第38話
レイジ率いるヘルト軍はルード軍を破り、首都リードを占拠した。
城内の一室では、レイジがガイル、グランツ、その他の将を集め、軍議を開いている。
「作戦通り、全軍はこのままオルドへ進軍する」
地図を前にしながら、レイジは淡々と言った。
「だが、ルードを完全に掌握できたわけではない。各地に残党がいる以上、制圧と治安維持のために部隊を残す必要がある」
一瞬、言葉を区切る。
「……俺が残る」
その一言に、部屋の空気がわずかに揺れた。
グランツは冷ややかな視線を向け、他の将たちは困惑の表情を浮かべる。
ガイルだけが、状況を測りかねたように首を傾げていた。
レイジはその空気を読み取り、わずかに口元を歪めた。
「……というわけにもいかないな」
視線を巡らせる。
「グランツ。お前が適任だ。今回の戦で最大の功を挙げた。シュマンの首を取った上、損害も最小限に抑えた。十分だろう」
室内に安堵と計算が混じった空気が広がる。
「さすがはレイジ様」
「グランツ殿にお任せするのが最善でしょう」
将たちは口々に賛同した。
誰もが功績を欲している。最も活躍しそうな男が後方に回るのなら、願ってもない話だった。
今回レイジが連れてきた将の多くは、彼に取り入ってきた者たちだ。
忠誠はある。だが同時に野心も強い。
「承知しました。この任、責任をもって果たします」
グランツは静かに答えた。
その目は冷静だったが、わずかな違和感を隠している。
隣を見ると、ガイルが満面の笑みで親指を立てていた。
(……お前が一番心配なんだ)
グランツは内心でため息をついた。
軍議が終わり、レイジが部隊を分けて出立の準備を始めたとき、グランツが呼び止める。
「どうした、グランツ」
「お前な。一応、俺たちは旧知の仲だが……立場は弁えろ」
かつて王国派として対等だった二人。
だがレビの戦いを境に、立場は明確に変わった。
人目がある場では、グランツは敬語を使うようになっている。
「そんな小言を言いに来たのか?」
レイジは気だるそうに返す。
「違う」
グランツの声は低い。
「ガイルから目を離すな。あいつは……話を聞かない俺の親父だと思え。手綱はしっかり握れ」
真剣な眼差し。
レイジは一瞬だけ沈黙し、それから小さく笑った。
「ああ、気をつける」
「頼んだぞ」
グランツは深く頭を下げる。
その姿に、レイジはわずかに目を見開いた。
だがすぐに柔らかく笑い、肩を叩く。
「任せとけ」
そのとき。
「伝令! 伝令です!」
駆け込んできた兵の声に、レイジの表情が一瞬で引き締まった。
笑みは消え、指揮官の顔になる。
「報告しろ」
静かな声が、部屋を支配した。
◆ ◆ ◆
数日前――
ヴァイス率いる軍は、オルドへ向けて進軍していた。
「ウォード将軍。父上は、それで何と?」
馬を並べながら、ヴァイスが問いかける。
「はっはっは。『静かにせい』と叫んでおったよ。お主の父は実に落ち着いた御方でな。いつもあの二人の暴走を止めておった」
ウォードは懐かしそうに目を細める。
「彼ら?」
「それは、レオン殿の父と……」
名を告げようとした瞬間、
「報告です! この先に敵軍を確認!」
伝令が駆け込んできた。
ヴァイスは一瞬、ウォードを見る。
ウォードは静かに頷き、小声で言った。
「あなたが大将です。あなたの声で」
その言葉に、ヴァイスははっと息を呑む。
自分が軍の頂点に立っているという現実が、胸に重くのしかかる。
「……わかった。下がってよい」
声はわずかに硬い。
だが、確かに大将の声だった。
ウォードは満足げに頷く。
「全軍、陣を張れ!」
ヴァイスの命令で、軍は進軍を止めた。
敵の旗が遠くに揺れている。
兵たちのざわめき。
緊張が空気を震わせる。
それでもヴァイスは馬上で背筋を伸ばした。
数日間、両軍は睨み合ったまま動かなかった。
静かな戦の幕が、いま上がろうとしていた。




