妖精の待ち人
ちらちらと雪がふりつもり、冬の森はもう雪の原。
緑は消えて、木々からはきらりと光る宝石のような結晶が、太陽の暖かな光を反射してはきらめている。
そんな雪の中にうずくまる黒くて丸い生き物がいる。
くまにしては小さいし、リスにしては大きい。
子犬くらいの大きさで、その体の上にもちらちらとふる雪がつもっていく。
「どうして、ぼくを呼んでくれないの?」
ほろほろと涙を流す瞳は真っ赤だった。
ここは妖精の丘。
最初はこの丘にはたくさんの仲間たちがいた。
けれど春生まれた仲間たちは、どんどんと呼ばれて旅立っていった。
妖精は必ず運命のひとりに呼ばれて、そして人の世界へと旅立つんだ。
『いってきます!』
『またね!』
最初のころは、仲間たちを笑顔で見送った。
『元気でね!』
『すぐにぼくもいくね!』
けれど、仲間たちはどんどんいなくなっていって、気が付いたら残っていたのは、たったひとりだけ。
たった、ひとりだけ。
そのうちに春はすぎて、暑い夏が来て、木枯らしが吹いて秋になり、雪がふりつもりだして、冬がきた。
ぶるりと体を震わせると、つもっていた雪がおちていく。
ちらちらとふる雪は、とてもきれいだけれど、ひとりで見るにはとてもとても寂しいものだった。
「早く来て。待っているよ。ぼくはここにいるよ」
空を見上げると、ずんと暗い灰色の雲が覆ってきた。
今日は昨日よりももっと雪がたくさんふるだろう。
あぁ、このままずっとひとりなのだろうか。
そう思うと、赤い瞳から涙がほろほろと落ちて行く。
真っ黒なこの体がいけないのかな。他の子たちはもっと綺麗な色をしていたから、だからぼくは選ばれないの?
真っ赤なこの瞳がいけないのかな。他の子たちはもっと優しげな瞳をしていたから、だからぼくは選ばれないの?
何がいけないのかがわからなくて、ただたださびしくて空を見つめていると、涙がとまらなくなる。
ほろほろと落ちた涙は、雪の結晶となって空へと舞いあがる。
「寒いよ。ひとりはいやだよ」
さびしいよ。
その時だった。
空の分厚い灰色の雲にぽっかりと穴が開いて、そこから太陽のように温かな光がぼくを呼んだ。
『遅くなってごめんね。こっちよ。こっち』
「え?」
空から聞こえる声は、今まで聞いた仲間たちを呼ぶどんな声よりも優しくて、心地の良い声だった。
『私の運命の妖精さん。私だけの妖精さん。こっちよこっち』
とても温かな声だった。
ぼくは嬉しくなって尻尾をぶんぶんとふると声高く吠えた。
「まっていたよ! ずっと、ずっと待っていたよ!」
ぼくは光に向かって駆け出した。
空を飛んでそして光の中へと飛び込んでいく。
光の環の周りには七色の輪ができていて、その中を全速力でぼくは駆け抜けていく。
その先にはキミがいた。
冬の雪よりも真っ白な髪と瞳をもったキミはとても綺麗だった。
「待たせてごめんね。会いたかったよ」
ぎゅっとぼくを抱きしめてくれるキミはとても温かで、ぼくの心はほかほかとなる。
「会いたかった。会いたかったよ。どうして呼んでくれなかったの?」
「病気でね、ずっと眠っていたの。でも、あなたの声が聞こえて目が覚めたのよ」
「大丈夫? もう、体はいいの?」
「ええ。あなたのおかげで元気よ」
ぼくはその言葉に嬉しくなって、キミの頬にキスを送った。
するとキミは頬をピンク色にして嬉しそうに笑ってくれた。
「ずっと会いたかったのは私もよ」
「ぼくもだよ。でも……ぼくでもいい? ぼくは他の子より真っ黒で、瞳も真っ赤だけれど」
急に自信がなくなってそう言うと、キミはぼくをぎゅっとまた抱きしめて言った。
「当たり前だよ。どんな見た目でも、瞳でも、あなたがいい」
ぼくはとても嬉しくなった。
見ためなんて関係ない。
瞳の色なんて関係ない。
ぼくだってキミがいい。
妖精には必ずたったひとりの運命の相手がいる。
ぼくの運命の相手はキミ。
ぼくは嬉しくて、嬉しくて尻尾をぶんぶんとふった。
すると、雪の結晶が部屋中に広がって、キラキラと舞った。
「わぁ! 綺麗ね」
たったひとりで見た時には、とても寂しくて冷たかったものだけれど、キミが一緒ならそれが変わって見える。
綺麗だった。
キミの隣で見る光景は、とても温かで、ぼくは幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
会えてうれしい。
生まれて来てくれてありがとう。
ぼくを選んでくれてありがとう。
これからずっと一緒だよ。
ぼくがずっとキミを守るからね。
冬が終われば必ず春が来る。
ぼくはキミと過ごすこれからの季節が待ち遠しくて仕方がなかった。
読んで下さりありがとうございました。