第72話 開戦前夜
日が西に傾いたころに、ヘルト軍総勢2万はリカルド・ホード率いる4万の覇国軍が待ち構えているナーガ平原に到着した。
皇国軍は覇国軍が野営している丘から離れた所で野営を始めた。
「バオム卿とリッター卿は馬の管理。レイジ公はテントの設営。レオン侯とレビ卿敵軍の偵察と周辺の地形を確認しろ。そして最後に作戦会議とする」
カインは馬車から降りると素早く野営の指示を出した。レオンは少数の護衛を連れて丘の上を陣取る覇国軍を観察しに、レイジはその場で軍の指揮をして野営の準備に取り掛かった。
レオンが帰ってきたくると
「報告で聞いた4万よりも敵の兵力は少なそうだな」
「たぶん、占領地の治安維持に兵を割いているんだろうね。さらには、旧ホエイ領を中心に抵抗軍がいるからそこにも兵力を割かないといけない。むしろ、多すぎるくらいだよ」
旧ホエイ軍は1000にも満たない軍勢であり、マドナ、エルナーの諸貴族とホエイの亡命国家全て合計しても、せいぜいが3000くらいであった。
それでも覇国軍がそちらに兵力を割いてるのは、補給線に問題が生じるからだ。夏ゆえに、占領した地域から現地調達するには厳しい。そのため、本国から物資を輸送していた。
「そのおかげでこちらも戦いやすいわけだ」
武器、食料がなければ、精強な軍でも戦うことはできない。それを踏まえて補給戦の防衛と反乱軍の抑えに兵力を置く必要があった。
「明日に備えているようだな。あまり長居していても危険だ。帰るぞ」
覇国軍から目立った動きを感じられなかったカインはすぐにその場から離れようとした。カインがその場から離れようとしたところをレオンが引き留めて覇国軍側を指差した。
「待って」
「斥候か?」
レオンがカインを呼び止めると、東に指差した。その先には10人ほどの軽装備兵士が急いで覇国軍の陣営に向かっていた。
「おそらく、あの様子だと偵察は終わった後か。行くぞ。撃ち漏らすなよ」
「了解」
カインは装備と動きを見て、瞬時に状況を把握するとすぐに行動へと移した。暗闇に紛れての奇襲は、平野と騎馬での突撃だったことからすぐ相手に気づかれた。
「敵襲だ! 散開しろ」
敵の指揮官は一人でも多く逃走できるように、部隊を散らばせた。
「一人も逃すな!!」
カイン達は、散らばり出した敵を一人一人倒していった。レオンは少し離れたところに先回りしていたところで撃ち漏らしを倒していた。
「気づかれた。戻るぞ」
カインは武器を納めると、兵をまとめてすぐにその場を離れて行った。
カインたちが偵察に出る前から、すでにリカルドは精鋭部隊を集めて、すぐにでも出陣できる準備をしていた。
「リカルド様! あちらを」
ルブラが切羽詰まった声を出しながら、陣営の外側に指をさした。指の先には小規模なグループが争っているのが見えた。
「フロガ、生存者を確認しろ。お前が戻り次第、軍議を開く」
「はっ」
リカルドは隣にいたフロガに指示を飛ばした。フロガは馬に乗って陣営の外へと飛び出して行った。
カインは暗闇に覆われた平原を駆けていた。そんな中、後ろから聞き慣れた声が名前を呼んだ。
「カイン」
「撃ち漏らしは?」
声を聞いたカインは振り返ることなく報告を聞いた。
「片付けておいたよ」
「そうか」
レオンの簡単な報告にカインは満足したように頷いた。そして何事もなく、レイジ達が設営している陣地に着いた。
「陛下、天幕は張り終えました。本営にて、諸侯並びに軍部の者たちを集めております」
カインたちが着くと、レイジが野営地の手前で兵士を並べて待機していた。カインはレイジの対応と仕事ぶりを見て大きく頷いた。
「ご苦労だ。ならば、このまま、軍議をする」
「………解散しろ。持ち場に戻り周囲を警戒しろ」
カイン達が馬上でそのまま野営地に入っていくと、レイジはカインがやってきた方角を確認した後に集めていた兵士を解散させた。
天幕に入ると諸侯並びに軍人が膝をついてカインを迎えた。
「ご苦労だ。明日の軍議を行う。意見があるものはいるか?」
カインが自分の椅子に座ると、その場にいたもの全員に意見をもとめた。突然のカインの発言に周囲が戸惑っていた。その中、堂々と一人だけ手を挙げた。
「俺にいい案がある」
カインの隣の席で、レイジが笑いながら、手を挙げていた。カインは、レイジに視線を合わせてゆっくりと頷いた。
「まず、この戦争が始まる前に私が準備していたものがある。それは、王国の近衛騎士団だ」
レオンの打ち明けにこの場にいた者は、各々に声を上げた。その発言を疑問視するものや、驚きを隠せないものなどいろいろといた。
「しかし、これをそのまま突撃させるのでは、勿体無いでしょう。なのでひとまず、右翼の騎兵が敵軍に食い込みます。これは囮です。相手が右翼の騎兵に兵を寄せた瞬間に左翼の王国近衛騎士にガラ空きの反対側を着く」
「「おぉー」」
レイジの説明を聞いた一部の貴族が感嘆の声を上げた。
「流石は、シメオン公爵様。素晴らしいお考えで」
「まさか、これを予期して準備しておられたとは」
その場にいた半数強の者がレイジに対して賛辞を送った。それに対して、賛辞を送らなかった者は微妙な顔をしていた。
「諸君らの言う通り、素晴らしい案だ。他にないか?」
「よし、ならばこの作戦を元に配置を決めていく」
「一番大事なのは囮だ。精鋭部隊で固まるのは当然として、問題は誰がこの部隊を率いるかだが………」
レイジは癖のある笑いを浮かべながら特定の人物を見ていた。説明しているレイジに注目が集まっていたため、当然その流れにしたがって全員が同じ方向を見た。
「引き受けよう」
全員の視線の先にいたレオンは快く受け入れた。その言葉で苦い顔をする者や納得するように頷く者など多様に別れていた。
「流石はブレイド公爵」
そんな中、レイジは顔色を変えることなく安堵した表情でレオンをみて頷いた。二人は視線を晒すことなく静かに笑みを浮かべていた。
「細かい所を決めるぞ」
カインの言葉と同時に二人は何事もなかったかのように自分の立ち位置に戻った。そのあとは、大きな問題もなくスムーズに会議は終わった。
夜が明けると、両軍は野営地から離れた場所に陣形を組んだ。両軍は静かに対峙していた。
丘から敵軍を見下ろすように覇国軍が丘に沿って組んだ。それに対して、丘の麓から対陣していた。
カインは陣形を組んだ軍勢の前へと歩み出た。その行動に答えるかのようにリカルドが軍の最前列へと体を出した。
「我が名はカイン・ヘルト。勇者の末裔であり、魔を祓い世界を導く者だ。勇者の加護は我々にある。突撃しろ!」
「覇国の力、なぜ我々が三大強国と言われるか見せつけてやろうではないか! 若造にこの世界の力が何たらかを見せてやろうではないか、迎え撃て!」
両者の号令の後に、両軍が雄叫びをあげながら突撃した。やがて、雄叫びと足音が混じり、轟音を唸らせながら激突した。
後世に、時代の変換点ナーガの戦いと言われる戦いがついに始まった。それと同時に、カイン・ヘルトを中心とした激動の時代の幕開けとなった。




