第15話 奇襲①
最初は成功したかのように見えた奇襲だった。
しかし実際には完全な挟撃にはなっておらず、時間が経つにつれて混乱から立ち直ったルベン・レビ連合軍は、徐々に連携を取り戻し始めた。
力を合わせた連合軍は、少数のヘルト軍を押し返し始める。
「……なんか、まずくないか?」
クルトは押され始めた戦線を見つめながら呟いた。
「カイン様の部隊はどうなったんだ?
この作戦……本当に成功してるのか?」
序盤、敵の混乱を見た時点では勝利を確信していた。
だが状況が変わり、次第に不安が胸を占める。
その感情は、言葉と共に周囲へと伝播していった。
「カイン様は……死んだんじゃないのか?」
「そんな……俺たちは誰のために戦ってるんだ?」
「そもそも、この戦争自体が無理だったんだ……」
不安は病のように広がり、部隊の士気は急激に低下していく。
そして――崩壊が始まった。
「おい、どうしたんだ、みんな!」
クルトはその様子を見て、自分の言葉が引き金になったことを悟った。
取り返しのつかない失言だった。
その時――
敵軍のさらに奥、遥か彼方から、光り輝く何かが天を照らし始めた。
「……あれは……」
クルトは目を見開いた。
「見ろ! あれは聖剣の光だ!
カイン様はまだ生きている!
我々が先に駆けつけ、お救いするのだ!」
瞬時に、それを“聖剣の輝き”だと断定する。
事実かどうかなど関係なかった。
その一言で、沈み切っていた士気が一気に跳ね上がる。
「間違いない! あれは聖剣だ!」
兵士が叫び、次々と武器を掲げた。
「光を目指せ!」
理由など不要だった。
兵たちは一直線に、光へと向かって突撃を開始した。
◆ ◆ ◆
一方、ヘルト軍を抑え込んでいたムルドは、その異変に気づく。
「何事だ!?
敵の勢いが急に増しておるぞ!」
「後方の光に向かって直進しております!
このままでは、ここに到達するのも時間の問題かと!」
「……少数の敵が、何を考えている」
ムルドは一瞬考え――決断した。
「よし、私は中央へ戻る。
戦場全体を確認する。ここは任せた」
「はっ!」
名目上は状況確認。
実際には、安全な後方へ下がるためだった。
「計画通り、ルベン軍と合流しているな」
カインは追撃部隊を率い、前方の敵兵へ視線を向けた。
「ここで一気に叩く。
突撃開始! 敵を殲滅しろ!」
だが突撃を始めてすぐ、違和感に気づく。
「……妙だな。
すでに奇襲部隊が突っ込んでいる?」
一瞬考え、すぐに判断を下す。
「まぁいい。こちらが手薄だ。
計画に変更はない」
カインは剣を掲げ、声を張り上げた。
「我、カイン・ヘルトなり!
この輝く聖剣と、勇者一族の威光を受けよ!」
薄暗くなりかけていた空が、一瞬で照らされた。
聖剣が光を放ち、戦場を白く染め上げる。
ヘルト兵たちは一斉に雄叫びを上げた。
そして――
それとは別に、一頭の“猪”もまた咆哮していた。
◆ ◆ ◆
ナイーブは、背後で起きた異変に気づき、
カールへ振り下ろしかけた大剣を止めた。
暗くなりつつあった空が、再び明るくなっている。
「あ……あれは……
聖剣の光かぁぁぁぁっ!!」
光の源を見た瞬間、確信する。
「今すぐその首を切り裂いてやる!」
手綱を握り、一直線に光へと向かう。
カールは、来るはずの衝撃が訪れないことに違和感を覚え、
恐る恐る目を開いた。
そこには――
すでに遠ざかっていくナイーブの背中しかなかった。
「……俺は……助かった……のか?」
状況を理解するまで、かなりの時間を要した。
◆ ◆ ◆
中央へ戻ったムルドの目に映ったのは、完全な混戦だった。
あちこちで火の手が上がり、もはや統制は取れない。
「な……何だ、これは……」
答える者はいない。
誰一人、全体像を把握できていなかった。
「撤退の合図を出せ!
これ以上戦っても勝てん!
陣地まで全力で退くぞ!」
従者に指示を飛ばす。
「兵をできるだけまとめろ!
後の指揮はクラックに任せる!
私はナイーブを止めに行く!」
そう言い残し、左翼へと馬を走らせた。
◆ ◆ ◆
「見つけたぞぉぉ!
この臆病者がぁっ!!」
ムルドが探しに向かってからしばらくして、
ナイーブはついにカインを見つけた。
「……最悪だ」
剣技で勝てる相手ではない。
カインは即座に撤退を選択した。
「貴様! また逃げるのか!」
「ばーか。
誰が貴様みたいな馬鹿と戦うか」
「この野郎ぉぉ!!」
顔を真っ赤にして吠えるナイーブ。
「……なんでこんなに怒るんだ?」
疑問に思いつつも、カインは考えを巡らせる。
「一人じゃ無理だな……
あ、いた」
目の前で戦っていたゴロスに声をかける。
「ゴロス」
「はい」
「あの猪武者を討つ。
二人なら、なんとかなるはずだ」
「承知しました」
ゴロスは敵を薙ぎ払い、構え直す。
「ようやく観念したか」
「この猪が。しつけぇんだよ」
ナイーブの大剣が振り下ろされ、
ゴロスがそれを正面から受け止めた。
「ほう……
私の一撃を止めるとは」
だがゴロスの全身には、滝のような汗。
大剣が引き戻され、その隙に二人は距離を取る。
「……何度も受け止められる自信はありません」
「分かってる」
燃え上がる炎の中――
三者は、睨み合った。




