004話 家族たちの反応
クゥリ・クライネは7歳だが、その精神には35歳のサラリーマンの高崎シンイチを宿している。
所謂、異世界転生だと気づいたのは3歳の頃だっただろうか。
あの頃はよく高熱に見舞われ、身体が弱くほとんどベッドで過ごしていた。
3歳の肉体に35年分の記憶を詰め込んだ反動だったのだろうか。
5歳になる頃には、ようやく熱も出なくなり、自由に外出できるようになった。
そして自分が住んでいる所は、城壁に囲まれた城下町である事を知った。
人口20万人を誇る大都市、丘の上に位置する王城を中心とし、貴族区画、
旧市街、新市街、街を取り囲む城壁、壁外地区の層を成す形で作られており、
クゥリはその新市街に住んでいた。
熱を出していた頃に、色々な本を読むことで世界を知ったつもりになっていたが、20万人が暮らすこの都市を駆け回れるようになると、この世界に満ち満ちた中世社会の今を生きる力に圧倒されることとなった。
特に影響を受けたのは、自分の家の商隊護衛の冒険者たち、クロスファイアの面々だ。
彼らはこの世界での生きる術を持っており、その体現者だった。
本で学んだ内容が彼らとの交流で、地に足を付けた知識として根付いていった。
◇◇◇
「クゥリ、お前どこに行ってたんだ?」
王城から帰宅すると、長男のリュート兄が目を吊り上げて話しかけてきた。
「また壁外のクロスファイアの所へ行ってたのか?
少しは家の手伝いをしたらどうなんだ。
……うん?なんだその袋は?」
第三王子に会う為の符号板の入っている袋を取り上げようとしたので、俺はひょいと身を躱した。
「リュート兄さん、これは大事な物でまず父さんと母さんに報告しなければならない物です。」
「だから、その前に確認する為に見せろと言っているんだ!」
兄は5歳差の圧倒的体格差を用いて力任せに奪おうとするが、それを躱し続ける。
法術で身体強化が出来る自分は、この5歳差を何とかすることが出来るのだが、それをずっと続けるのもなかなかに難しい。
「クゥリー!帰っているかしらー!」
その争いを止めたのは、母親の声だった。
裏口で争いをしていたら、正面口のお店の方から声が掛かった。
リュート兄がお店側に顔を向けて停止したのを良いことに、するりと抜けて正面口へ向かった。後ろで兄が癇癪を起こしていたが、聞こえないことにした。
お店に出ると、父親が必要以上に愛想笑いを浮かべて騎士風の男の相手をしていた。
母親と次男のルークは困惑した表情で自分を見ている。
「君がクゥリ君だね。私はヒィロ・ハイデルウィンザー・アルヴシュタール第三王子殿下の使いのグッドマンだ。符号板を持っているかな?」
騎士風のグッドマンと名乗る、王子の従者がこちらに目を向けてきた。
「こちらです。」
第三王子から受け取った袋を受け渡すと、騎士風の男は符号板が自身のものと噛み合うことを確認した。
「はい、ありがとう。このように符号を確認して、身元確認を取ってね。急いでいる時でも必ず持ってくるようにするから。」
そう言って俺に符号板を返却すると、騎士風の男は父と母に向き直った。
「お父様、お母様方、急なご訪問となり申し訳ないです。一度私どもがお伺いして、状況説明をしないと伝わり辛いかと王子殿下のお気遣いとなります。お子様のクゥリ君は、ヒィロ王子殿下の遊び相手として呼ばれることがございます故、その際には家業のお手伝いよりも優先していただきたいのです。」
「ええ……、それは構いませんが……。あの神童と呼ばれる才深き王子様にうちの息子が……?」
「良かったじゃない貴方!王子様がうちの子を遊び相手に認めて下さったのよ!」
父親は情報過多で頭の整理が追い付いていない様子だったが、母親は目の前のことに喜んでいた。
「もちろん無料でとは申しません。王子殿下よりこちらを下賜するよう仰せつかって参りました。」
騎士風の男は、父親に恐らく少量の金貨でも入っているであろう袋を渡した。
受け取り中身をちら見する父は驚きと共に、ここまでして下さる必要は、と押し問答をしつつ最終的には受け取っていた。
「またこちらは、それとは別に王子殿下のお相手していただいた際の報酬となります。次回以降は月の分をまとめてお届けに伺います。お小遣いとして分け与えるかなどはご両親が決められるがよろしいでしょう。」
そう言って銀貨5枚を父親は受け取る。
一般家庭の月の支出が銀貨20枚~30枚だ。我が家の売り上げが月に銀貨100枚~300枚なのだから、受け取った父親は少し複雑な表情をしていた。
銀貨1枚通常の宿なら3泊でき、駆け出しの冒険者だったら月の収入が銀貨5枚なんて事もあるだろう。感覚的には銀貨1枚1万円だ。
このお金は母親が管理することになり、用途が決まったのは夕食の時のことだった。
「今回王子様より報酬としていただいた分は、クゥリが王子様の前で恥ずかしくない格好にする為の費用とします。今後もその用途で使用することとします。」
父親は、それが良いだろう。と一言だけ口にすると、今回の件を深く追求はして来なかった。しかし心ここにあらずという感じで、眉間にしわを寄せながら考え事をしているようだった。
今世の父親は、良く言えば用心深い、悪く言えば小心者の性格をしていた。
王子との接近を持って、一攫千金というような野心はあまり持ち合わせているようには見えない。一歩間違った時の破滅に身構えてしまうようだった。
他の家族の反応はというと、リュート兄は納得行かないようだったが母親に表立って反対はせず、ルーク兄はあまり関心は無いようで、たまにこちらに視線を送って来るだけだった。
恐らく一番の衝撃を受けていたのは、我が家族ではなく住み込みで働いている二人の従業員だろう。
年齢は15歳と16歳の女の子で、それぞれシャロンとポーレットという。
彼女らの丁稚奉公とでも言うべき契約形態は、給金が月に銀貨2枚とわずかながらも支払われる。彼女たちからすれば、俺は2.5か月分の給金を一日王子と遊ぶだけで貰えることになる。
案の定、食事後に二人に捕まった。
「フフフフ、クゥリ君。観念するのだよ~!」
「どういう事かお姉ちゃんたちに詳しく聞かせなさい!お風呂でね☆」
という訳で、お風呂に連行された。
中身がおっさんなので正直申し訳ない気持ちがありつつも、そもそも身体が7歳な所為か変な感情は沸いて来ないのだった。
ちなみにたまに連行されるので、これが初めてではない。
病弱な頃は熱を出した時の看病をしてくれたり、内緒でお店の本を持って来て貰ったり、何かとお世話ばかりなっている。
なのでプレゼントを用意したり、困っていることがあれば父親や母親への橋渡しをしたりしていた。
そういう面でいうと、人生一周目のリュート兄やルーク兄では、なかなか気が利かない所ではあるし、むしろ好きな子にちょっかいかけるが如くにイタズラなどしてしまっているだけに、二人からの印象は悪かった。
それもあってか、比較をされて余計可愛がられてしまうというループに陥っていた。
「まあでも、クゥリ君賢いもんね~。色んな本沢山読んでたし。」
「痒いところはございませんか~☆」
「だ、だいじょうぶです」
頭を洗われたり、身体を洗われたりしながら、姉ちゃんズとお風呂でおしゃべりを楽しんだ。
◇◇◇
自室でベッドの上にひとり寝っ転がる。
幼少から寝込むことが多かった事から、一人部屋を早くに当てがわれたこの部屋。
先ほど姉ちゃんズが寝る屋根裏部屋まで連れ込まれそうになったが、何とか脱出して自室へと戻ってきたのだ。
窓からの薄い月明りだけが光源だった。
幾度となく見た天井が暗闇に目が慣れて、少しずつ輪郭が露わになっていく。
今日の一日を思い返すと、衝撃的な一日だった。
異世界転生したと自覚したのが3~4年前。そして今日、元の世界での親友とこちらの世界で再会することとなった。
こちらの世界では第三王子となっていたが、人の中心に居る奴だったので、意外という感じはしなかった。
そしてあの神童と謳われたヒィロ第三王子が、元世界の親友であるアキラだというのは、驚きと共に納得もあった。納得したのは彼が行ったリバーシの普及による意図だった。
転生者がリバーシを発明して普及させるのは、思いつく話だとは思うが、彼は王子としての政治道具として上手く扱っていた。
リバーシをただの遊び道具としての狙いの普及ではなかったということだ。
遊び道具ではなく、1マス3センチメトルとして盤が25センチメトルになる規格統一を行い、王家印の入ったものとして贋作を出せないようにして測量単位を統一させるように仕向けていた。
どうやら盤を半分ずつ分かれているのを縦に繋ぐこともできるそうだ。
この世界は所謂ヤード・ポンド法のような単位を扱うのが通常で、またその単位の尺度が各貴族領によって微妙に違う場合があり、それによって税収をあやふやにさせているのが問題だった。
今世でもアイツに出会えた事が嬉しく衝撃的だった。
似たもの同士で補い合える関係というのは、なかなかに得難いものだからだ。
また今日の大きな収穫と言えば《理術》だろう。
自分自身をどのような能力にしていくかを考えなければならない。
おおよそ自分の中で固まりつつあるが、アキラとも……、いや今世はヒィロか、ヒィロとも相談をしなければならない。
転生者として最も有効性の高い能力を選び取りたいからだ。
やることがいっぱいあるな……。
7歳という年齢なのに、やるべきタスクは溢れていた。
睡魔に導かれながら、社畜か、と思いながら眠りへと落ちていった。
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