第69話 第二皇子の逃亡①
暗い豪華な寝室にペルダンは浮かない顔で月を眺めながら、ワインを飲んだ。ペルダンは後ろに気配を感じとると近くの机にグラスを置いた。
「絶影か?」
ペルダンはゆっくりと気配のする方へ振り返った。その先には銀色の仮面をつけた人物が腕を組んでいた。
「やはりそうか」
一人で納得したように頷くペルダンに対して、絶影は体勢を変えずに黙ったままペルダンを見続けていた。
「最近、父上は病状が悪化しいる。父上が急死すると、俺と兄上で帝国が二分するだろう。そうなると、王国、覇国が攻めかかってくる。さらには、皇国が帝国に取って代わろうとしてくるかもしれない」
黙っている絶影を差し置いて、ペルダンは一人で喋り続けた。しかし、それでもなお絶影は黙ったままだった。
「………よく喋るな」
ようやく一言、絶影が言葉を発した。その言葉を聞くと、乾いた笑いを浮かべながらペルダンは答えた。
「最後だからな。それよりも、何故俺をすぐに殺さなかった? お前なら気づく前に殺す事もできただろう」
「気まぐれだ」
ペルダンの質問に対して、絶影は間髪入れずに答えた。ペルダンは絶影の答えに少し驚いた後、不意に笑みがこぼれた。
「そうか……、せっかくの機会だ。一つ、手合わせを願おうか」
「………いいだろう」
ペルダンが壁にかけてある剣を取り構えたのに対して、絶影は腕を組んだまま立っていた。
しばらく、睨み合いが続いた。ほんの数秒の間だったかもしれなかったが、ペルダンに取っては数分ほどにも感じた。
「先手を譲ってやろうと思ったが来ないなら、私から行かせてもらうぞ」
動く気配のない相手に痺れを切らした絶影が片手にナイフを持ってから、ペルダンの懐に飛び込み喉を掻き切ろうとした。絶影の動きにペルダンはかろうじて反応して、体を後ろに逸らす事で回避した。
続け様に腕を振り下ろそうとした絶影に対して、体勢が仰け反った状態でペルダンは剣を振り上げたが、少し体を横にずらし最小限の動きで避けられた。体勢が大きく崩れたペルダンの腕に絶影がナイフを突き刺した。
「くっ!」
痛みに顔を歪ませるが武器を離さないように、ペルダンは強く武器を握りしめた。絶影は追い打ちを掛けるようにペルダンの顔面に向かって反対側の手で殴りつけた。
ペルダンの体は吹き飛びそのまま壁に衝突した。それでもなおペルダンは剣を離さなかった。倒れていながら強く剣を握りしめている手を見て、絶影は一礼した。
「お見事でした。それでは」
倒れている体に向かって、勢いよくナイフを振り下ろそうとした所に大きな盾を持った男が割り込んだ。ナイフは盾に当たると柄だけを残して砕け散った。
大盾を持った男は絶影に向かって剣で刺突をするが、瞬時に反応して絶影は数歩下がった。
「危なかったですね。ペルダン殿下」
「エクシルか。少しくるのが遅かったな死ぬかと思ったぞ」
焦燥し切った顔でペルダンが大盾を持った男に答えた。エクシルはペルダンの返事に軽く頭を下げた。
「申し訳ございません。相手が相手ですので人手をギリギリまで集めておりました」
「よくやった」
「別れ話は終わったか?」
少し離れたところで絶影が二人の会話を無理やり切るように冷めたい声で尋ねながら、ペルダンの心臓を狙ってナイフを投げつけた。
エクシルは素早く盾をペルダンの前にかざして、攻撃を防ぐと大きな声で叫び出した。
「お前ら! 死ぬ気であいつを足止めしろ!」
エクシルの合図と同時に入り口から10人ほどの武装した集団が入ってくると、絶影を囲み込んだ。エクシルは持っていた盾をその場に置くと、ペルダンを担いで急いで部屋から出ていった。
絶影はそれを見逃さずに素早くナイフを取り出してペルダンの頭に投げつけるが、入ってきた兵士たちに防がれた。
「なるほど。用意周到なお方だ」
あたりの兵士を見渡すと、絶影が嘲笑うかのように尋ねた。
「貴様ら、ここにいるということがわかっているのか?」
囲んでいた兵士たちは怖気付いて少し後退りした。兵士の反応を見て絶影は肩を落とすが、一人の兵士が重々しく一歩を踏み出して声高らかに話し出した。
「我らが命はすでにあのお方に預けてある。ここで死ぬ事など覚悟の上だ。かかってこい絶影!」
絶影が声を出した兵士の瞳を覗き込んだが、兵士は怖気付く事なく睨み返した。怖気付いていた他の兵士も力強い足音を立てながら一歩前に進み出した。
感心したように頷き、絶影は落とした肩をゆっくりと上げて体を低くしてナイフを構えた。
「………面白い。貴様らの覚悟に敬意を示して、全力で相手してやろう」
絶影の言葉と同時に兵士一人の胸に向かってナイフ飛んでいき、反応できずに兵士の胸に刺さって倒れた。
他の兵士たちはその光景を見ると、素早く勇猛果敢に声を上げながら絶影に向かって走り始めた。
抱えられたまま弱々しい声で自分を担いで走っているエクシルにペルダンが尋ねた。
「何人ほど集まった?」
「100、人…、ほど、か、と」
エクシルは息切れしながら答えた。二人は屋敷の外に出ると待機させていた馬二頭に近づいた。
「そうか。俺なんかのためにそこまで集まるとは……。ここまで背負ってくれて助かった。馬は自分で乗る」
感情が堪えきれなくなり目尻に涙を浮かべたがペルダンは指で拭うと、大きく深呼吸してから馬に跨った。大きな声が響く屋敷を振り返る事なくその場を後にした。
「この先で、待機しておりますので、まずはその者たちと合流してから、オパール選帝侯の領土へと、向かいましょう」
「ああ」
エクシルの説明を聞くと、ペルダンは力強く頷いた。二人は夜の帝都を南に向かって駆け抜けた。
最後の兵士を絶影がナイフで胸に突き刺して殺した。絶影の背後に一人の暗殺者が無音で現れた。
「来るのが遅かったな黒捷」
黒捷と呼ばれた男は膝をつき、体を震わせびく着きながら頭を下げた。
「も、申し訳ございません」
鋭い眼光で睨みつけられた黒徢は背筋が凍りつくのを感じながらも全身が暑くなっていった。己の死を感じとった黒捷は絶影に自分の首筋を差し出した。
黒捷の首筋を見てから、絶影はすぐに興味を無くして、窓の外へと視線を移した。
「まぁ、いい。追撃は私一人で行う。お前らはここの片付けをした後に私の後を追え。それと念の為、オパール選帝侯の領土手前に、複数の部隊を配置しとけ」
「かしこまりました」
大量の暗殺者が出てくると、素早く絶影の指示通り動き出した。その後、即座に窓を叩き割って、絶影が窓から外へと飛び出すと、馬に乗ったターゲットに目掛けて走り始めた。
その場で、残された黒捷は、笛を吹くような呼吸音を出しながらその場で膠着していた。汗で床が水浸しになっていたが、それでも汗が止まる気配は無かった。




