第13話 追撃②
ナイーブは街道を進みながら、グランツに言われた通り、見当たる森を一つ一つ隈なく探しつつ行軍していた。
「まったく……どこまで逃げたのだ、あの卑怯者は!」
「ナイーブ様! 正面をご覧ください。どこからか兵が来ます!」
正面から迫ってくる軍勢を見た瞬間、ナイーブは反射的にカインの軍だと決めつけた。
普段ならば一考したかもしれない。しかし今は怒りに支配され、敵味方を見極める余裕すらなかった。
「よくやった! 全軍突撃!!」
レビ軍は陣形を整える間もなく、正面の集団へ向かって突撃を開始した。
「ムルド様。防衛陣地を通過してかなり時間が経ちますが、敵影が見当たりません」
◆ ◆ ◆
「……おかしいな。
この辺りでヘルト軍が野営していたという情報だったはずだが」
ムルドは斥候から得ていた情報を思い返す。
「……まずい。
あの愚将のことだ。何も考えず突っ込んだな」
ナイーブが、笑いながらヘルト軍へ突撃していく姿が、容易に想像できた。
焦りを覚えたその時、地響きのような足音が迫ってくる。
「どこの軍だ!」
「不明です! 旗も掲げていません!」
「総員、戦闘体制!
正体を確認しろ!」
だが、突撃してくる軍勢は止まる気配を見せない。
「接触まで時間がありません!」
「……確認は不要だ。反撃準備!
おそらくヘルト軍だ!」
ムルドは判断を下し、迎撃に移った。
ルベン軍は、正体不明の敵との戦闘を開始した。
◆ ◆ ◆
その少し前――
街道近くの森には、ヘルトの別働隊が身を潜めていた。
「……やばい。緊張してきた」
そう呟いたのは、カール・サラオス子爵だった。
「カイン様が正面から突撃したのに合わせて、
俺たちは森から出て挟撃……だよな?」
「はい。その通りでございます」
実戦初参加のカールは、極度の緊張で喉が渇き、水すら通らない状態だった。
「ルベン軍が、今まさに街道を進んでいます」
「……もう無理だ。
君たちだけで行ってくれ。体が動かん」
座り込むカールの肩を、誰かが軽く叩いた。
「はぁ? 何言ってんだよ。
部隊任された時、めちゃくちゃ喜んでたじゃねえか」
「まったくだ。情けない」
声をかけたのは、クルトとグラズガだった。
三人は身分こそ違えど、ウォードの地獄の訓練を共に乗り越え、自然と親しくなっていた。
クルトは猫の獣人、グラズガはドワーフと人の混血。
平民出身の二人を、カールは一度も蔑ろにしたことがなかった。
「気楽に行こうぜ。失敗しても……
ウォード様にしごかれるだけ……だといいな?」
「処刑じゃなくて、一族根絶やしかもしれん」
「やめろ! 冗談でも言うな!」
胃を押さえ、カールの顔色はさらに悪くなる。
その様子を見ていた兵士たちは、言いようのない不安に包まれていた。
「……まあ、なるようになるさ」
「然り。気合を入れるぞ」
「今から、あれやるのか?」
三人の空気が一転し、妙に明るくなる。
兵士たちは何が始まるのかと、ざわつき始めた。
「手加減するなよ」
「本気でいくぞ」
「おい待て!
グラズガが本気出したら、俺吹っ飛ぶぞ!」
三人は向かい合い、腰を落とした。
「「せーのっ!」」
同時に拳を振り抜く。
――次の瞬間。
グラズガに殴られたカールは五メートルほど吹き飛び、地面を滑った。
カールに殴られたクルトはその場で昏倒。
クルトに殴られたグラズガは、何事もなかったかのように立っていた。
兵士たちの不安は、先ほどよりも深まった。
「ああ……神様、勇者様……
俺、家に帰れますかね……」
そんな中、斥候が駆け込んでくる。
「五百規模の軍勢が、ルベン軍へ突撃しました!」
返事がない。
正面を見ると、指揮官が悶絶している。
斥候は恐る恐るグラズガを見た。
「……総員、突撃準備」
グラズガは短く命じ、二人を叩き起こした。
「行くぞ。後はカールの号令だけだ」
「不公平だ……もう二度とやらん」
クルトが立ち上がり、最後にカールも頬を押さえながら起き上がる。
「……わかった」
たった一言。
だが、その顔から緊張は消えていた。
「手はず通り、三部隊に分ける。
私が正面、クルトが右、グラズガは左だ」
「任せとけ」
「ああ」
カールの部隊は、
カイン率いる部隊の突撃に呼応し、森から姿を現す。
――ルベン軍の背後へ。
挟撃が、始まった。




