003話 二人の王女
扉を開けられる前に、オレは立って挨拶の準備をする。
「失礼しますわ。ヒィロ兄さま。」
第五王女のリリィ・エヴァリュミエール・アルヴシュタールがスカートの端を持って挨拶のポーズを取る。
プラチナブロンドの長い髪がカーテンの隙間から零れる日の光に照らされて、輝いている。
髪には少し青や紫の色素があるようで、会釈と共に光に透ける髪が揺れていた。
こちらを見据える瞳はサファイアを連想させる、深く透き通るような青色。超絶美少女のお姫様だ。
服装はワインレッドを基調として整えられており、プラチナブロンドの髪と碧眼の色彩をより際立たせている。
応接のためのソファーが置いてあるこちらへ向かって王女は歩いて来ているが、どうも王女は走り出したい衝動を抑えて、少し早歩きで王子の隣に向かっているようで微笑ましかった。
執事長がエスコートして王子の隣へと座らせ、こちらに目配せをした所でオレは挨拶を切り出した。
「お初お目にかかります。クゥリ・クライネと申します。商人の息子で、本日はヒィロ王子様にお招きいただきました。」
「リリィ・エヴァリュミエール・アルヴシュタールですわ。貴方は何歳ですの?」
「7歳でございます。王女殿下。」
「まあヒィロ兄さまと同じですのね。わたくしは6歳ですけれど、兄さまと同じ6月が誕生月ですのよ。」
ちょっと得意げに、いきなり兄と同じ誕生月であることを自慢されて謎だが、年相応で可愛らしい。
仲良しなんですね~と適当に応対していたら気を良くしたのか、座っても良いことになったので座ってリリィ王女の話を聞く係になるのであった。
「新しい紅茶をご用意いたしました。」
執事長のフェルクスさんが紅茶とクッキーを提供してくれる。
王子がこちらが手を付けやすいように進んでクッキーを食べてくれたので、自分も手を付けた。
「甘い……、この甘さは砂糖か。砂糖菓子なんて兄の10歳の誕生日以来ですよ。」
「砂糖は南部の国からの輸入にほぼ頼っているからな。なかなか手が出づらいだろう。」
「この模様は、ル・クール店の新作ですの?クッキーはこちらのお店の方が美味しいんですのよ!ケーキはフラン・クリューヌ店の方が美味しいですわ。」
「おいリリィ、二つまでにしておけよ。夕食が食べられなくなるぞ。」
「うー、分かりましたわ、兄さま。」
「砂糖って南部の国では、どういう扱いなんですか?」
「国が管理している。各領地内での生産数も制限されているみたいだが、実態は自領内消費分は別枠みたいだね。」
「うへー、戦略物資扱いなんですね……。」
なるほど、砂糖の取り扱いは一商人程度では何とも出来ないってことね。
紅茶を飲みながら歓談をしていると、扉の方から何やら声がかすかに聞こえたような……と思っていたら、バンッと一気に扉が開かれた。
「たのもーう!ヒロくん居るー?」
「レ、レミリア様!」
部屋の扉前に待機していた侍女が、扉を開け放った女の子に向かって非難がましく声をかける。あれは一度や二度やられた感じではなさそうだった。
レミリア王女、確か第三王女だったはず。
金髪に碧眼……、少し緑色を伴った瞳と髪色はヒィロ王子と瓜二つで、ヒィロ王子と同じ第一王妃の息女であることがいやでも分かる。
そんな彼女が、猛然とダッシュしてこっちに向かって来た。
いかん、呆気に取られた。挨拶しないと!
「お初お目にかかります。クゥリ・クライネと申します。商人の息子で、本日はヒィロ王子様にお招きいただきました。」
すぐさま立ち上がり、何とか貴族向けの挨拶のポーズを取る。
リリィ王女に言った台詞そのまま、気を利かせてアレンジする余裕もなかった。
「ふーん、商人の息子さんかぁー。うーん、ヒィロくんが連れて来たにしては普通だねぇー?」
ジロジロと値踏みされて、こちらは愛想笑い程度しかすることがない。
値踏みされている間にこちらの主導権を取るようなアプローチをかければお眼鏡にかなうのかもしれないが、王女とのコネを作りに来ている訳でもなし。
「まあいーや!それよりもリリィちゃん、こんな所で何してるのーん?」
と言いながら、ソファの後ろからリリィ王女に抱きつくレミリア王女。
「わ、わ、レミリア姉さま、やめてくださいまし!」
そしてそのまま雪崩れ込んで、くすぐり始めるレミリア王女。リリィ王女がうひゃーとか人前で出しちゃいけない声出してる……。
「それで、姉さん何しに来たの?」
あ、なんか王子の仕草と声色で、しょっちゅうやってる事なのが分かった。
「何しに来たって……、そんなの決まっているじゃなーい!」
そう言って今度は王子に襲い掛かってくすぐっている。
身体は7歳だからか、うひゃーとか王子が言って体を捩っている。年相応で面白い。
「あれ、ベルちゃんは居ないのかぁー。あとベルちゃんも居れば、幼年グループ揃うのにねー?」
一通り堪能したのか、ふとレミリア王女が起き上がりながら、ひとりごちた。
「ベルフィール姉さまは、剣術の自主練をするって言ってましたわ。」
王子を生贄にして、なんとか復活したリリィ王女がぐしぐしと髪を整えそう告げる。
「女の子なのに剣大好きなのよねー、ベルちゃん。」
「ねえ、ところで貴方は何が得意なの?」
急にレミリア王女からオレに振られて、内心焦る。
得意、得意なことか、改めて問われると難しいな。
「ボードゲーム……、リバーシは得意ですね。」
「リバーシ!ヒロくんの作ったゲームね!」
にやーっと笑いながらこっちを見て、レミリア王女は言った。
「いいわ、相手してあげる!」
━━10分後。
「ええー?なんでなんで?途中までなら、圧倒的に優勢だったのに!」
いや、リバーシは序盤に多く取る方が不利だし……。
「名前、なんだったかしら?」
「クゥリです。クゥリ・クライネと申します。」
「クーリね!覚えたわ!わたしはレミリア。レミリア・アークティカ・アルヴシュタールよ。レミリアちゃんって呼んでね!」
「ヒロくん、クーリがすっごく強いわ!ヒロくんなら勝てるんじゃない?」
という訳で王子と対局をする流れになりそうだったが、コンコンとノックする音で中断された。
入ってきたのは、レミリアの侍女と思しき人で、抜け出したレミリア王女を連れ戻しに来たらしい。
「あぁそうだった!ヒロくんを連れて行こうと思ってたんだ!ピアノの練習がつまらなくて、一緒に弾いて欲しいのよ!」
「レミリア姉さま!ヒィロ兄さまはわたくしと約束があるんですのよ!」
金髪美少年の王子を挟んで、美少女の王女二人が取り合いをしている……。当の王子は遠い目をしてたそがれてるな。うーむ、これが物語の主人公という奴か……。
「いや、姉さん、今日はリリィと約束していたんだ。だから今度にしよう。」
「今度っていつよ!」
「じゃあ来週のこの時間で、どうかな?」
「いやよ、遅いわ!明日よ!」
「お嬢様……、明日はピアノのお稽古はございません。」
見かねたレミリアの侍女が口をはさむ。
「じゃあ明後日よ!首を洗って待っているがいいわ!」
そう言いながら、ソファから立ち上がり、レミリア王女は走って部屋を出て行った。侍女が慌ててそれを追いかける。
うーん、台風みたいなヤツだったな。
「約束の確認すらしていきませんでしたわ……。」
「姉さん、明後日はお出かけの日だろうに。行き当たりばったりすぎる……。」
ほんとにね。
「レミリア姉さまは出て行かれましたし、ヒィロ兄さま、約束通り薔薇園に行きたいですわ。」
「そうか、なら━━」
「いえ、そろそろお時間ですので、お暇させていただきます。」
そう言って、王子がこちら見て誘おうとした所を制して遠慮することにした。
さっきから王族と沢山遭遇して、こちらの精神が削れ続けている。さらに移動なんかしたら、もっと出会うことになるだろう。
言動にかなり気を遣う。ファンタジー漫画みたいに、王族にもっとくだけて構わんぞなんて言われて、その通りにしたら首が飛ぶわ!主に周りの人間からの圧力で。
帰り支度をしていると、リリィ王女の後ろに控えている兎人族のケモメイドと目が合った。
軽い目礼で返されたので、こちらも少し頭を下げる。
正直ずっと気になっていたのだが、次の機会としよう。
「クゥリ様、こちらをお持ちください。」
執事長が紋章が描かれた布袋を持ってきて、オレに手渡した。
「ありがとうございます。」
「こちらの中にある符号板を城門で次回お出での際にお見せ下さい。わたくしがお迎えに上がります。
初回はスケジュール調整になるかと思いますので、すぐ王子とはお会いできないと思いますのでご了承下さい。
またこちらから声をかける際には使いの者がお伺いしますが、符号板の対となるものを持っておりますので、ご確認下さい。」
布袋の上からでも、金属製の板が入ってるのが感触で分かった。
「それでは失礼いたします。」
会釈をして、王子と王女に別れを告げる。
「ではまたな。使いを送るよ。」
「クゥリさん、また遊んでくださると嬉しいですわ!兄さまとのリバーシ対決、わたくしも見たいですわ!」
笑顔で手を振り、侍女に連れられて部屋を後にした。
◇◇◇
「フェルクス、彼に監視兼護衛を付けろ。」
ヒィロの侍女に連れられてクゥリが退室していくのを見届けると、ヒィロ様は私へと命令をした。
「かしこまりました。3名体制で私の部下を付けます。」
暗部の、しかも自分の手駒を3名も割くのは痛手だが、割く必要性は感じていた。
一人に3名も付けるのは、よほどの重要人物なのですがね……。
だがその価値はある。
布袋にも印字された王子殿下を示す鷹の紋章。その紋章が《理力》でクゥリの体にうっすらと浮き上がっていた。
これは王子も認識しており、そしてそれが彼を珍重するに足る理由だった。
彼は王子の統制者の能力の影響下にある。
それが意味するのは、王子に対する忠誠と言っても良いレベルの信頼を持っていること。
そして、恐らくクゥリは強化師や狙撃手などのメジャークラスでは無いことは直感的に理解でき、また希少クラスの可能性が高いことが期待できた。
「今後とも我と会うことになる。その影響は避けられんが、対処を頼む。」
「もちろんでございます。殿下の御心のままに。」
執事長のフェルクスがクゥリに抱いた感想は、『似ている』だった。そう、王子に似ているのだ。
話をしていると、まるで大人を相手しているかのような感覚に陥いってくる。頭脳の明晰さもさることながら、目的に向かっていこうとする姿に垣間見える意志、精神性が並みの大人すら超えるものを感じる。
さらには本人にしか見えない、普遍の原理みたいなものを分かっている節がある。
ただ王子と比べると、思慮深いようにも見えた。王子は《理術》に目覚めるとともに使用して一週間ほど寝込むことになった。
そういったところをフォローするのが現在の私の役回りですが……。
恐らくクゥリ様からすれば、初めて同い年でまともに話ができる人間がヒィロ王子だったのでしょう。
《理術使い》が一人でも多くヒィロ王子の味方になってくれるのはありがたいことだ。
「ヒィロ兄さま、ステラが準備整ったと言ってますわ!早く薔薇園へ連れてってくださいまし。」
底抜けの笑顔でリリィ王女がヒィロ王子に手を差し伸べている。
第一王妃の子息であるヒィロ王子、第二王妃の子息であるリリィ王女。
この二人の政治とは無縁の兄妹愛が、いつまでも続くことを私は祈りながら薔薇園へと先導するのだった。
前話から少し時間が経ってしまいました。
目標は週1更新のつもりです。
2021/10/18
微調整しました。




