3. 小さな彼
小人って本当にいたんだな・・・・・
クローゼットで見つけた小さな彼の寝顔を眺めながら、どんなファンタジーだと頬をひきつらせて笑い、月子は小さくため息を吐いた。
自分でも酔狂なことだと思っているのだ。だが、怪我人を放っておけない性分だ。この彼が小さいと言うのも、警戒心を薄めている要因だろうが。
寝ているからハッキリ解らないけれど、掘りが深くてキリッとしている顔立ち。殆ど黒に近い焦茶色の髪は緩く毛先が巻いており、少し癖毛でちょっと色っぽい。健康的に日に焼けた肌に、今まで見たこと無い位に引き締まっている体躯は、凄く強そうだ。絶対普通の人間なら病院へ行くレベルの傷は、出血も多そうで心配したけれど、どう考えても大騒ぎになるから連れて行ける訳もない。それに、クローゼットに居たくらいだ。御伽話みたいな考えだが、もしかすると昔から隠れて住んでる種類の人なのかもしれないし、それだと人目に付くのは迷惑になるだろう。勿論、地球侵略を狙ってる宇宙人とかなら、きっと捕まえた方が良いのかもしれないけれど。外見は小さいだけの人間にしか見えないし、いつの時代だと言いたくなる様な、鎧姿で剣を持っていた位なのだ、それはまず考えられない。
頭の中でぐるぐると迷ってしまった月子だったが、彼の呼吸も落ち着いてるし、今はその体力を信じ、家で様子を見る事にした。
最悪の場合、近所に住む元獣医のお爺ちゃんにでもなんとか・・・・無理かな?
見せたらショックでひっくり返りそうなので、出来れば頼らずに済むことを願うばかりだ。
春先とは言え、まだまだ夜は寒い。彼が冷えない様にと、ふかふかタオルで体を挟んで枕元に置き、眩しくないよう、部屋は豆電球だけ灯して、彼の様子を見る事にした。
案の定と言うか、やはり傷も傷なので夜中に熱も出て。なにをするにも体が小さすぎて対処に困ったが、とりあえず対策として、こまめに彼の汗を拭いてあげた。それから、やはり小さすぎて氷嚢も使えないので、冷す代わりに氷水でガーゼを湿らせ、顔や首回りなんかを拭いてみたりしたら、気持ち良さそうにしていたから、上半身だけでもと、冷たいガーゼで何度か拭いてあげた。
そうこうしてやっと彼の呼吸も落ち着いて、布団に潜り込んだのが、日付が変わってしばらくしたくらいだったろうか。
何か動く気配がして薄く目を開くと、ぼんやり暗い中、じっとこちらを見ていた彼と目が合った。
「な・・・・・?!」
「ん・・・・・?」
その瞬間、目にも止まらぬ動きでタオルを飛び出し、薄暗闇の中こちらを睨んでいる。
いや、解るけどね。どう見ても彼からすれば私は巨人だし。
思いの外元気そうな彼が嬉しくて、気が急いていたのもあった。けれど、勢い良く飛び起きてしまったのは完全に失敗だった。
振動で大きく揺れるベッド。
跳ね上がる彼の体。
「あ・・・・っ!」
落ちない様に慌てて掴んだ彼の体は暖かく、今はしっかり健康的な人肌位の温度になっている。そして、すぐに抜け出そうと暴れだした彼に、月子は色々気が付いてしまった。彼を掴んだその手に感じる、しっとりした人肌の感触。そして、自身で傷だらけの身体を拭いた時の事を。
ああ、そう言えば・・・・・裸だったよね
「・・・・・忘れてた・・・・・」
気まずい。いやもうホント
顔を逸らしてそっと彼を下ろせば、伺う様に再び距離を取られた。怪訝な眼差しに申し訳なさが募る。
「ごめんなさい、あの、服を・・・・・!あ、しまったな、どうしよう」
怖がってる様子はないが、相手からすれば巨人である。警戒するのは当たり前で、叫び出さないだけ事凄いだろう。まず自分なら動けない。もしくは泣き叫んで逃げ出している。
「あの、言葉はわかりますか・・・・?」
「・・・・・スコシ、ワカル」
一瞬の間があって後、少しだけ顔の強張りを解いた小さな彼は、辿々しくだけれどちゃんと答えてくれて。
外見は完全に異国の人だが、サイズからして人間かどうかもわからない。そう思って心配していたのだが、少しでも言葉が通じると判っただけで、妙な安心感が生まれた。
「良かった・・・・・会話が出来なかったらと心配してました!」
「マナブ、した。オソイ、ハナス、する」
「えっと・・・・・ゆっくり話せばいいのね?」
「カラダ、ダイジョウブ、した。ミル、カオ。ハナシ、したい」
これは向こうを見て大丈夫と言う事だろうか?
恥ずかしさと気まずさにそろそろと振り返ると、タオルで前を隠してくれているのがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。いくら人形サイズとは言え、男性の体なのだから、あまり免疫のない月子には直視なんてできない。
「あの、体は大丈夫ですか?痛い所とかないですか?昨夜は熱もあったし丸一日眠ってたから・・・・・目が覚めて良かった」
「ケガ、タスケル、した、アナタ?」
「治療という程の事じゃないけど・・・・・服はその、御免なさい血だらけだったし洗ってあるの。後で持ってきますね」
「・・・・・セワ、する、した。ウレシイ、カンシャ」
全裸にしたし、仕方ないとは言え、身体を触りまくってしまったので気まずい。
「ココ、ドコ?エアドボーデン?モリ?」
「えあ・・・・?ちょっとわからないけど・・・・・モリ、森かな?山の中にあるのは確かです。僻地のぼっちな一軒家ですけど、ここは私の家です」
「ヘキ・・・・・ボ・・・・??シロ、ドコ?シンパイ。カエル」
「シロ・・・・?もしかしてお城かな?」
「カエル、する」
「・・・・・ごめんなさい」
申し訳ないが、本当に何の事か分からないのだ。まず、彼の様に小さい人間にお目に掛かったのも初めてない。城と言われても答えられない。
「ナゼ?イタ、ドコ?ワタシ、バショ、カエル、する」
「見つけたのはこの部屋のクローゼットの中だし、お城がどこかとかはわからないの」
「・・・・・クローゼット?ナゼ・・・・・?」
それは私の方がが聞きたいし、まさかパンツとブラに挟まっていたとは、口が裂けても言えそうにない。
何かに集中するように目を閉じた彼は、しばらくして何かを諦める様なため息を吐いた。
「・・・・チカラ、デル、しない。ナゼか・・・・?」
「夜に熱があったし、まだ完全には下がっていないかもしれませんから、力が入らなくても仕方ありませんよ」
困った顔をするす彼に、何か声を掛けようとして、そう言えば名前を知らない事を思い出した。
「あの・・・・名前を聞いてもいいですか?私は月子です」
月子が胸に手を当て名前をげ告げれば、彼は柔らかく表情を緩めた。
「ソレイル。ソレイル・エルデ・・・・・ナマエ、ソレイル、イウ、する」
「ソレイルさんね。私はえっと、そうか逆なのかな?月子・泉です。ツキコと呼んでください」
「ツキ・・・・・ツキコ?」
「そう、月子です。ソレイルさんは朝ごはん食べられそうですか?」
「タベル、する、イイ?」
「口に合う・・・・じゃない、美味しいと感じてもらえるか心配ですけど、折角なので色々お話ししながら朝ご飯にしましょう」
そう言って笑って見せれば、彼は
小さな頭をぺこりと下げた。
「アリガト」
ソレイルの少し跳ねた髪の毛の間から小さな旋毛が見えて、ちょっと可愛いなと思ったのは秘密である。