1●プロローグ
本編中、一部死刑の描写があります。苦手な人は、ブラウザバック。
『あなたに死刑執行をお願いします』
こんな手紙が来たらどうする?
現実というものは実のところ薄っぺらい。現実的の的っていうのは、それっぽいという意味だ。科学的とは科学っぽいということで科学じゃ無い。論理的というのも論理みたいなもので、実は論理じゃ無い。
現実的とは現実っぽい、というだけで現実とは違う。現実と現実的とは、食べられる料理と見本の蝋で作った模型くらいの違いがある。
だけど人は自分の五感で感じたものしか現実というのは解らない。概念、想像、妄想と形の無いものに現実感は感じられない。
ただ、半端に頭が回る人は予想の範疇に納まりそうなことを、現実的、と言う。
現実的と現実をごっちゃにして、その境目が解らなくなってる人も多い。そして都合良く、現実はそんなに甘くない、簡単では無いという言い方をする。
まぁ、考えないようにするために、どうでもいいことばかりを考え続けるのが、人が平穏に生きていくのに必要なやり方、というものなんだろう。
誰もが知らないままに、日々の忙しさにかまけていれば、デモも暴動も少なくて平和になる。やらなくてもいい無駄なことを、忙しい忙しいと言ってやったりやらかしたりしていれば、皆、平和でやっていけるというものだ。
現実に対する正しい対処の仕方は、目を逸らすことだから。日頃食べてるものの中に、本当は何が入ってるのか。何も知らなければ安心して食べられるだろう?
だけど、知らなくてもいいこと、なんてものに興味を持ってしまう奴もいる。俺とか、僕先輩とか。
知ったところで得は無く、知ったが故に生きにくくもなる。そういうのがイヤな人は、さっきの手紙は見なかったことにして、破って捨てた方がいい。
こっから先は、安穏と生きていくには知らない方がいいことだ。それだけ、忠告しとく。
と、脅しはしたが中身はたいしたことは無い。これは俺と僕先輩が、ただお喋りしているだけだ。二人の会話でただの部活動だ。
学校の放課後に、女子生徒と男子生徒が話をするだけだ。おっと、男と女だからと、恋愛ものなんかを期待されても困る。俺も僕先輩も、愛とか恋とか単なるエゴの話に興味は無い。興味があるのは現実だ。
事実は小説より奇なりと言うが。
現実よりも危ないエンターテイメントは無いだろう。知らなければ退屈平和で過ごせるものだが、この現実というのは、知ってしまえばバカバカしくてイカれてる。
ああ、前書きにはこれをつけておかないとな。
この物語はフィクションです、と。
取り合えずフィクションだと思っとけ。そうすれば、気に病むことも無いだろう。
前書き、終わり。
俺と僕先輩の論理学部、はじまりはじまり。
◇◇◇◇◇
学校というのはつまらない。つまらないという苦痛に耐える精神を身につける、というのが学校だから、学校とはそれでいいのだろう。
高校生として学生でいられる、というのは恵まれているのかもしれない。学ぶことに意義を見出だせれば、楽しめるところなのだろうか。
そんなふうに考えるあたり、最近は学習というものに興味を失いつつあり、学校がますますつまらない。授業がいったい何の役に立つのか、生きていく上でこれが必要なことなのか、と。
いやまあ、同世代のクラスメートとどうも話が合わない、という俺の性格の方に問題がありそうだが。だからと言って、つまらないお喋りを長引かせることに興味を持てない。こういうのがコミュ障というのか。コミュニケーションがしょうも無い、というだけなんだが。
そんな俺でも最近は少し、高校生活に楽しみを感じている。正確には放課後の部活動。実態はおかしな先輩に目をつけられた、というだけのことかもしれないが。
登校する。いつもの教室、いつもの席。同じクラスの皆は、それぞれがグループごとに楽しげに会話している。騒がしい。その輪を維持することにかける情熱と努力に、ご苦労様と心の中で呟いて自分の席に座る。知的刺激も面白みも無い会話になんの意味があるのか。それもまた、無為に耐える為の精神作りのためか。
机の中に手を入れる。ん? 何か入っている。取り出すは封筒。白いシンプルな封筒。表も裏も何も書かれていない。
まさか、ラブレターか? それとも果たし状か? などという、そんなイベントが俺の学生生活に起きる筈も無し。
こんなものを俺の机に入れるのは、おそらくは僕先輩だろう。他にはいない。さて、今度は何を? 白い封筒を開けて、中身を取り出す。畳まれた紙を広げて読んでみる。
『あなたに死刑の執行をしてもらいます。
〇月〇日、〇〇死刑囚の死刑を執行します。
この度、あなたに死刑の執行をしていただくことになりました。
日本は社会治安の維持の為に死刑制度を必要としております。死刑制度の健全な維持に協力することは国民の義務です。
ご協力をお願いします』
死刑の執行? いきなりだ。封筒にもこの紙にも、差出人の名前は無し。他には何も無し。
書かれている字はプリントアウトされたもので、印刷された字では誰が書いたかは解らない。解らないがこんな文面を書いて人の机に入れる人物なんてのは、俺は一人しかしらない。
あの僕先輩からの課題レター。どうやら次の興味は死刑らしい。あの僕先輩が興味を持つものは、物騒なものが多い。だからこそ考察する価値がある、と言いそうだが。今は死刑がブームとは。
死刑、ねえ。国連もやめろと言って、世界では死刑廃止になる国が増えてる、というのは聞いたことはある。
と、聞いたことはあっても、はっきり言って自分の生活とは関わりが無い。なのでどうでもいい。興味が無いので調べたことも無い。知り合いや親戚が死刑となったという話も無い。
どうやら今日の放課後は、死刑について僕先輩が語ってくれるらしい。
俺と僕先輩しかいない部活動、論理学部。
俺は部活で僕先輩の話を聞くために、学校に通っているのかもしれない。
一年上だが、背は低い。たまに見せる可愛らしさがいい。常に見せてるヤバさがなおよろしい。話をするだけで、映画よりもゲームよりもおもしろいという、希少な人物。
僕先輩のことを簡単にまとめて紹介するなら。
人の気持ちの解るサイコパスだ。
見た目だけならちっちゃ可愛い。
だけど中身は残念で壊れている。
腹の底を話せば怖い女子高校生。
自分のことを僕というボクッ娘。
自分のことを思考の下僕だから、
自称は僕がしっくりくると言う。
これまで俺が出会った人の中で、
最もぶっ飛んでるマトモな人だ。
マトモというのも度を越えれば、
狂人と変わらないのかもしれない。
そんな僕先輩に気に入られた俺は、さて、なんだろうか? その辺りもいずれ僕先輩に聞いてみることにしよう。論理立てて教えてくれるかもしれない。