第10話 レビの戦い
ヘルト軍がブレイブ城を出発して数日が経った。道の両脇は深い緑に覆われ、木々の葉は陽光を受けて鮮やかに輝いていた。
「カイン様、まもなくレビ領に入ります。国境沿いには防衛陣地があります。我々は兵が少ない。真正面から攻めるのは得策ではありません」
隣を進むウォードの言葉に、カインは馬上で軽く頷く。
「だが、いま陣地にいるのはレビ軍だけだろう?」
「その通りです」
カインは周囲の丘や森の位置を確認しながら進んだ。そして、ふいに馬を止めた。
「この辺りで休憩にする」
号令とともに軍は行軍を停止。カインは机と椅子を用意させ、その場で文を書き始めた。
「カイン様。他国の援軍が来る前に砦を落とさねば不利になります。今すぐ攻めないのですか?」
ウォードが遠慮なく疑問をぶつける。
「もっともだ。だが、砦にいる連中は単純だ。少し挑発すれば、陣地から飛び出してくる」
「なるほど……そういう作戦でしたか」
ウォードは納得すると指揮に戻っていった。
「クロ」
「呼んだな。で、何の用だ?」
木陰から黒い影のようにクロが現れた。気配がなさすぎて、ウォードは即座に反応した。
「貴様、何者だ!」
剣を抜くウォード。周囲の将兵も構える。
「待て待て! 俺は敵じゃない。こいつ――カインに雇われた暗殺者だよ」
クロは両手を上げておどけてみせた。カインも笑いながら頷く。
「なるほど。しかし“こいつ”呼ばわりとは無礼千万。今ここで首を落としましょうか?」
「ひっ……!」
剣先を突きつけられ、クロが肩を震わせる。
「やめておけ。こいつは学がないだけだ。説教は戦が終わってからでいい」
「……承知しました。メアリー殿に“教育”を頼んでおきましょう」
ウォードは剣を収め、部下を連れて去っていった。
「大変だな、クロ。これからよろしく頼む」
「はあ? なんの話だよ」
相変わらず要領を得ないクロに、カインは苦笑を浮かべた。
「これをレビの陣に届けてこい」
「はいはい、行けばいいんだろ」
クロは手紙を受け取り、影のように姿を消した。
◆ ◆ ◆
手紙を送って三日後。カインはあえてレビ領奥から後退し、戦場を選んでいた。
「カイン様! レビ軍が全力でこちらに向かっています!」
「よし、かかったな。やはり単純だ」
伝令を受け、カインは愉快そうに笑った。ウォードは即座に陣形を整えるよう号令を飛ばす。
陣が整った頃、レビ軍が到着した。
「ふん、逃げる腰抜けがとうとう観念したか! カイン・ヘルト! 今日貴様は俺が殺す! 全軍、突撃!」
「なりませんナイーブ様! 兵はすでに疲弊しております!」
グランツが止めるが、ナイーブは聞く耳を持たなかった。
「黙れ! 攻撃を待つなどあり得ん! 俺が先陣だ。ついてこい!」
「「「うおおおおおっ!」」」
レビ軍は勢いそのまま突撃した。
だがヘルト軍は万全の態勢で迎え撃ち、最初こそ互角にぶつかり合ったが――疲労していたレビ軍はすぐに押し返され始めた。
「敵は走り通しで疲れ切っている。押し潰せ!」
カインの号令とともに勢いづくヘルト軍。レビ軍は敗走寸前に追い込まれた。
「この軟弱者ども! 俺より強い奴がいるのか! いねぇだろうが! 黙って俺の背中に続け!」
ナイーブが最前線に飛び込み、一気に敵兵を薙ぎ倒す。その姿に、崩れかけていたレビ兵が再び息を吹き返した。
「カイン様、レビ軍が勢いを取り戻しています。我々が押され始めました!」
将兵が焦りの声を上げる中、カインは落ち着いて前を見据えた。
「心配するな。勝つのは俺だ」
「しかし、このままでは崩壊します! 一度下がるべきかと――」
将たちが口々に退却を提案し始めたそのとき、伝令が駆け込んできた。
「ルベン軍が陣地を離れ、こちらへ向かっています!」
「なっ……奴らまで要塞を出たのか! まずい、今すぐ退却すべきだ!」
「もう勝ち目がありません!」
将兵の間に混乱が広がる。
しかし――カインだけは静かに笑っていた。




