第11話 好敵手
将兵たちが撤退だ、無謀だと口々に騒ぎ立てる中、ただ一人――カインだけが笑っていた。
彼は馬上から戦場を見渡し、レビ軍のさらに奥、わずかな変化に目を留める。
「……よし」
カインは馬を前へ進めた。
「一斉突撃の準備をしろ」
その一言で、ざわめいていた将兵たちは一斉に沈黙した。
「本当に言っておられるのですか?」
「玉砕するおつもりか!」
「無謀でございますぞ!」
将たちは我に返り、次々と諫言する。しかしカインはそれらを一切取り合わず、前線で指揮を執るウォードの元へと馬を走らせた。
「ウォード! 今だ。一気に押し返すぞ」
「はっ。かしこまりました」
カインは戦場全体を見渡せる位置まで進むと、聖剣を高く掲げ、大音声で叫んだ。
「全軍に告ぐ! この聖剣の輝きを見よ!
我々には勇者様の加護がある! 故に我らは負けぬ!
正義は――我々にある!」
昼間にもかかわらず、聖剣は眩く光を放った。
「「「うおおおおお!!」」」
その光と声に呼応するように、ヘルト軍の士気が一気に跳ね上がる。
先ほどまでナイーブの猛威に押されていた兵士たちが、剣を握り直し、前へと踏み出した。
カインはその様子を確認すると、静かに聖剣を下ろし、戦列の後方へと身を引いた。
◇ ◇ ◇
「父上! 敵の勢いが強まっています! これ以上進めば撤退できなくなります!」
グランツは焦燥を滲ませ、必死に叫んだ。
「黙れ! 我に撤退などという言葉はない! この腰抜けが!」
ナイーブは怒鳴り返し、正面を向いて戦い続ける。
(おかしい……)
グランツは敵の動きを睨みながら思考を巡らせた。
(ヘルトはここで兵力を使い切るはずがない。
ここで勝っても、戦争は終わらない。
ならば……)
ふと、視界の端に森が映る。
「……まさか」
グランツは顔色を変え、声を張り上げた。
「急げ! 背後の守りを固めろ!」
しかし、その号令に応じたのは、彼の直率する兵だけだった。
「グランツ様! 背後より敵の奇襲を受けています!」
「……遅かったか」
歯噛みしながらも、グランツは即座に切り替え、自軍後方へと馬を走らせた。
すでに後方は混戦状態。指揮など取れる状況ではなかった。
「父上のあの突撃が裏目に出た……
誰も後ろを見ていなかった」
グランツは叫ぶ。
「急げ! 我々だけでも戦線を構築するぞ!」
的確な指示だったが、それが逆に仇となった。
指揮官と悟った敵兵が、一斉に殺到してきたのだ。
必死に斬り伏せながら戦線を整えようとした、その時――
一人の男が割って入った。
「……かなり地位が高そうだな。その首、もらうぜ」
「取れるものなら取ってみよ。
俺の名はグランツ・レビだ」
「俺はガイル。
将来、ヘルトの近衛騎士長になる男だ」
二人は馬を進め、間合いに入った。
先に仕掛けたのはガイルだった。
持ち前の怪力で大剣を振り下ろす。
グランツは槍を盾代わりにして受け止めたが、凄まじい衝撃が腕を痺れさせた。
「……なかなかやるじゃねえか」
「お前こそ。この力、父上ほどではないが、十分強い」
今度はグランツが馬を進め、流れるような槍の連続突きを繰り出す。
ガイルは防ぐが、全てを捌き切れず、浅い傷を負った。
「くそ、速ぇな……」
「父上はこれを見ても、槍は軟弱者の武器だと言う。
……正直、お前の力が羨ましい」
ガイルは笑った。
「はっ、馬鹿だな。
力は大事だが、当てられなきゃ意味がねえ。
そんな奴の言葉なんか気にするな」
そして、真っ直ぐにグランツを見据える。
「お前はお前の強さを誇れ。
俺と、死力を尽くして戦おうぜ!」
その言葉に、グランツは思わず笑った。
「……そうだな。考えすぎていたのは俺だ。
だが、いくら馬鹿でも我が父だ。その誘いには乗れん」
「ああ、そうか。なら、この勝負はお預けだ」
「次は俺が勝つ」
「はっ、決まってるだろ。俺だ」
グランツは一騎打ちでガイルを引き留めている間に、部下たちへ戦線構築を命じていた。
それを確認すると、すぐに父の元へと馬を走らせる。
ガイルは去っていく背を見送り、剣を下ろした。
「……全軍、攻め急ぐな。ゆるく戦え」
静かに笑う。
「俺以外に負けるなよ――我が好敵手」




