第16話 奇襲②
ムルドは、ナイーブが担当しているはずの左翼に到着した。
しかし、そこにいたのは中央にいるはずのクラックだった。
「……あの馬鹿はどこへ行った?
なぜ左におらん」
「それが……最初は私が中央にいたのですが、
『我は中央以外ありえん』などと言いまして、
私を左へ回せと……」
クラックは引きつった笑みを浮かべ、首を横に振った。
「……譲ったのか。
自分の持ち場すら守らんとはな」
ムルドは呆れたようにクラックを見た後、額を押さえた。
「申し訳ございません。
あまりにも怒っておられたもので……。
それに『臆病者がここにもいない』とも……」
それが自分を指していると悟り、クラックは慌てて頭を下げた。
ムルドはその様子を見て、深くため息をつく。
「……仕方あるまい。
それより撤退だ。
貴様は敗兵をまとめ、砦まで下がれ。
私はあの馬鹿を連れ戻す」
そう命じて、本陣へ戻ろうとしたムルドの背に、クラックが声をかけた。
「それと……
『臆病者がここにもいない』と言っておりました」
ムルドは一瞬考え、やがて納得したように頷いた。
「なるほどな。
なら、ヘルトの小僧の近くにいるはずだ」
そう言い残し、来た道を引き返した。
◆ ◆ ◆
「……そろそろ本体が来るはずだ。
さすがに、あいつも引くだろ」
「そうだといいんですがね……」
ゴロスは、カインの楽観的な言葉に苦笑いで応じた。
幾度もナイーブの攻撃を受け止めてきたため、疲労は隠せない。
「なんだかんだで、ダメージは与えてるはずなんだがな」
実際、ナイーブの体には傷が刻まれていた。
ゴロスに止められ、カインの反撃を受け続けているのだ。
「そろそろ終わりにしてやる」
「それはこっちの台詞だ」
強がりとは分かっていても、言わずにはいられなかった。
その時――背後から声がかかる。
「カイン様! ご無事ですか!」
振り返ると、ウォードが駆けつけてきていた。
「いいタイミングだ。助かった」
「ナイーブですか……これはまた厄介な相手ですな」
ヘルト軍の本隊が到着し、勝敗は事実上決した。
さらにそこへ、クルトの部隊も合流する。
「カイン様!」
「クルトか。どうした?」
クルトは息を切らしながら膝をついた。
「聖剣の光が見えて……それを目指して突っ切ってきました」
「カールとグラズガは?」
「……部隊を三つに分けてからは、分かりません」
「そうか。
なら、二人を探して集めてこい」
即座に命令を下す。
クルトは一瞬驚いた顔をしたが、
カインの視線が自分ではなく、ナイーブに向いていることに気づき、理解した。
「……かしこまりました」
クルトは踵を返し、兵を集めながら二人を探しに走った。
◆ ◆ ◆
「さて、ナイーブ。
俺の兵は続々と増えているが、お前の兵は逃げ始めているぞ?」
カインは挑発するように言った。
「逃げるなら、今のうちだ」
「この臆病者がぁぁ!!
我が逃げるとでも思っているのか!」
激昂したナイーブが大剣を振り上げた、その瞬間――
ゴン、と鈍い音が響いた。
「馬鹿者」
後ろから、ムルドがナイーブの頭を叩いていた。
「臆病者云々の前に、生き残れ。
ここは一度退き、体勢を立て直す」
「ムルド!
俺に指図する気か!」
だがムルドは一歩も引かず、睨み返す。
「人の兵を散々斬り捨てておいて、よく言う」
「……っ」
その一言に、ナイーブは言葉を詰まらせた。
「貴様の無茶を黙って聞いてやった。
わしの頼みも聞かぬなら、それは臆病者以下だ」
ナイーブは歯を食いしばり、震えながら考え――
「……ぐぬぬ。
分かった。ひとまず引いてやる」
ムルドは静かに安堵し、馬首を返した。
◆ ◆ ◆
「追撃いたしますか?」
ウォードの問いに、カインは逃げていく二人を見ながら薄く笑う。
「いや、必要ない。
今日はここまでだ」
「承知しました」
夜間追撃は行わず、ヘルト軍は少し後方に移動して野営を開始した。
「本当に、よろしかったのですか?」
「ああ。
兵には戦勝祝いだ。食事は賑やかにしてやれ」
カインは馬を降り、切り株に腰掛けた。
奥から聞こえる歓声に苦笑しつつ、迎撃陣地の方向を見る。
「……後は頼んだぜ、レオン」
◆ ◆ ◆
王国派連合と戦う数日前――
レオンは、シメオンの都ハイレンに到着していた。
そのまま謁見の間へ通され、
現君主・オッタァ・シメオンの前に立つ。
「謁見を賜り、感謝いたします。
レオン・ブレイドと申します」
「ご苦労。
ヘルトの人間が、何の用だ?」
「ヘクソネーソス連邦から帰国した際、
カイン様と共に訪問した件について、
お返事を伺いに参りました」
その言葉と同時に、謁見の間に静寂が落ちた。




