第32話
クルト達はルードの首都リードへ到着した。クロは街に入るなり、迷いなく宿屋へ向かった。
「どうするんですか?」
「まずは情報収集だ」
「何の情報です?」
そこでクロは、今回の目的をまだ伝えていなかったことを思い出した。同時に、この男に詳しく話すべきかという不安もよぎる。
「なんでもいい。気になった話を拾ってこい」
「雑すぎません?」
クロはため息をつき、目を閉じた。
「俺は別ルートで動く。少しは役に立つ情報を持ち帰れ」
そう言って金袋を投げると、そのまま部屋を出ていった。
クルトは袋を開き、中身を見て顔をほころばせた。
「うわ、結構入ってるな。……よし、酒場だな」
頭の中ではすでに遊びの計画が始まっていた。
◆ ◆ ◆
クルトは近くの酒場に入り、酒は頼まず料理だけを注文した。席に座ると、周囲の会話にさりげなく耳を澄ます。
「今日、うちの子の誕生日でよ」
「仕事終わりの酒は最高だ」
「昨日、帝国のオパルス選帝侯の馬車が入国したらしいぞ」
最後の一言に、クルトはぴくりと反応した。
「なんでまた?」
「詮索はやめとけ。近づいた奴がその場で首を刎ねられたらしい」
「物騒だな……」
背筋が冷える。皿が運ばれてきても、手が伸びない。
(これが任務の件か?)
そこへ、一人の獣人の男が声をかけてきた。
「そんな顔で飯食ってると、こっちまで不味くなるぞ」
灰色の髪に赤い目をした狼の獣人だった。三十前後に見える。
「仕事のこと考えてて」
「相談なら乗るぜ。同じ獣人のよしみだ。俺はオンブル」
「クルトです。よろしく、兄貴」
「兄貴はやめろって」
そう言いながらも、男は嬉しそうに鼻をかいた。
会話は弾み、オンブルは酒を勧めてくる。クルトは断っていたが、何度も気遣われるうちに断りきれず、ついに杯を受け取った。
それが失敗だった。
酔いが一気に回る。
「……実はさ、俺、ヘルト絡みの仕事しててよ」
「なんだって?」
近くの席の男が立ち上がった。
「悪い、ちょっと外してくる」
オンブルはその背中を見送り、舌打ちした。
「ブラザー、外で風に当たらねえか」
「いいな、それ」
会計を済ませ、オンブルはクルトを支えて店を出た。そのまま裏路地へ入る。
「逃げろ。さっきの奴、通報しに行った」
「え?」
酔った頭では理解が追いつかない。
遠くから怒号が聞こえた。
「外に出たぞ!」
「酔ってるなら遠くに行けねえ!」
オンブルの視線が、クルトの腰の短剣に落ちた。
一瞬の決断だった。
短剣を抜き、自らの腹に突き立てる。
「ぐぁぁあああ!」
「兄貴!?」
「俺はいい! お前は逃げろ!」
足音が迫る。
クルトは歯を食いしばり、走り出した。
「すまねえ……すまねえ……!」
涙が止まらない。
「あそこだ!」
「追え!」
自警団が一斉に追ってくる。土地勘はない。包囲も近い。
その時だった。
身体が宙に浮く。
銀色の仮面をつけた男が、クルトを抱えて屋根へ跳び上がっていた。
信じられない速度で屋根伝いに走り、追手を振り切る。
安全な場所に降ろされる。
「助かりました」
「同業のよしみだ。気まぐれだ」
それだけ言って、男は闇に溶けた。
直後、クロが駆け寄ってきた。
「お前、今のが誰かわかるか?」
「知らないですけど」
クロは息を飲んだ。
「帝国最凶の暗殺者――絶影だ」
「……え?」
クルトは慌てて自分の体を確認した。どこも無事だと分かり、力が抜けた。
その後、二人はすぐに街を離れた。帰路の間、クルトはクロから問い詰められ続けることになる。




