第73話 開戦
ヘルト軍が到着する1日前に覇国軍は草原にある小高い丘の下で野営を済ませていた。丘の上から辺りを見下ろせば、ここより高い場所はなく姿を隠せるような森も無かった。
「ここにするぞ。奇襲も受けない。尚且つ戦場が一望できる」
土地勘がない覇国軍としては相手の奇策を潰せるような場所を戦場として選ぶ必要があった。しかし、これも普通に戦うことができればまず負けないという自負があっての選択だった。
「ここならば、敵に包囲される事もないでしょう」
リカルドの隣に立っていたフロガがリカルドの選んだ場所に賛成した。
「リカルド様。やはり、王国からの支援は一切無さそうですが」
リカルドはヘルトと王国との関係を執拗に調べていた。リカルドにとっては、最も怖いのが王国か帝国の介入だった。
「そうか。だが、どうしても気になる点がある。保護国を滅ぼされた。それに対して、王国はカウダ砦の攻撃をしただけだ。さらに、砦にヘルトの旗が上がると攻撃を止め、しばらくしてから撤退したそうだ」
「確かにおかしな点です。それに加えて、王国のペガサスがシメオンの都ハイレンのあたりを飛んでいたという事からも何らかの協定が結ばれたと考えていいでしょう」
「もしくは、海と山の障害があるからルーデンス地方を諦め、王国が傀儡の国を作ろうとしているか」
王国はルーデンス地方へ行くためには、ヘルトの友好国である最強の海軍率いるヘクソネーソス連邦の妨害を受けながら海を渡るか、難攻不落のカウダ砦を突破するかの二択しかない。
その上、王国にとって支配できても損害は多い。その後の統治は覇国と帝国の二正面作戦になると不可能に近い。報復するにはデメリットしかなかった。
「だが、あのカインの行動から見て、王国と繋がっているがそこまで強固ではないと予想できる」
リカルドはあらゆる憶測を保留して、ひとまずこの戦場で損害をできるだけ抑えて勝つことを考えることにした。
覇国軍は勝った後にあるであろう帝国と王国の同時侵攻に備える必要があった。
王国と帝国はそれぞれの国境付近に軍を集結させていた。それを知っている覇国軍としてはその二国の動向を注視していた。
「王国と帝国は気になるが、されどヘルトも侮れない。王国との協定が本当であれば決して片手間であしらえる敵ではないな」
ヘルトの背後にちらつく王国の影がリカルドが強気に出れない理由でもあった。
「まさか、今回の戦いに王国の精鋭部隊である騎士団が援軍に来ている可能性があるとお考えですか!?」
フロガがリカルドの発言に驚いていることをよそに淡々と現状の説明を続けた。
「そういう事だ。取り越し苦労であるならば、それに越したことはないがな」
「相手には聖剣がある。普通に考えれば、それを切り札に見せて、本当は王国の近衛騎士団が切り札というのが狙いでしょう」
驚いているフロガに対して、ルブラは今ある限りの情報で相手の作戦を予想していた。
「そうなるだろう。だが、来るとわかっていれば対策の仕方はいくらでもある」
リカルドは相手の戦力と手札を予想し、勝利するために改めて細かく戦略を考え始めた。
リカルドは号令をかけた後に、戦場を見下ろしながら念入りに自分の考えに穴がないかに思考をめぐらせていた。
「何か漠然と嫌な予感がする。一体何を隠している」
しかし、拭いきれない不安に焦燥感をリカルドは感じ取っていた。そんな中、前線では衝突が始まり、遠くから見ても覇国軍が優勢であることは一目瞭然だった。
「前線に伝えてこいこのまま押し込め。相手に聖剣を使わせろ。左右の騎兵の動きに異変があれば即座に伝達しろ」
「はっ」
リカルドは指示を出して、前線のヘルト軍を押し込もうとしていた。
戦闘が始まるとヘルト軍は相手の強さに圧倒され、前線を維持するのが困難な状況まで陥っていた。
「陛下。左翼を統括しているバオム伯爵から貴族が率いてる私兵の部隊が崩壊し始めているそうです。このままだと持って数十分かと」
「わかった」
カインがいる本営に切羽詰まった声で伝令が叫んだ。それを聞くとカインは馬へと飛び乗った。
「後は任せたぞレイジ卿」
「承りました。陛下こそご無事で」
カインはレイジが一礼すると、すぐにその場を離れていった。
カインがその場を離れて行く姿が見えなくなるとしばらく静寂がその場を支配した。そんな中で一人の貴族が声をあげた。
「レイジ卿いいえ、若様! 恐れながら進言させていただきます。今が絶好の機会です。ここにいるヘルトの連中を始末し、シメオンの独立を示し、覇国軍と共にヘルトを挟撃いたしましょう」
この貴族の発言と同時に本営に複数の兵士が入ってきた。そして、その場にいた者を次々と拘束し始めた。
レイジは提案した貴族の方を見て、先ほどまでカインが座っていた椅子に座り大声を出して笑い始めた。




