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第8話 挑発

 ルベンのとある執務室にて、金髪の老人が慌ただしく、仕事をこなしていた。そんな中、部屋にノックの音が響いた。


「入れ」


一人の兵士がゆっくりと扉を開けて入ってくると、金髪の老人の前で膝をついた。


「ムルド様! ヘルトがレビの領内へと進軍を開始いたしました!!」


 老人は報告を聞くと、手に持っていた羽根ペンを置くと、大きなため息をついた。


「はあー、あの若造。とうとう宣戦布告をしてきおったか」


 この老人は、ルベンの主君であるムルド・ルベンである。ムルドは、窓の外にある木を見上げた。


「我々ルベン、レビ、シメオンの連合。さらには、王国を敵に回して、孤立無援のヘルトが勝てると本気で思ってるのならば片腹痛いわ。急造だがレビに作った迎撃陣地に向かうぞ」


 ムルドがこう思うのも当然である。ヘルトはルーデンス地方の国では一番強い国力がある。しかし、3カ国を相手にするほど高くはない。


 さらには、王国からの支援もあるため、一般的に考えれば、ヘルトが勝てるはずもない無謀な戦争であった。


 ムルドは書類を纏めて執務室を出ようとしたが、動こうとしない伝令を見て疑問を感じ、伝令に質問を投げかけた。


「どうした? お主も準備をせい」


 伝令はうつむせて、声を震わせながら答えた。


「そ……そ、それが、レビの君主であるナイーブ・レビが兵を率いて我々が築いた迎撃陣地を超えて、ヘルト軍へと直進し始めました」


「何ぃ!? あのバカはなぜそんなことをしとるんじゃ!」


 ムルドは頭を押さえて、こめかみに皺を寄せた。そして、早くなる心臓の鼓動を抑えるために、目を閉じて大きくと深呼吸を始めた。


「理由はわかりませんが、最初は陣地に入って我々を待っていたそうですが、突然単騎でヘルト軍に向かって駆け出しました。それに慌てたレビの軍勢が全員、出陣だと思って急いで後をついて行ったそうです」


「急いで追いかけるぞ。シメオンにも、急いで救援にくるよう伝えろ。我々だけで戦うわけにはいかないからな」


 ムルドは、見捨てることもできたが、見捨てなかった。なぜなら、レビがダメージを受けすぎると、現在の連合における均衡が崩れるためすぐに救援へ向かう事を決断した。


 もし、勝利後にレビが大ダメージを受けてしまえば、連合において経済的にも国力的にも優っているシメオンの発言が強くなる。それをムルドは許せなかった。


 そもそも、負けるはずのない戦いのため、ムルドはすでに勝った後の事を考えていた。ルベン軍は、とてつもなく早いレビ軍に追いつくためにさらに速い速度で行軍を始めた、





 アッパーガース平原を疾風のごとくレビ軍は駆け抜けていた。その先頭をレビの君主であるナイーブ・レビが進んでいた。


「父上、今すぐに陣地へお戻りください。あからさまに罠です。なぜあのような挑発にのるのですか」


 先頭を走る大男の少し後ろで馬に乗っている青年が必死に追いかけていた。この青年は、グランツ・レビでナイーブの息子だ。


「うるさい! 俺は臆病者なんかではない。陣地に籠って迎え撃つなんぞできるか! 我が直接出て、ヘルトを叩き潰してやる」


 拳を強く握りしめるとナイーブは空高くに拳を突き出して、高らかに叫び出した。


「これ以上速度を上げれば兵士が疲労して戦えなくなります」


 ナイーブはグランツの忠告を無視して、速度をあげた。兵士は走って必死にナイーブを追いかけていたが、ナイーブが速度をあげたことで、兵士たちを突き放した。


「はあ。このまま兵を引き連れて陣に戻るか? だが、あんなバカでも私の父。見捨てる事は出来ぬか。しかし、書状だけでこんなことになるとは、父上には呆れて物も言えん」


 グランツは猪のように進んでいく己の父を見てため息をつきながら頭を抑えた。後ろを見ると、兵士が息切れをしているのを確認して号令を出した。


「全員、ひとまず休憩を取る。十分に取れたものから順に父上を追いかけるぞ」


グランツはひとまず兵士たちの足を止めて、休憩を開始させた。そして、数時間前のことを思い出した。




 陣地の天幕で、ナイーブは椅子に座りながら苛立ちを隠せずに酒を飲んでいた。


「我々の方が兵数は優っているのにもかかわらず、なぜ陣地にこもって戦わねばならんのだ。数が多いならば軍を率い、敵を掃討するのが普通ではないか?」


「なりません」


「まったく。貴様は息子だろ? いつからこの俺を命令する立場になったんだ、グランツ?」


 ナイーブが睨みつけるようにグランツを覗き込んだところに、伝令が天幕に入ってきた。


「伝令! ヘルトの者より、書面をいただきました」


 ナイーブが舌打ちをした後に、伝令の方へと目を向けた。


「ヘルトだと?」


 伝令の入ってきたタイミングの良さに、グランツは感謝しつつもすぐさま嫌な予感を感じた。


「その書面を読め!」


 ナイーブは持っていた剣を下ろし、すぐさま伝令に書面を読むように言った。


「かしこまりました。

『やあ。ナイーブ・レビ。俺はカイン・ヘルトだ。それにしても大層な陣地だな。我々は5千しかいないのに、そちらは1万5千。数だけでも優ってるのに要塞に篭るとは、なんて臆病者なんだろうな。いや、レビとか言う国の君主は軟弱で、臆病で、ポンコツときた。レビの国民諸君には心底同情するよ。そんな臆病者の君主が国を収めているなんてな』

 ……と…書いてありました」


 グランツの悪い予感は的中した。この文書はナイーブを煽るものであり、激情で馬鹿な父はこんなあからさまな挑発でも乗ってしまう。急いでナイーブを止めようとしたが、遅かった。


「今すぐに出陣する!! このヘルトのせがれを打ちのめしてやる。グランツ、俺は先に駆ける。兵を連れて俺の跡をついてこい!」


「なりません。どう考えても挑発です。罠があるに決まっております」


 グランツは流石にあからさまな挑発に乗ろうとするナイーブを止めようとするが突き飛ばされた。


「うるさい! 今すぐに出陣するぞ。この俺が臆病者などではなく、真の強者であることを、あいつの首と共に証明してやる」


 自分の馬に飛び乗ると、ナイーブは陣の外を颯爽と出てヘルト軍がいる方向に向かって進み出した。


 急いで天幕から出て、走り去っていく己の父を見てから、グランツは大きな声をあげた。


「全軍急いで準備せよ。父上が単騎で敵陣へと駆け抜けていったぞ!」


 準備を素早く完了させると、グランツは全軍を持ってナイーブを追いかけた。






「まぁ我が軍だけ、壊滅するのならいいか。ルベンとシメオンの両軍がしっかり陣地で守備なら入れば何とかなるか。ひとまず、どうやって父上を陣地へ連れ帰るか……」


 レビ軍が壊滅的な被害をヘルトに被ることを前提して、グランツはナイーブを追いかけた。

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