第23話
ブレイブ城を出発したカイン一行は、順調にシメオンの領都――ハイレンへと向かっていた。
「おい。おかしいだろ」
「何がでしょうか?」
レイジの不機嫌そうな声に、向かいに座るメアリーは涼しい顔で答えた。
「いや、だからだな。貴様はカインの世話をするためについてきたんだろ? なんでこの馬車に乗ってるんだ」
「カインさまです。
それに、私がどの馬車に乗ろうと自由ではありませんか?」
カインたちは二台の馬車に分かれて移動していた。
組み合わせは、カインとレオン。
そして、レイジとメアリー。
レイジからすれば、なぜ自分がメアリーと同乗しているのか、納得がいかない。
「そんなに私と一緒が嫌なのでしょうか?」
「あー……もう、なんでもねぇよ」
「それはよかったです」
完全に言い負かされると悟り、レイジは反論を諦めた。
「……まったく。妹の分身かよ」
小さく呟いたつもりだったが、メアリーはその口の動きを見逃さなかった。
「今、なんと?」
「何でもねぇよ」
レイジは懐から、長らく禁止されていた葉巻を取り出そうとした。
しかし次の瞬間、それはメアリーの手にあった。
「レディの前で吸わないのが礼儀です」
「あー、うるせぇな。妹にすら止められてんだ。テメェにまで言われる筋合いはねぇ。そろそろ吸わねぇとイラついて仕方ねぇんだよ」
「それはそれは。妹さんには、しっかりお伝えしておきましょう」
「おい、それだけは許さねぇ! 返しやがれ!」
「お断りします。返せば確実に吸いますので」
レイジは葉巻を奪い返そうと、メアリーに飛びかかった。
◆ ◆ ◆
一方、少し前を走るカインの馬車。
後方から響く騒がしさに、カインは額に汗を浮かべていた。
「あっちは大変そうだね」
「レイジ……お前の犠牲は忘れないぜ」
どうなっているのか想像すると怖かったが、二人は完全に他人事として話を切り替えた。
「それにしても、グランツを“大鷲の剣”に入れたのは正解だったな」
「戦ってお互いの実力を認め合っているからね。将来、部隊を分けるなら団長として適任だ」
「まあ、それは少し先の話だがな」
馬車の外では、ガイルとグランツが並んで楽しそうに会話していた。
「おいおい、あれがハイレンか? 真っ白だな」
「白爛港とも呼ばれる街だからな」
「確かに綺麗だ。スラムとかはなさそうだな」
「ああ。俺が来た時も無かった」
ガイルはその答えに、心底嬉しそうな表情を浮かべた。
「それはいいことだ」
「本当に、のどかな街さ」
グランツは、過去に訪れた時の光景を思い出し、穏やかに微笑んだ。
ハイレンという名は、初代ハイレン・シメオンの治世を讃え、民が自ら名付けたものだ。
その名は街だけでなく、港の名としても定着している。
シメオンの民とシメオン家の結びつきは強く、
シメオン家なくして統治は成り立たない――そう、カインとレオンも考えていた。
「俺、到着を伝えてくる」
「おう、頼む」
ガイルは馬を寄せ、馬車の扉をノックした。
小窓が開き、カインが顔を出す。
「カイン、ハイレンに着いたぜ」
「そうか。ようやくこの狭い旅も終わりだな」
「後ろの馬車にも伝えるか?」
「……いや、取り込み中っぽいからやめておこう」
ガイルは半笑いの理由が分からなかったが、そのまま引き下がった。
◆ ◆ ◆
一行はそのままハイレンへ入り、ハクレン城へと入城した。
「ようこそハイレンへ。オッタァ・シメオンです。お久しぶりですな、カイン様」
「オッタァか。留学帰り以来だな」
砕けた返答に、オッタァは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに切り替えた。
「それと、こちらが我が娘、ルーナ・シメオンです」
「ルーナ・シメオンと申します。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「カイン・ヘルトだ。よろしくな」
茶色の髪を揺らし、ルーナは丁寧に頭を下げた。
カインはわずかに驚き、二人の顔を見比べた。
「それで……不遜な息子も来ると聞いておりますが?」
「あの馬車に乗っているはずだ」
カインが指差した先の馬車は、未だに静まっていない。
「なかなか出てきませんな」
「中で何かあったかもしれん。グランツ、開けてくれ」
「了解しました」
扉が開いた瞬間、そこには――
メアリーの手首を押さえ込み、上に乗るレイジの姿があった。
「ようやく捕まえた。返してもらうぞ」
メアリーは涙目で顔を背けている。
レイジは、どこか悪役じみた笑みを浮かべていた。
「何をしとるか、このボンクラ!」
「あっ!? お、親父!?」
オッタァは頭を抱え、ルーナは指の隙間からしっかり見ている。
カインとレオンは苦笑いを浮かべた。
「い、いやな……訳があってだな」
「言い訳無用! 女に手を出すとは何事だ!」
「だから違うって言ってんだろ! この女が俺の……俺の物を奪ったからだな――」
「黙れ! ついてこい!」
オッタァはレイジの腕を掴み、そのまま引きずって行った。
「すみません、カイン様。兄が心配なので……」
「気にするな。兄妹水入らずで話すといい」
ルーナは礼を言い、二人の後を追った。
カインがその優しさに感心していると、メアリーが降りてきて肩を叩いた。
「カイン様。私も、あの男に言いたいことがありますので」
あまりの気迫に、カインは黙って頷くしかなかった。
「失礼いたします」
メアリーは葉巻を握りしめ、静かに歩き去った。
「……俺たち、どこに行けばいいんだ?」
「さすがに僕も分からないよ」
こうしてカインたちは、案内もなくその場に取り残された。
その日、ハクレン城には――
しばらく、誰かの悲鳴が響き渡っていた。




