第22話
ヘルト歴三六五年。
領地の分配と報酬の処理がひと段落した。
その節目として、クラウス・ヘルトは君主の座をカイン・ヘルトへ譲ることを宣言し、同時にカイン・ヘルトはルーナ・シメオンを正妻として迎えることを公表した。
ブレイブ城には、多くの貴族が祝いの品を抱え、代わる代わる入城していた。
そんな中、レイジは城内で、自分に寄ってくる貴族の相手をしていた。
「レイジ殿、おめでとうございます。妹御のご結婚、誠に喜ばしい限りでございます。些細な贈り物ですが、どうぞお受け取りください」
「あー、助かる。これは妹の嫁入り道具として使わせてもらうとするか」
レイジは中身を確認すると、すでに山積みになっている祝いの品の中へ放り込んだ。
「ありがとうございます。それで一つ……私の娘がまだ未婚でして。レイジ殿もご結婚されていないと聞きましたが、いかがでしょうか」
「そうか。それは、また選ぶ機会があれば参考にさせてもらう」
「おお、それは光栄です。
城のメイドたちの間で噂になっておりましてな。レイジ殿がカイン様に抗弁してくださったおかげで、我々も領地を得られたと。これは祝いとは別の感謝の品です」
そう言って、貴族は深々と頭を下げて去っていった。
レイジはその背中を見届けると、大きくため息をつき、頭を抱えた。
「はぁ……これで何人目だよ。
それにしても、よくもまぁ口が回るな。激しい抗弁なんてしてねぇぞ。
あー、シメオンに帰りてぇ……」
自室に戻り、改めて祝いの品の山を見て、さらにため息をついた。
その直後、ノックの音が響く。
「……はいはい」
「レオン・ブレイドです。入ってもよろしいでしょうか」
「おお、よかった。レオンか」
レイジは安堵したように立ち上がり、すぐに扉を開けた。
「どうした?」
「カインが、ルーナを迎えにシメオンへ行くと言ってね。君にも同行してもらう。ひとまず打ち合わせだ。執務室へ行こう」
「助かる。今すぐ行く」
その食いつきの良さに、レオンは苦笑した。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
二人は部屋を出て廊下を歩き出した。
「なぁ、俺がいつ“激しい抗弁”したんだ?」
「それは後で話すよ。僕たちが“会話を変えた”理由も含めてね」
「……なるほど」
それ以上の会話はなく、二人は執務室へ向かった。
「カイン、入るよ」
「待っていたぞ。入れ」
陽気な声に迎えられ、中に入ると、そこにも祝いの品が山を作っていた。
「いやぁ、貴族の相手で疲れた。ようやく解放だ」
「本当に、貴族らはめんどくせぇな」
レイジはソファに寝転がり、机の上のコーヒーを飲みながらクッキーを摘まんだ。
「レイジ、だらけすぎだよ」
「これくらいいいだろ」
「おや? カイン様の前で、ずいぶんと無作法ですね」
凛とした声が背後から響く。
「なら問題ないな。俺はカインの義兄になるんだから」
「……義兄であっても、臣下であることに変わりはありません」
カインは手を合わせ、目を閉じた。
「レイジ・シメオン様でお間違いありませんね」
「そうだが、お前は誰だ?」
「メアリーと申します。ここ1年、職務でご挨拶が遅れました。
礼儀というものを、改めて教えて差し上げましょう」
凍りついた笑顔で、メアリーはレイジを見下ろした。
助けを求めるようにカインとレオンを見るが、二人は書類を見ながら話し込んでいる。
「……観念なさいませ」
「い、いやー、今日はいい天気で――」
「言い訳は不要です」
メアリーはレイジの胸元を掴み、そのまま引きずって部屋を出て行った。
「ですよねー……」
レイジは抵抗することなく連れて行かれた。
部屋に残った二人は、何事もなかったかのように話を続ける。
「とりあえず、メアリーは置いていくか」
「…………」
その時、閉まったはずの扉が、わずかに開いていることにカインは気づいた。
「……やっぱり連れて行こう。向こうで世話役がいないと困る」
「それがいいと思うよ」
宣言と同時に、扉はそっと閉じられた。
「他には誰を連れて行く?」
「護衛は“大鷲の剣”で」
「決まりだな」
こうして準備は滞りなく進み、三日後、カイン一行はブレイブ城を出発した。
なお、出発の日まで、城内でレイジの姿を見た者はいなかった。




