第30話
本日も会議という皇王の命令が、一人の少年に下された。
「馬鹿馬鹿しい。何が会議だ。とんでもない茶番じゃないか。またあの馬鹿げた会議に参加すると思うと、虫唾が走る」
金髪の少年が一人、ブレイブ城の廊下を歩きながら悪態をついていた。彼の名はヴァイス・ハイト。
爵位は伯爵。父はブルートが行方不明になった日と同時に姿を消しており、そのためカールより年若いながらも家督を継ぐこととなった。
幼少の頃から読書を好み、天才と称されてきた。その自負が、いつしか「他人は皆、自分より劣る」という傲慢さへと変わっていた。
「あんなお子様の芝居、誰にだって分かりますよ」
「バレちゃったか。どうりで会議中に一言も発さないわけだ」
「ええ。普通なら気づきます。まぁ……皆さんが少し、馬鹿なだけですけど」
ヴァイスは相手を確認しないまま会話を続けてしまった。声の主は、黙って彼を見つめている。
「ほう。それはそれは、馬鹿で悪かったな」
挑発的な声に、ヴァイスはようやく違和感を覚えて振り返った。
そこにいたのは、並んで歩いていたカイン・ヘルト皇王だった。うっすらと笑みを浮かべ、ヴァイスを見下ろしている。
「あ……あ……カ、カイン皇王陛下……! も、申し訳ございません!」
ヴァイスの体は目に見えて震えだした。その様子に、カインの方がわずかに面食らう。
「おい、大丈夫か?」
近寄った瞬間、ヴァイスはその場で気を失った。
「最悪だ……こういう時に限って、誰もいねぇのかよ」
用件もあり、放っておくわけにもいかず、カインはヴァイスを執務室まで運び、ソファに寝かせて仕事を再開した。
◆ ◆ ◆
やがてヴァイスは目を覚ました。見慣れない天井とソファに、ここが廊下ではないことを悟る。
「起きたか」
声の方を見ると、執務机で筆を走らせるカインの姿があった。ヴァイスの顔色はみるみる青ざめ、再び震えだす。
見かねたカインは、軽く頭にチョップを落とした。
「落ち着け。で、俺に何が言いたい?」
「も、申し訳ございませんでした!」
ヴァイスは勢いよく頭を下げ、床に額を擦りつけた。
「でも、お前にとって、あの会議は虫唾が走る茶番なんだよな?」
「そ、それは……見え見えで気持ち悪くて……っ、失礼しました!」
カインはその様子を見て、腹を抱えて笑った。
「あっはっは! いい反応だ。安心しろ、誰かは気づくと思ってたさ」
汗だくのヴァイスとは対照的に、カインは実に清々しい顔をしている。
「よし、決めた。次の戦いで軍を三つに分ける。その一つの指揮官を、お前がやれ」
「……え?」
「なぜ、私が……?」
「気に入った。それじゃ不満か?」
冗談めかした口調に、ヴァイスは思わず睨み返した。
「ふざけて……!」
だが、カインは一転して真剣な眼差しで見返す。その気迫に、ヴァイスは言葉を失った。
「学んでこい。さっきのは予習だ。ガイル、城門まで連れて行け」
扉が開き、ガイルが姿を現す。
「任せとけ」
ガイルはヴァイスを猫のように持ち上げ、そのまま廊下へ出た。
「自分で歩けます! 離してください!」
「暴れるな、小僧。……そうだ」
ガイルは何かを思いついたように笑う。
「ほら、高い高ーい。どうだ?」
熊のような笑顔に見下ろされ、ヴァイスは恐怖で失禁しそうになるのを必死に堪えた。
かつてスラムで、泣き止まない子供をあやすために孤児院のシスターが使っていた方法。それを、ガイルはなぜか今も信奉していた。
「やっぱ、これが一番だな」
満足げなガイルに揺らされながら、ヴァイスは城を後にした。
◆ ◆ ◆
一人になった執務室で、カインはぽつりと呟いた。
「会議が嘘だって、伝え忘れたな……まぁ、いいか」
翌日、ヴァイスは朝一番で城を訪れ、存在しない会議について真顔で問いただしたという。
ようやく三十話です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
そろそろ、一話一話に話のタイトルを書こうかなと思います。
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