第9話 誓い
ヘルトが侵攻を開始する数日前。
ブレイブ城の謁見の間で、カインはクラウスの前に膝をついていた。
「父上。ブルートは死にました。ご命令を」
その場にいた貴族たちは恐怖に青ざめ、
カインと目が合わぬよう揃って視線を逸らす。
クラウスはしばし沈黙し、重く息を吐いた。
「……わかった。しかし、お前に預ける軍は五千のみだ。
他国に攻め入られても守れるよう、余力は残さねばならん」
ヘルトが動員できる最大兵力は七千五百。
そのうち五千を託すということは、今回の遠征にどれほどの覚悟を注いでいるかの証である。
「承知しました、父上。必ず迅速に勝利を捧げましょう」
カインは深く臣下の礼を取ると、踵を返して歩き出した。
「カインよ……くれぐれも、生きて戻れ」
背にかけられたクラウスの言葉に、カインは片手を軽く挙げるのみで応え、謁見の間を去った。
「……カイン。なぜお前の背中は、あやつ――我が兄と同じように見える……」
クラウスは誰にも聞こえぬほど小さく呟き、深い溜め息を漏らした。
◆ ◆ ◆
ブレイブ城の城門上には、カイン、レオン、ウォードらが並び、
門下には五千の将兵が整列していた。
「父上より許可は得た。あとは勝つだけだ」
自信に満ちたカインの声に対し、
兵たちの表情はまちまちだった。
顔を上げる者、黙り込む者、隣と談笑して緊張をごまかす者――士気はまだ十分とは言えない。
「まずは士気を上げないと。今のままじゃ戦えないよ」
レオンが静かに指摘すると、カインは力強く頷いた。
「ああ。これができなければ、俺の偉業など夢物語だ」
レオンはその姿を見て安心したように微笑み、一歩後ろに下がる。
カインが城門の縁まで進み出ると、兵士たちは次第に静まり、視線を集めた。
カインは大きく息を吸い、声を張り上げた。
「全軍に告ぐ!」
その一言で、兵の注意は完全にカインへと向けられた。
「知っている通り、俺は初代勇者ハヤト・ヘルトの一族――カイン・ヘルトだ。
ハヤト様が原初の森に現れてから三百六十四年。
あの御方は生涯、全種族が平等でないことを嘆かれておられた。
――我々は何をしてきた?」
兵たちの胸に問いを投げかけるように、カインは続ける。
「世界は平等になったか?
我がヘルトはそう在ろうとしている。だが周りはどうだ。
北の帝国は亜人を獣と罵り、
東の覇国は人間を劣等種と嘲る。
勇者様の願いは、誰が継ぐのだ!」
カインはウォードから勇者の墓より持ち帰った聖剣を受け取り、
鞘を払うと、城門の上から高々と掲げた。
聖剣が眩い光を放ち、空気が震える。
「俺が継ぐ! 俺が世界を変える!
ついてこい!
初代勇者ハヤト様の意思は、ここにある!
ヘルトの名のもと、平等の世界を作るぞ!」
「「「「おおおおおおおおーー!!!」」」」
瞬間、城門は熱気に包まれた。
先ほどまで覇気のなかった兵士たちが、
一斉に拳を突き上げ、声の限りに叫ぶ。
「さあ、始めよう――俺たちの伝説を!」
「ああ、どこまでも共に歩こう」
カインが差し出した手をレオンが取り、臣下の礼と共に誓いを返す。
「何処までもお供いたしますぞ!」
ウォードをはじめ諸将も次々に跪き、忠誠と同行を誓った。
後年、宮廷画家によりこの出陣の光景は「ヘルトの誓い」として描かれ、
歴史に残る名画となる。
――これが、カイン・ヘルト躍進の始まりであった。




