそ、この環境がまるで魔法か何かで成り立っている様に見えるのかもしれないが。
何はともあれもう少し会話が上手くできる様にならなければ、判断しようがない。
「マホウ、しない。デンキ、する」
「そう。うちは釜戸もあるんですけどね。たまに使いますよ?釜戸で炊いたご飯は美味しいですから」
「ゴファン?」
「ごはん」
どうやら彼は、『は行』の発音が苦手らしい。眉間に皺を寄せて頑張っているのが可愛くて、小さな子供に教えるようなやり取りに月子は少しだけ楽しくなる。
恐らく成人男子であろう彼には申し訳ないが、小さいと言うのはそれだけで可愛いのだ。許して貰いたい。
昨日オーブンの中で寝かせておいたパンを焼く。小麦粉、牛乳・バター・黒砂糖と、バナナで作った酵母を混ぜて寝かせたパンは、仄かな甘味とバナナの薫りが気に入っている。
そして次は味噌汁。鍋に水を張り、いりこ出汁の味噌汁を作る。因みに具は、サツマイモ・玉葱・青梗菜・人参、それとお豆腐だ。好き嫌いが分かれそうだが、サツマイモと玉葱のおかげで甘みの強くなっている鍋に、月子は白味噌を入れて食べるのが好きだ。
「あとはお浸しね」
お浸しは小松菜を使う。根を落としてきれいに洗い、電子レンジで火を通す。その間にお揚げの表面を炙って焦がしておき、後は小さく切ってから小松菜と一緒にバットに並べ、出汁を流し入れてからしばらく置けば完成だ。1人分には少し多めに作り、夕飯迄に分けて食べる予定だ。
因みに味噌汁の使用済みのいりこは、鍋から取り除いて庭で飼っている鶏の餌にするので、無駄にならない。食べ物は粗末にしない派だ。
「スープ?」
「サツマイモと人参と玉葱。あ、後はお豆腐と青梗菜が入ってます」
「サツマモ、ニンチン・・・・??ナマエ、シル、しない」
「あー、そうかそうですよね?えっと折角だから教えますね。これが小松菜、これが人参・・・・・」
「コマチナ」
「コ・マ・ツ・ナ」
「コ・マ・チュ・ナ」
「ふふふ・・・・・上手です」
発音が上手に出来ないのはご愛嬌。野菜を手に持って説明すると、覚え初めの小さな子供が真似るように繰り返すその姿がたまらない。
そうこうして準備を終え、テーブルに作った物を並べる。一人暮らしなのだ、大した物は出せないのが申し訳ない。
「いただきます」
「・・・・・マス?」
月子の真似をするように手を合わせるソレイルの前には、小皿に乗った2センチに切ったパンと、ソレイルの頭程あるおにぎりが1つ。流石にそれ以上小さく握るのは難し過ぎた。味噌汁は小さい器が無くて困ったが、木製の茶匙に汁だけ掬ってパンの横に置いた。幸い、これなら持てると確認済みだ。
怪我もあるし、それにお茶や珈琲の習慣が有るのかすら分からない。飲み物は何を出せば良いか分からず、迷った末に白湯を同じくもう1つの茶匙に注いで置いた。
「無理しなくて良いので、食べられる分だけ食べて下さいね?」
「カンシャ」
量も少ないので、恐らく既に冷めてしまっているだろう味噌汁を、ソレイルはそれでも嫌な顔一つせず両手で抱えて口を付けた。パンは手で千切って少し食べた後、気に入ったのか残りはパンに顔を埋める様にして食べている。そしてパンを全て食べ終えると、おにぎりへと顔を向ける。
「ゴハン?」
「ご飯は、茶碗が無いのでおにぎりにしました」
「オニギリ」
味噌汁もパンも素直に食べたのに、おにぎりで急に手を止めている。ご飯は初めて目にしたのか、作っている時から米も海苔も訝しげに見ていた。食べられるのか気になるのだろう。
「もしかしてお米は初めてですか?気になるなら私が食べますから、残して良いですよ。パンもまだありますから」
「・・・・・タベル、する」
両手で持ったおにぎりがベタつくのが気になるのか、ぎゅっと眉を寄せた。それから不安を振り切るように、ガブリとおにぎりに噛み付いた。
「・・・・・!!」
「どうですか・・・・?」
「オイシイ、スキ」
「良かったです!」
ソレイルの食事する様子をほっこりしながら眺める。顔に海苔のカスをつけたまま、大きく頬を膨らませておにぎりを食べる姿はリスのようで可愛い。
月子はソレイルが最後の一口を頬張った所で、ウエットティッシュを取り出し、頬についた海苔を拭いてあげた。子供扱いされたと思ったのか、また眉を寄せ不服そうにテーブルの上から月子を見上げた。
「ツキコ」
「ごめんなさい、つい」
自分でやると言いたげなソレイルに苦笑いして、月子はもう1枚ウエットティッシュを取り出し、それを手渡した。
「・・・・・ソレイルさん。良かったら食事の後で、外に行ってみませんか?それに地図も見てみましょう。何処から来たのか分かるかもしれませんし、なんなら世界地図もあります!」
「チズ?」
「今日はあまりする事も無いので、一緒に探してみましょう!」
本日の予定を脳内から削除して、イマイチ言葉が通じていないのかキョトンとしているソレイルに、月子はにっこり笑って見せた。