第17話
オッタァ・シメオンは目の前に立つレオンを見ると、次に隣にいる自分の息子へと視線を移した。
息子の名はレイジ・シメオン。
彼は椅子に座ったまま、見事に眠りこけていた。
「……はぁ」
オッタァは深くため息をつく。
「息子がこの有様だ。
やれば出来るのだが、何もしよらん」
そう愚痴りながら、寝ているレイジを叩き起こした。
「終わったかー?」
目を擦りながらの、気の抜けた一言。
オッタァは頭を押さえ、眉間に皺を寄せた。
「……結論は決まっている。
ヘルトの提案を飲もう」
「ほう?」
レオンが反応する。
「我らシメオンは、今後ヘルトに従う」
「理由を伺っても?」
即座に問い返すレオンに、オッタァは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「この地で割拠していても、強国に淘汰されるだけだ。
ならば地方をまとめ、三大強国に対抗するしかない。
それがヘルトだと判断した」
そして、再びだらしない息子を見て顔をしかめる。
「……こいつがもう少しまともならな」
「親父の考え方が古すぎるんだよ」
「黙れ。このボンクラ。
少しはルーナを見習え」
「俺とルーナは関係ないだろ」
客人がいるにも関わらず、親子喧嘩が始まった。
レオンはそれを黙って眺め、どこか寂しそうに目を伏せた。
「おっと、いかんいかん。
客人の前だったな」
オッタァは咳払いをして話を戻す。
「では、レビとルベンとはすぐに手を切ればいいのか?」
「それはまだです。
シメオンはレビ・ルベンの援軍として参加してください」
「……なるほど。
頃合いを見て裏切る、というわけだな」
「ええ。
率いる将はレイジ殿に。
僕は副将として参加します」
「分かった」
それまで興味なさげに聞いていたレイジが、急に顔を上げた。
「ちょっと待て。
俺じゃなくて、お前が大将でよくないか?」
「急に他国の人間が率いるのは、問題がありますから」
レオンは肩をすくめ、軽く眉をひそめた。
「私ももう歳だ。
今から軍を率いるのは厳しいな。
準備を進めてこい」
「……めんどくさ」
レイジは肩を落とし、トボトボと謁見室を出ていった。
それを見送ったオッタァは、苦笑いでレオンを見る。
「息子を頼んだ。
それと、条件を確認したい」
「承知しました。
一つ、シメオンの前面降伏。
二つ、貴族領と私有地は変更なし。爵位は二段降格。
三つ、ルーナ・シメオン殿とカイン様の婚姻です」
「問題ないな」
オッタァにとって最大の利は、娘が正妻となることだった。
降伏後もシメオン家の影響力をヘルト内部に残す――
そのための婚姻である。
「では失礼します。
作戦はレイジ殿と詰めて参ります」
「ああ、頼んだ」
◆ ◆ ◆
レオンは謁見室を出ると、迷うことなく兵舎へ向かった。
そこでは、だるそうに仕事をするレイジと、
彼を叱りつけている茶髪の女性がいた。
「はぁ……めんどくさ。
俺じゃなくてもいいだろ」
「だから、お兄様はなぜ真面目にやらないのですか?
兵士たちまで気が緩んでいます」
「めんどくさいからだよ。
他に理由いるか?」
「……」
「準備は順調かい、レイジ殿?」
「まぁな」
「全然順調ではありません」
真逆の返答に、レオンは一瞬戸惑った。
「失礼しました。
ルーナ・シメオンと申します」
女性は優雅に一礼する。
「こちらこそ。
レオン・ブレイドです。
カイン様をよろしくお願いします」
そのやり取りを見て、レイジは大きくため息をついた。
「堅苦しいな……息が詰まる」
「お兄様、後で報告しますよ?」
「はいはい……
分かったよ。手伝ってくれ、副官殿」
「なりません。
私はこの後、レオンさんと話がありますので」
レイジは睨みつけたが、逆に睨み返されて観念した。
「……一人でやります」
満足そうに頷いたルーナは、レオンへ向き直る。
「少し、お時間をいただけますか?」
「ええ、構いません」
「では、こちらへ」
◆ ◆ ◆
二人は一室へ入った。
「それで、用件は?」
「えっと……その……」
ルーナはもじもじと視線を逸らす。
先ほどの有能な姿とは別人のようだった。
(……あ、これ来るな)
女難慣れしているレオンは、直感的に察し、
そっと後ずさりして部屋を出ようとした。
しかし――
「待ってください。
すぐ終わりますから」
服の裾を掴まれる。
夕陽が部屋を赤く染め、
レオンの唾を飲み込む音だけが響いた。




